NHK「ネット事業」加速。受信料「テレビない人」から徴収の可能性は?
NHKのネット進出が加速している。その目的について、NHKは弁護士JPの取材に対し以下のように回答した。
「2022年度は、経営計画の2年目として、視聴者に『NHKは変わった』と実感していただけるよう、一連の改革の成果を視聴者の目に見える形でお示しする、『改革実感の年』と位置づけています」
一部でささやかれる“ネット受信料”徴収の可能性も気になるところだが、NHKは具体的にどのような“改革実感”事業を進めていくのであろうか。
「テレビを持っていない人」対象の社会実証も
4月、NHKは見逃し番組配信をする「NHKプラス」のテレビ向けアプリをリリース。これにより、インターネットに接続し、Android TV OSまたはFire OSを搭載しているテレビであれば、NHKプラスの視聴が可能となった。
またNHKは今年度、テレビを持たない人や、日常的に利用しない人を対象に、インターネットを通じてNHKのサービスを届ける社会実証を複数回実施する予定。4月22日~5月7日には第1回目の実証が行われ、およそ3000人に向けて、NHKが保有するアーカイブやコンテンツを活用した7つのサービスを提供した。その目的について、NHKは「放送と通信の融合が進む中、NHKがインターネットを通じて番組や情報を届ける意義や役割、多様化する視聴者ニーズなどを検証するため」としている。
昨年12月にドン・キホーテから「AndroidTV機能搭載チューナーレス スマートテレビ」が発売された際、「地上波放送が映らないため受信料の支払い義務が発生しない」と話題を呼んだように、NHKの受信料徴収に関心を寄せる人は少なくない。NHKが今年度に入りテレビ向けアプリをリリースしたことや、テレビ非保有者を対象とした社会実証を行っていることに対し、SNSなどでは「“ネット受信料”の徴収が現実味を帯びてきたのでは」といった声も上がっている。
ネット活用で「NHKが肥大化」する恐れも!?
NHKは放送法に基づいて設立された特殊法人だ。インターネット事業への進出については、「NHKの肥大化」を懸念する声がたびたび寄せられてきた。
- 日本民間放送連盟
「多様な民間事業者がプレイヤーとして存在するインターネット空間において、放送を行うことを目的として設立され、受信料財源で運営されているNHKが果たすべき役割は明らかではありません」
(参考:NHKインターネット活用業務実施基準(素案)に対する民放連意見の提出について) - 日本新聞協会
「受信料制度との整合性、さらに際限のない業務拡大につながる恐れがある」
(参考:NHKインターネット活用業務実施基準の変更の認可申請の取扱いに関する総務省の考え方に対する意見)
もともとNHKのインターネット活用事業費の上限は「各年度の受信料収入の2.5%」とされていた。たとえば2022年度予算では、受信料収入が6700億円となっているため、その2.5%である167億5000万円が上限となる。
しかし2021年1月、総務省はNHKの申請により上限を「年間200億円」と認可し、大幅に増額した。
NHKは2022年度のインターネット活用事業について「『新しいNHKらしさ』の実現に向けて放送・サービスの強化を図ることを柱としていて、インターネット活用業務については、実施基準に示した年額200億円の範囲の中で抑制的に管理し、2021年度とほぼ同額の190億円で実施します」とコメントしている。
“ネット受信料”の徴収は、法的に可能?
ネット事業の加速は、将来的な“ネット受信料”の徴収を見据えたものであるのか。NHKに問い合わせると、「ご質問のような想定はありません」との回答が得られた。
現段階では否定しているものの、もし将来的にNHKが“ネット受信料”の徴収を考えた場合、法的には可能なのか。ビジネスと法規制の問題に詳しい江﨑裕久弁護士に聞いた。
そもそも放送法に基づき設立されたNHKがネット配信をすることは問題ないのでしょうか。
江﨑弁護士:受信料の問題はさておき、NHKがネット配信を行うこと自体に問題はありません。2014年の改正により、すでに電気通信回線を通じて放送したコンテンツを一般に提供すること(つまりネット配信)ができる(第20条第2項第2号、第3号)と記載されています。
また、仮にこの条文がなかったとしても、受信料の徴収と紐づかないのであれば、NHKが任意的にネット配信を行うことが法的に明確に禁止されているというわけでもないと思います。
なお有料でこの配信業務を行うことについては、「営利を目的としてはならない」という縛りがあるため、総務大臣の認可を受けた実施基準によってしなければならないことになっています(※1)。今回の実証実験にあたって、NHKはこの実施基準に例外を設けることを申請し、許可されているようです。
(※1)『放送法を読みとく』(商事法務 鈴木秀美・山田健太・砂川浩慶編著 P226)によれば、「有料提供が明示的に規定されているわけではないが、有料提供する場合には、4項の営利目的禁止規定が該当する。この業務については総務大臣の認可を受けて定める基準に従わなければならないこととされ、9項で提供基準の大臣認可制が取られている(電波監理審議会への必要的諮問事項(53条の10 第1項2号))」とされている。
インターネットを通じたサービスの提供によって、テレビを持っていない人から受信料を徴収することは、法的に可能でしょうか。
江﨑弁護士:現段階の法令と解釈では難しいと思います。
大前提として、現行の法制上、「受信設備を設置した者」がNHKと契約をすることで受信料を徴収する仕組みになっています。そうすると、現行法上は、ネット視聴のみできる(=TVチューナーがない)デバイスがこの「受信設備」にあたるかが問題になってきますが、これはあたらないと考えられます。
「受信設備」については直接的な定義がなく、その範囲がたびたび議論になってはいるものの、「放送」を受信するための設備という解釈であることは大前提です。「放送」は「公衆によつて直接受信されることを目的とする電気通信」と定義されている(公衆とは、一般的な法的解釈からすれば不特定多数の者を指します)ので、特定の人間から要求を受けて、その人にのみ配信する(=公衆とは解されない)オンデマンドの配信を含むことは、解釈上は難しいように思います(※2)。
(※2)放送法第20条第2項第2号及び第3号の業務の実施基準の認可に係る審査ガイドライン(案)も、(無料で見られる)ネット配信で同じコンテンツがTVと同等レベルで視聴できてしまうことは不適切と述べており、総務省サイドもネット配信を受信料の対象にすることは現行法令上できないと考えているものと推測できます。
「現段階での法令では」と述べさせていただいたのは、もしかしたら将来の法改正はありえるかもしれないと思っているからです。以前、法規制が障害となるとき、いかにこれを変えていくかという記事(参考:Airbnb、Luup…弁護士なしでは実現しなかった“新しいビジネス”の舞台裏)を出させていただきましたが、もし私がNHK側で、ネット配信について受信料徴収のための法改正を狙うのであれば、おそらく次のようなステップを踏むだろうなと思います。
①TV以外へのネット配信をまずは可能にする。
②一定程度視聴者がついたところで、「テレビでは有料なのに、ネット配信では無料で同じものが見られるのはおかしくないか」と問題提起する。
③TV視聴者とネット視聴者を「公平」に取り扱うため、受信料徴収の対象となる「受信設備」にネットで視聴可能なデバイスを含むように改正するよう求める。
これはあくまで私個人の想像ですし、今回のTV以外のデバイスで視聴できるようにする実証実験は対象人数が限定されている状態ですので、仮に布石であったとしても、まだ遠いかもしれません。
テレビを持たない・見ない人も増えている中、今後、ネット配信で受信料を徴収することが妥当なのか議論する必要はあるでしょう。この受信料制度の枠組みを維持する前提であれば、ネット視聴からも徴収が必要という考えもあろうかと思います。前に述べましたように、ドイツでは受信機器の設置の有無にかかわらず、ネット配信も含めてすべての住民に負担金として国営放送の受信料が課される仕組みになっています(参考:ドンキ新型テレビ「地上波映らない」NHK受信料支払い義務はある?)。
ただ、私自身は、そもそも受信料制度の枠組み自体がテレビ黎明期にテレビを普及させるために作った仕組みなので、これを今後も維持するべきなのか、NHKという組織の在り方にも種々問題提起がなされていることも踏まえ、その議論も併せてするべきだと思っています。
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