テレワークによる精神疾患で「労災」認定…心身の健康を害する前に労働者がとれる「有効な自衛手段」とは?

横浜市のメーカーに勤務する50代の女性が、テレワークで長時間労働が原因で精神疾患を発症したとして、横浜北労働基準監督署から労災認定を受けた。テレワークは労務管理が難しく、長時間労働の温床になりやすいことが指摘されている。労働者の立場から、心身の健康を害する前に自衛手段をとるとしたら、どのような方法が有効なのか。
事態を改善したいなら…役に立つ「公の相談窓口」は「労基署」
長時間労働で心身が疲弊し、事態を打開したい場合、会社側に事態の改善を求めることは現実には難しい。そこで、労働者のための様々な「相談窓口」が設けられている。では、事態を改善したいならば、どこに相談すればよいのか。
労働問題に詳しい松井剛弁護士は、「労働基準監督署」一択だと指摘する。
「健康を害してしまうほどの長時間労働は、労働基準法に違反している可能性がきわめて高いといえます。労基署には労働基準法違反を取り締まる権限があります。また、労災認定をするのも労基署です。」(松井剛弁護士)
ただし、労働基準監督署に相談して動いてもらう場合、最終的には勤務先に知れることになり、対決する形になってしまう可能性がある。労働者にとっては、そのことが心理的な障壁となる。
「その気持ちはよく理解できます。しかし、自分の身を守ることを第一に考えてほしいのです。我慢して長時間労働を続ければ、心身の健康を害してしまうリスクを負うことになります。もし心細いならば、一人で抱え込まないで家族や友達といった身近な人に話してみることも大切です」(松井剛弁護士)

「退職したら収入がなくなる」不安にどう対処する?
過酷な環境から逃れるために、転職先を決めずに退職するという選択肢もある。しかし、その場合、給与収入が得られなくなるというリスクを負う。失業給付の制度があるが、自己都合による退職の場合は2か月の給付制限期間がある。
松井弁護士は、「特定受給資格者」の制度(雇用保険法23条2項2号・)の活用をすすめる。
「自己都合退職であっても、労働時間が一定限度を超えてしまった場合には、『特定受給資格者』として、すぐに失業給付を受け取れることがあります。
『離職の直前6か月のうちに時間外労働が3か月連続して月45 時間を超えた場合』、『時間外労働が1か月で100 時間を超えた場合』、『時間外労働が2~6か月の平均で月80時間を超えた場合』です。
これらの事実を証明できれば、給付制限期間を待たずに、すぐに失業給付を受けられます。また、受給できる期間も長くなります。
もちろん、勤務先と対峙する覚悟を決めたならば、在籍したまま、長時間労働を拒否したうえで、転職活動をするという方法もあります。」(松井剛弁護士)
どのような証拠を揃えればよいか?
労基署に動いてもらうにしても、失業給付の特定受給資格者の制度を利用するにしても、証拠を揃える必要がある。
とりわけ重要なのは、労働時間、つまり何時から何時まで働いていたかを客観的に証明する証拠である。具体的に、どのような証拠をどうやって揃えればよいのか。
「まず、多くの企業では、テレワークの労務管理はPCでクラウド等を使って行われています。自分で労働時間のデータを取得するか、勤務先に頼んで出してもらえるならば、それが証拠になります」(松井剛弁護士)
勤務先にデータを提供してもらうことが期待できない場合や、労務管理がしっかり行われていない場合も考えられる。また、悪質な勤務先だと退勤時間について虚偽の報告をさせるケースもあると聞く。そういった場合にはどうすればいいのか。
「自分で記録をつけ、保存しておくことが望ましいです。ただし、なんでもよいわけではありません。たとえば、手書きのメモも証拠にはなりますが、それだけだと証明力には不安があります。」(松井剛弁護士)
重要なのは、後から改ざんできないような証拠を揃えることだという。
「たとえば、チャット等で始業と終業の報告をすることになっているならば、そのログを保存したり、画面をスクショして保存したりできます。
それができないなら、業務時間に送信した最初のメールと最後のメールを画面表示してスクショしたものも証拠として有効です。
あるいは、業務専用のパソコンならば、起動時間とシャットダウン時間のログをとっておく方法もあります。」(松井剛弁護士)
テレワークの場合、それに加え、休憩等の離脱時間についても記録をとっておくことが望ましい。
「勤務先から『間に離脱していた疑いがあるじゃないか』と言われる可能性があります。なので、離脱した時間があるなら、その記録をとっておくことをおすすめします。
たとえば、離脱するたびにきちんと報告することにしておけば、十分な証拠になります。
また、業務用のチャットのやりとりやメールの送信履歴によって、休憩時間等で離脱する直前の履歴と、業務に戻った直後の履歴をとっておく方法があります。」(松井剛弁護士)
もちろん、勤務先の側では離脱時間を含めて労務管理をする責任がある。しかし、労働者側でも、自衛手段として、離脱した時間も含めて記録を残しておくことが望ましいといえる。
弁護士に依頼するといくらかかるか?
場合によっては弁護士に依頼することも考えられる。不払い残業代の請求、退職の意思表示などを代理してもらうほかに、前述の「特定受給資格者」の認定についても、弁護士の力を借りることがあり得るという 。
「たとえば、ハローワークに特定受給資格者の認定をしてもらうにあたり、勤務先がハローワークに離職証明書を提出することになっています。離職証明書には離職理由を具体的に記載する欄がありますが、勤務先の担当者がそこを正直に書いてくれるとは限りません。
そうなれば、特別受給資格者の認定に時間がかかり、失業給付を早く受給したいのに、受給が遅れてしまう可能性があります。そこで、弁護士に依頼して交渉してもらうという手段が考えられます」(松井剛弁護士)
気になるのは、弁護士費用、特に、依頼の際に支払う「着手金」がいくらかかるかである。
「着手金を払わなければならないかどうか、いくらかかるかについては、法律事務所によっても、依頼内容によっても違います。
たとえば、不払い残業代の請求については着手金をもらわないところもけっこうあります。
これに対し、先述した離職票についての交渉については、10万円~20万円くらいの着手金をいただくことがあります。
どうしてもお金がないというのであれば、法テラスを活用するという手段もあります。」(松井剛弁護士)
テレワークに限らず、長時間労働は、労働者を疲弊させ、自分自身が気づかないうちに心身の健康を蝕むおそれがある。労災認定を受ける段階に至ってしまっては手遅れということもある。そうなる前に、一人で悩まず、有効な手当てを講じることが大切である。この記事がその一助になることを願ってやまない。
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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