産婦人科を訴えたい! 裁判手続きと判例を解説
裁判所で公表している「医療関係訴訟事件(地裁)の診療科目別既済件数」という統計資料によると、令和4年の産婦人科の医療関係訴訟件数は、41件であり、13診療科目のうち5番目に多い数字となっています。
医療訴訟は、因果関係や医師の注意義務違反の立証が難しいため敗訴するケースも多く、長期化する傾向があるため、そういった実情を事前に把握する必要があります。また、専門知識も必要になるので、医療過誤に詳しい弁護士に相談するのがおすすめです。
本コラムでは、産婦人科で医療過誤が生じたときの裁判手続きと実際の判例を解説します。
1. 産婦人科の医療ミスによる訴訟が多い原因
産婦人科で医療ミスによる訴訟が多いのはどのような原因があるのでしょうか。
(1)医療過誤とは
医療過誤とは、医療機関側の過失により、患者の死亡や後遺症、症状の悪化など予期せぬ結果を生じさせてしまうことをいいます。
毎年、医療機関では一定件数の医療過誤が発生しており、訴訟にまで発展しているものもあります。令和4年に産婦人科の医療過誤により訴訟になった件数は、全国で41件であり、決して少ない数字とはいえません。
(2)産婦人科での医療過誤が生じる主な原因
産婦人科で医療過誤が生じるおもな原因には、以下のようなことが考えられます。
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分娩時のミス
分娩時間の遅延による胎児仮死、吸引分娩や鉗子分娩時のミスによる新生児への障害など
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手術時のミス
子宮摘出手術や帝王切開手術における臓器損傷、出血多量など
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投薬ミス
薬剤の誤投与や過剰投与による副作用、アレルギー反応など
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診断ミス
がんや妊娠合併症の見落とし、誤診による適切な治療の遅延など
産婦人科で医療過誤が生じると、妊産婦だけでなく子どもにも死亡、障害といった重大な結果が生じるおそれがありますので、医療過誤訴訟にまで発展するケースも少なくありません。
(3)患者の権利と産婦人科の義務
産婦人科での医療過誤の問題を考える際には、患者の権利と産婦人科の義務を理解しておく必要があります。
①患者の権利
昭和56年に採択された世界医師会リスボン宣言では、良質な医療を受ける権利が第一原則として明示されており、安全な医療を受ける権利が患者の権利になっています。
また、患者には、検査や治療について十分な説明を受けたうえで、治療方法などを患者自身で選択する権利があります。このような十分な説明を受ける権利や自己決定権も患者の権利として重要です。
②産婦人科の義務
患者の権利の裏返しになりますが、産婦人科には、患者に対して適切な医療を提供する義務や診療内容について十分な説明を行う義務があります。
このような義務を怠って患者の権利を侵害したときは、医療過誤として法的責任を負うことになります。
2. 産婦人科への訴訟での実際の判例
以下では、産婦人科での医療過誤が問題となった実際の裁判例を紹介します。
(1)常位胎盤早期剥離の診断遅れの過失が認められた事例|東京地裁平成14年5月20日判決
【事案の概要】
原告Aは、被告が設置する病院において帝王切開により、常位胎盤早期剥離による重症新生児仮死の状態で出生し、脳性麻痺などの重い後遺障害が生じることになりました。
原告Aとその両親は、医師には常位胎盤早期剥離の診断遅れにより、帝王切開の時機を失した過失があるなどと主張して、不法行為に基づき損害賠償を求めて訴えを提起しました。
【裁判所の判断】
裁判では、医師に以下のような過失があるかどうかが争点になりました。
- 胎児心拍数の計測を行わなかったことの過失
- 直ちに帝王切開術を決断しなかったことの過失
①「胎児心拍数の計測を行わなかったことの過失」について
医師には、妊婦である母親に対する診察を開始した7時10分ころの時点で、諸症状から常位胎盤早期剥離を疑い、直ちに胎児心拍数を計測すべき義務を怠ったとして過失を認めました。
②「直ちに帝王切開術を決断しなかったことの過失」について
医師には、徐脈の回復がなく胎児仮死を疑った時点で、常位胎盤早期剥離を強く疑い、直ちに帝王切開術の施工を決断すべき義務を怠ったとして過失を認めました。
(2)高次医療施設への転送義務を怠った過失が認められた事例|東京地裁令和2年1月30日
【事案の概要】
この事案は、被告クリニックにおいて、母親が緊急帝王切開で出産したものの、その後母親が死亡したことにつき、被告クリニックの担当医師には、分娩後の異常出血ないし産科危機的出血の状態に陥っていた母親に対する対応を誤った過失があり、これにより死亡した旨主張し、不法行為などに基づき損害賠償を求めて訴えを提起しました。
【裁判所の判断】
裁判所は、医師には、母親が産科危機的出血に陥った母親に対し、被告クリニックでは輸血および開腹止血措置等の外科的処置を実施することはできなかったのであるから、母親を高次医療施設へ転送すべき注意義務があったものと認められるにもかかわらず、約50分にわたり転送しなかったという注意義務の違反の過失が認められると判断しました。
3. 産婦人科を訴えたい場合に必要な準備と裁判の流れ
医療過誤訴訟は、専門的な知識がなければ対応が難しいため、患者やその家族だけでは産婦人科を訴えるのは困難といえます。
(1)裁判のために必要な準備
医療過誤訴訟を提起するには、医療機関側の過失や因果関係の立証が必要になるので、まずはカルテなどの証拠収集を進めていかなければなりません。
通常は、医療機関側へのカルテ開示請求により開示を受けられますが、医療機関側が開示を拒否するときは、裁判所に証拠保全の申し立てが必要になります。
次に、証拠を確保できたら、証拠内容を精査して医療機関側の法的責任の有無を調査しなければなりません。そのためには、専門的な知識が必要になるため、弁護士に相談・依頼して、専門家による医療調査を実施しましょう。
医療過誤訴訟は、一般的な民事訴訟に比べて解決までに時間と費用がかかります。あらかじめ、どの程度の費用・時間がかかるかを把握しておくことも大切です。
(2)裁判手続きの流れ
①弁護士への依頼から訴訟提起までの流れ
弁護士への依頼から訴訟提起までの流れは、以下のとおりです。
1. 弁護士への依頼
医療過誤訴訟には、専門的な知識が不可欠です。そのため、医療過誤訴訟に詳しい弁護士への依頼が必要になります。
産婦人科を訴えたいときは、早めに弁護士に相談しましょう。
2. カルテなどの証拠収集(証拠保全)
依頼を受けた弁護士は、医療機関側に対してカルテなどの開示請求を行い、医療過誤の立証に必要な証拠を集めます。医療機関側の対応によっては、証拠保全の申し立てが必要になることもあります。
3. 証拠の検討
カルテなどの証拠が入手できたら、医学的な知見や各種ガイドラインも参照しながら、医療過誤にあたるかどうかの検討を行います。
4. 医療機関側との交渉
医療調査の結果、医療機関側の過失などの立証が可能であると判断できたら、医療機関側との交渉を開始します。
医療機関側の過失が明らかなケースであれば、訴訟まで発展せずに交渉で解決できるケースも少なくありません。
5. 訴訟提起
医療機関側との交渉が決裂したときは、裁判所に訴訟を提起します。
②医療過誤訴訟以外の解決方法
医療過誤が発生した場合の解決方法には、医療過誤訴訟だけではなく、民事調停や医療ADRなどの方法もあります。
医療機関側との話し合いによる解決の余地がある場合には、民事調停や医療ADRの利用も検討してみるとよいでしょう。
- こちらに掲載されている情報は、2024年12月09日時点の情報です。最新の情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
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