ドラマ好きな弁護士が、あえて突っ込んで楽しむ『石子と羽男』 ~注釈という名の余計な一言~

ドラマ好きな弁護士が、あえて突っ込んで楽しむ『石子と羽男』 ~注釈という名の余計な一言~

法律をテーマにしたリーガルドラマというのは、日本ではなかなか貴重です。弁護士が主人公の作品はあるのですが、別にその主人公は刑事でも探偵でも良いような作品も多いです。その理由は、「法律」を話の中に組み込みながら、トレンドドラマとして面白く作るのがなかなか難しいところにもあるのでしょう。

などと述べながら月9の「競争の番人」を見ていたら、今期は2つもリーガルドラマがあるようでした。スタッフの塚原あゆ子さんにも期待してしまいます。過去に携わっていた「弁護士のくず」は、漫画の内容をさらに昇華させたドラマでしたし、「グッドワイフ」は自分が気に入っていたアメリカのドラマで、上手に日本の世界観へ落としたなと思っていました。「石子と羽男」も、そのグッドワイフなど海外ドラマにみられるような、登場人物の掛け合いを見せるシーンが多く、コミカルに楽しめる作品です。

さて、しかし法律を仕事にしているとどうしても気になるセリフがあったり、余計なところが気になったりします。そんな、勝手な注釈を加えて行くコラムになります(続くかは未定です)。

1. カフェの電気窃盗で逮捕される?

羽男くんが、カフェにおいて無断で充電する行為について、電気窃盗として犯罪になる旨の解説をしていました。その上で、逮捕されうるかのような話をしていました。刑事弁護をなりわいとする者としては、見逃せません。

逮捕されないです。この事案においては当然、他でも普通逮捕しないです。そもそも、多くの人が誤解している点ですが、逮捕と犯罪であるかは全く別です。世の中の大半の犯罪は、逮捕されずに処理されています。警察も、別に逮捕が好きなわけではありません。早々に検察の監督下に入ってしまいますし、事件終了までの時間制限も短くなりますし、警察だって得するわけではないのです。

逮捕・勾留には目的があります。証拠隠滅を防ぎ、逃がさないのが目的です。その危険があるような複数人が関与していたり重大な事件でなければ、逮捕はしません。たとえばニュースになったコンビニ電気窃盗の事件のように、住居がなく身元がわからなくなるという事情があって初めて、逮捕の必要性が生じます。後は、私人が現行犯逮捕をしてしまった場合、一応逮捕手続きに入ってしまいます。

羽男くんは、可能性しか述べておらずうそはついてないのですが、逮捕も刑事訴訟法のルールにのっとって行われているので、ちゃんと検討すれば「ある」「ない」をはっきり言える事案もあります。不安をあおるより、はっきりと「不安を解いてくれる」方が、良い弁護士ではありませんか(笑)?

2. ハラスメントって抽象的?主観的?

サブタイトルは「窃盗罪」でしたが、2022年7月15日に放送された第一話の本当のテーマは、労働問題とハラスメントでした。そこでハラスメントを巡る誤解も解いておこうと思います。確かに該当するか一見明白ではないのですが、そんなことを言ったら、解雇の有効性要件とかも抽象的でわかりにくいです。ハラスメントは、ちゃんと定義があり、少なくとも法律家目線ではきっちり、当てはまるかの評価をしていけるものです。曖昧だから言ったもの勝ちというほどいい加減ではないですし、逆に抽象性を頼って責任逃れできるものでもありません。

パワハラの定義は、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものです。

各要件の具体的な例なども公的機関より示されており、たとえば優越的な関係というのは上司→部下に限らず、部下→上司の場合なども例示されています。法律家に相談し、一つ一つの事実を検証し、あるいは訴えるのにどのような証拠が役立つかなどを考えれば、詰めていけます。

ドラマの終盤で、「パワハラ防止法の施行」がちらついていました。正式名称を、「労働施策総合推進法」と言います。この法律があるから直ちに訴えやすくなっている、被害者救済が進むというほど即効性のある趣旨のものではないのですが、パワハラを予防でき、またすぐに救済できるような体制作りとして、具体的に企業が取るべき措置などが示されています。

仮に問題が生じた時、このようなあるべき体制を無視していたとすると、パワハラ人間個人の問題ではなく、企業そのものの問題になりやすくはなっていると思います。

3. パワハラ店長が挙げるべき声とは? ~「管理職」の残業代~

石子さんが、どうして声を上げないんですかと言い、羽男くんがパワハラ店長にいろいろ伝えていました。私がこのドラマを見ていて真っ先に思ったのは、「この店長、残業代もらってなさそう」です。

サブタイトルで「管理職」としましたが、残業代が発生しない「管理監督者」は、経営者と一体的な立場というかなり高位の存在を指し、大半の「管理職」とされる人もまた、残業代が発生する立場にあります。店長といったのは典型的な、管理監督者じゃない管理職ですし、私がよくわかりやすい例としてあげるのが、ヴァイスプレジデント(副社長)でも残業代が認められたというお話です。もちろん、個別の就業形態の確認は必要ですが、声を上げずに諦めるべき事案というのはそう多くないですので、まずは声を上げてみることをオススメします。

今回問題になった店長や、加担した嫌な従業員2名、そして仲良しの2人まで、全員まとめて残業代請求とかしたら、平和な世界が築かれるし、弁護士としても良い仕事になるんじゃないかなあと、私は妄想していました。

ドラマを見ながら、こんなことを考えているのですから、自分も根っからの弁護士なのかもしれません。美しいアナザーストーリーも浮かんだところで、また次週も楽しみにしています。

杉山 大介
杉山 大介 弁護士

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  • こちらに掲載されている情報は、2022年07月26日時点の情報です。最新の情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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