なぜAV新法が施行される前の契約について差し止めが認められたか

なぜAV新法が施行される前の契約について差し止めが認められたか

2022年9月30日、産経新聞が『AV新法で映像4件停止 支援団体報告「相談を」』という記事を配信しました。AV新法の成立にも関わった東京都の性被害者支援団体「ぱっぷす」が、AV新法の成果として、FC2での販売停止事例を発表したそうです。

さてこのAV新法、仕事がしにくくなった、失われたという出演者側からの声も強く出ており、インターネット上でもさまざまな意見がとびかっています。やはり2022年9月30日、弁護士ドットコムより配信された『AV業界30年・桜井ちんたろうが男優団体を立ち上げた理由、「新法」に思うこと』という記事は、出演者視点から法改正案なども提示されており、興味深かったです。

そのような議論がされているAV新法について、特に今回の販売停止が可能な理屈については、ニュースだけだとわかりにくいと感じました。そこで、法律のポイントを解説すると共に、私なりに法の在り方について思うところを書いてみようと思います。

1. まずは正式名称と条文を知ろう

まずAV新法の正式名称は、「性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律」です。疑問があったら、この正式名で検索すると、元の条文が見れます。基本的に、答えもそこに書いてあります。

今回、問題となっている差止請求権の条文は、以下の通りです。

【AV新法】
第二章 出演契約等に関する特則
第四節 差止請求権
第十五条
1項 出演者は、出演契約に基づくことなく性行為映像制作物の制作公表が行われたとき又は出演契約の取消し若しくは解除をしたときは、当該性行為映像制作物の制作公表を行い又は行うおそれがある者に対し、当該制作公表の停止又は予防を請求することができる。
2項 出演者は、前項の規定による請求をするに際し、その制作公表の停止又は予防に必要な措置を請求することができる。
3項 制作公表者は、出演者が第一項の規定による請求をしようとするときは、当該出演者に対し、その性行為映像制作物の制作公表を行い又は行うおそれがある者に関する情報の提供、当該者に対する制作公表の停止又は予防に関する通知その他必要な協力を行わなければならない。

2. 法の過渡期は「附則」を見よ

今回のニュースの場合、法律施行前の契約に法律が適用できるわけないといった主張があり、何だったら元の報告をフェイク扱いするような反応も見られました。

私も、何でAV新法を使えたのだろうとは疑問に持ちました。こういう時、私たちプロは、その法律の末尾にある『附則』という条文をチェックします。新しい法律ができた時に、いつからの行為に法律が適用されるのかを整理する条文が、この附則というところに作られるのです。民法改正や刑法改正などでも、必ずここに答えがあります。今回も答えがありました。

附則第二条
1項 第二章(第十条第一項及び第四節を除く。)の規定は、この法律の施行前に締結された出演契約並びにこれに基づく出演者の性行為映像制作物への出演に係る撮影、その撮影された映像の確認及びその性行為映像制作物の公表については、適用しない。
2項 第十条第一項の規定は、この法律の施行前に締結された契約については、適用しない。

差止請求権は第二章第四節の規定なので、法律が施行される前に締結された出演契約への適用が、除外されていないということになります。これが、今回差止請求権を行使できた形式的な理由です。

3. 法の不遡及(そきゅう)は絶対的なルールではない

このような法律が許されるのかという疑問を持つ人もまだいるかと思いますが、差止請求の要件では、出演契約という合意に基づかないで公表が行われ、性行為中の姿態というプライバシーの中でも核中の核にあたる重大な権利が侵害されていることを前提として記載されています。このような重大な権利侵害に限っては、法による予測可能性の担保よりも、救済を優先するという選択を行うことは、利益の比較衡量からも理にかないます。

憲法39条のように、国が一方的に国民に刑事罰を科するような場合については、法の不遡及が禁止されていますが、今回のAV新法に基づく差止請求のように国民同士の権利を調整する場面では、不遡及禁止が絶対的なルールというわけでもありません。

今回の報告事例も、契約書すら作成していないとのことで、出演者の予測可能性を担保する気すらなかった動画の販売が停止されているのであり、ここで予測可能性を担保されなかった出演者側を優先するため不意打ち的に法が適用されても、不公平とは言えないと思います。

これが、今回の差止請求が認められる実質的な理由です。

4. 法は時に、人を取捨選択する

3. で記載した出演者を販売者より優先する比較衡量は、AV新法全体で行われています。

その前提となる状態と、認められる権利は、生じさせる効果の大きさによって段階はあるものの、AV新法は全体として、「出演者保護」を優先させています。しかもここで言う出演者は、「自分の予測に反して出演することになった」、「自分の合意していない形で映像が公表されてしまった」出演者です。そのような出演者のプライバシー等の権利は、仕事としての利益より優先して良い、という価値判断をこの法律は行っています。

そして、たとえば3. で記載したような比較衡量の論理で、そのような価値判断、取捨選択は憲法上も肯定されています。仕事としての利益が、表現の自由や営業の自由として一定の憲法上の保障も受けようが、性行為中の姿態に関するプライバシーの権利も憲法上の保障を受け上回るという判断を、法は行います。

もちろん、むやみやたらに片方を痛めつけて良いわけでもありません。でも、このAV新法は、出演者の一部のために、他を犠牲にすることを当然に織り込んでいるドライな法律だとも理解する必要があります。それで仕事がしにくくなる人がいても構わんと、法は最初から言っているのです。

その上で、特に障害となるような点について微修正を求め提案している、冒頭で紹介した桜井ちんたろう氏の主張などは、よく戦況をわかっていると思います。この法律と向き合うには、法が対処したいと思っている点との折り合いをつけて行く必要があり、もとより“弱者の交渉”が求められることを理解する必要があると思います。

杉山 大介
杉山 大介 弁護士

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