ドラマ好きな弁護士が、あえて突っ込んで楽しむ『石子と羽男』11 ~裁判の公平性~
ドラマ『石子と羽男』の第10話(9/16放送)、ついに終わってしまいました。法律的なテーマと社会問題的なテーマを上手に重ね合わせ、1話1話意義のある話作りがされており、非常に見ごたえのあるドラマでした。
作品の作りとしては、弁護士とパラリーガルである必然性はなく、弁護士のペアになっても話は成り立つので、ぜひ続編をやってほしいですね。そのような期待も込めて、最終話もあえて余計な一言を挟んでいきます。
1. 父・裁判官と子・弁護士の対決ってありなの? ~除斥・忌避~
羽男くんがはじめて、弁護士として、イッセー尾形演じる父親裁判官と接し、自らのトラウマ(心的外傷)になっている親子関係を克服するシーン。これは、後に石子さんのトラウマにも手を差し出せるだけの心を完成させた、最終話の見どころの一つでしたよね。
ところで、現実の裁判で、父親の法廷に息子の弁護士が登場するということはありうるのでしょうか? 結論から述べると、意外にも一般の方の想像を裏切り、適法とされる可能性が高いです。
裁判の公平性を保つために、一定の条件をみたす裁判官を手続きから外す制度が民事訴訟法にはあります。まず、23条に記載された除斥事由がある場合は、必ず裁判官はその手続きから外れてなければいけません。
そこで列挙されているのは、1号から3号が裁判官と当事者の関係が「親族」だったり、法律上保護しなければならないような「特別な関係」にある場合、4号から6号が事件の証人だったり、事件当事者の代理人だったりした場合があげられています。そして、この中に、裁判官と当事者の代理人との関係が記載された条項はありません。つまり、明示的に裁判官と弁護士の父子対立を規制したルールはないのです。
ただ23条の除斥事由にあたらなくても、24条というより広く問題を捉えて行く条項があります。
(裁判官の忌避) 第二十四条 裁判官について裁判の公正を妨げるべき事情があるときは、当事者は、その裁判官を忌避することができる。 2 当事者は、裁判官の面前において弁論をし、又は弁論準備手続において申述をしたときは、その裁判官を忌避することができない。ただし、忌避の原因があることを知らなかったとき、又は忌避の原因がその後に生じたときは、この限りでない。
「裁判の公正を妨げるべき事情」があれば、裁判官を外すよう申し立てることができます(1項)。もっとも、2項でも一度手続きを始めたら原則やめられないようにしているように、あくまで相手方当事者が文句を言わないならそのまま裁判ができることになります。
それでは、今回のドラマでは、「勝つために手段を選ばない」らしい嫌みな相手方弁護士が、羽男くんとお父さんの関係に気がつかなかったのでしょうか? …実は、裁判の途中で裁判官の氏素性が気になることって少ないので全くないとは言えないのですが、今回の話で言えば、そもそも「裁判の公正を妨げるべき事情」がないということになると、私は考えます。
日本で「忌避」が争われた事案を見ると、一般の方がびっくりするものもあると思います。
悪名高い草分けが、最高裁昭和30年1月28日判決民集9巻1号83頁の事件です。裁判官が、一方の弁護士の娘婿でしたが、「忌避事由はない」と判断されました。他に、名古屋高裁昭和63年7月5日決定判タ669号270頁の事件も、国家賠償事件で国側の代理人をやっていた者が、国家賠償事件の裁判官になることについて、単に国側の代理人をやっていたというだけでは公平性を害さないという判断になりました。最近、珍しく忌避を認めた例があり、金沢地裁平成28年3月31日決定(平成28年行ク第1号)は、生活保護基準引き下げについて、国側の代理人として主張していた人が、後から裁判所で同じ生活保護基準引き下げの裁判をすることは許されないとされました。
このような背景には、高度な専門知識を備えるプロ集団である裁判官や弁護士は、たとえ親子であろうともなれ合いはせず厳密に法論理のみで判断できるのであり、裁判官を忌避するのも法律的な見解に矛盾が生じすぎそうな場面で十分という、よく言えば「理想主義的」だが、悪く言えばかなり「頑固でプライドの高い思考」が見られます。国民からの信頼を維持することを目的とした条項の解釈としては、批判も多いところですが、これが現行の実務的見解です。
したがって、父子法廷も、現在の民事訴訟法解釈に基づくと、除斥だけでなく忌避事由にもあたらないと考えられます。イッセー尾形が裁判終了後、羽男くんにかけた「お疲れさまでした」という他人行儀なあいさつも、このような微妙な論点を背景として、裁判に手心を加えていないことを、ロビーにいる多くの国民の目を意識して発したものだったと理解できます。
2. タバコのポイ捨てで逮捕はあり?
このドラマでも何度かやってきた、身柄拘束に関する見解披露。最後の、田中哲司が現行犯逮捕される展開は…個人的には、やっぱ逮捕されないでしょうと思います。
不法投棄が廃棄物処理法違反になると、5年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金という罰が適用されます。もっとも、この数字は、トラックで山にまるまる不法投棄するようなやつへの処罰も含んでいるので、タバコのポイ捨てだと数10万円の罰金相当事案であることに変わりはありません。一応、運転をしている付き人と口裏合わせする危険があるため罪証隠滅を理由とした逮捕はあり得るのですが、本来は逮捕が望ましくない事案であるのも確かだと思います。
そしてあの警官は、このように正規な手続きだと令状が出にくいから、令状なしで取りあえず拘束できる現行犯逮捕をしたのでしょうね。今回は、もうそういう方向性で話がついていたんだと思いますが、通常だと警察はそこまで動かないので、石子と羽男が現行犯逮捕して警察に引き渡すという荒業が、唯一逮捕に至れるパターンな気がします。現実の事件でも、私人による現行犯逮捕で身柄拘束開始している事件は、解放のチャンスが大いにあるので、刑事弁護側としてはきっちり取り組むことになります。
おそらく田中哲司も、2-3日で釈放されていることでしょう。短期間の拘束でも、それが実名報道のトリガーになることが、今回は正しい罰として機能しましたが、本来はそのような法によらないサンクションが危険なものでもあると言うことは、前回の話でも言及したとおりです。
3. 終わりに
まだまだ他にも口出せたところはあるのですが、本コラムは新しい話題1といつもの話題1で、締めくくろうと思います。
法律って、人のエピソードと絡めれば、いくらでも掘り下げられる話があることを、ドラマ『石子と羽男』は示してくれました。自分のコラムも、そんな深い法律ワールドを感じられる一助になっていればなによりです。
- こちらに掲載されている情報は、2022年09月27日時点の情報です。最新の情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
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松村 大介 弁護士
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