同居親による子どもの連れ去り別居は未成年者略取・誘拐罪!?~錯綜する親権問題の情報整理と判例の射程~
まず一番大事な点をはっきりさせておきたいと思います。
同居親の子どもの連れ去り別居が、未成年者略取罪や誘拐罪にあたるという見解は、実務上、全く一般的ではありません。警察庁がそのようなことを明言した事実もありません。
以前から、同居していた夫婦の片方が離婚を目指して別居するに際して、子どもを連れていく行為を、残されたもう一方の親が、刑事事件として訴え出る、略取・誘拐だと主張することはしばしばありました。
ただ昨今、それがついに捜査機関による後押しを受けたと誤解し、あるいはそのようなことが起きたのかと警戒する動きが、弁護士側でも生じています。また、「連れ去り別居」について助言した弁護士に対して損害賠償を認めたというニュースも、昨今話題になりました。
これらの問題で共通して意識すべきなのは、「判例の射程」、もう少し本件問題に則して言えば、どのような「連れ去り」を前提とした話か、です。そこで私の方でも、前提となる問題状況をあらためて、整理しておこうと思いました。
1. 警察に関する混乱のきっかけは一人の政治家
昨今の警察の見解を巡る誤解と混乱は、共同養育支援議員連盟会長の柴山正彦議員によるツイッター発信と、それに連動した記事が原因となっています。
柴山議員は、警察庁がこれまでの運用から変更があるかのように発信していますが、当初の投稿をみても「法に基づき処理」が「正当な理由がない限り未成年者略取誘拐罪にあたる」になったというのは、法律家から見れば全く同じことしか言っていないのがわかります。
元々、同居親による子どもの連れ去りであればどのような態様でもどのような前提条件でも適法とは、誰も言っていません。実際、後から打越さく良議員が確認したところ、警察庁は、過去の有罪事例2事案を紹介したに過ぎず、今までの解釈運用を変更するものではないと説明したことが確認されています。
法的主張や解釈は変更し得るものであり、通説的な解釈でなければ誤り、というわけではないです。しかし、警察庁の見解と銘打つのであれば、警察庁が自らそのような発言をしていなければならないのであり、議連からの連れ去り別居も含めた質問に対して回答したものであるから運用が変わる可能性があるといった話は、全て聴き手の希望や解釈でしかありません。
また、そもそも刑法は、事前にその違法性を示して行為を抑止するところに目的があります。今まで適法とされてきた行為が違法となるのであれば、事前にそれを通達し、まずは抑止する。そして、なおも行為規範(やってはいけないという壁)を乗り越える者は処罰をするというのが、通常、刑事罰の運用の仕方です。
したがって、そのような全日本的な影響のある運用変更について、警察庁単体で正式な通達もなく行われることはあり得ないです。これは、私の「解釈」ですが、しかしあり得ない根拠は、この段落に示してきたとおりです。
2. それでは犯罪となる「連れ去り」とは何か?
平成15年3月18日最高裁決定(刑集第57巻3号371頁)と、平成17年12月6日最高裁決定(刑集第59巻10号1901頁)が、裁判所が略取誘拐を認めた事件です。警察庁も、これに従って、法の運用を行うとしています。
平成15年決定は、オランダ国籍の父親が、別居中の母親が監護する子どもを、病院から両足を引っ張って逆さにつり上げ、脇に抱えて連れ去ったという事件です。平成17年決定は、父親が、別居中の母親が監護する子どもについて、母親の母親(=子どもの祖母)が保育園から連れて帰ろうと車に乗せようとしているところで、駆け寄って子どもの両脇を抱えて自分の車まで連れて行き、運転席で子どもを抱えたまま、子どもの祖母が制止するのも無視して自動車を発進させて連れ去ったというものです。
まず、まだ離婚が成立しておらず親権者ではあっても、監護している親から連れて行くのは略取誘拐になりうるということが言われた判決でしかなく、ここから同居親の連れ去りが略取誘拐などと導く要素はないということです。
さらに、略取誘拐として評価するには、連れ去りの態様に着目しているのもポイントです。フェアに指摘をすれば、監護親ではないものが連れて行ったら当然に略取誘拐、とも言っていないです。一方で、それ相応の態様が求められる以上、一般的な「連れ去り」事案については、刑法の対象になるのかどうかから、本来は問い立てが始まるのであり、いきなり警察が味方してくれるみたいな発想は、現状の判例ともずれるということもわかります。
これが、現在の運用の基準となる、犯罪となった事例です。一番固く、実務でも基準となる部分ですので、この問題を考えるのであれば、まず理解しておく必要があります。
3. 子を思う気持ちは当然であるが、誤情報は誰も幸せにしない
本稿は、法律家から見ると誤っている情報を指摘するという目的で記載しているため、一方の立場から見れば望みに反した話にも見えるかもしれません。
ただ、私は法律家としてどのような立場を弁護するにしても、あるいはどのような立場で政治的なものに関わる上でも、事実に根差していないものは、全く尊重に値しないと考えています。
私は、子どもを連れ去られた側の人にアドバイスをするときでも、決して甘いことは言いません。警察が味方してくれるなどと、自分が思ってもいないことを伝えたりはしません。子を思い困っている人に対して、これは最強の矛ですと称して、なまくら刀を渡すのが、誠実と言えるでしょうか?
人々の関心が高い話題は、常に情報も玉石混交です。本稿は、その中でも「玉」にあたる部分をまず理解してもらいたいという趣旨で、執筆しました。子の連れ去りを巡る法律の運用について、理解を助ける一助となれば幸いです。
- こちらに掲載されている情報は、2022年04月27日時点の情報です。最新の情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
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