現職裁判官が国を提訴へ…転勤で「地域手当」が減るのは“違憲”と主張 裁判官とサラリーマンは何が違う?
津地方裁判所民事部の竹内浩史判事が16日、「転勤によって地域手当が減るのは憲法80条2項に違反する」として、国に減額分、合計約240万円の請求を求めて訴えを提起する意向を明らかにした。司法権の担い手である裁判官が国を相手取り、しかも「違憲」を理由として訴えを提起するという異例ずくめの展開となっている。そこからは、現役裁判官が国家、そして一般国民に突き付けた重大な問題提起が浮かび上がる。
「地域手当」は裁判官の「報酬」にあたるか?
竹内判事が主張しているのは、転勤によって地域手当が減るしくみになっていることが、憲法80条2項に違反するというものである。裁判官の地域手当は2006年から導入されている。
憲法80条2項は高等裁判所以下の下級裁判所の裁判官の報酬について「在任中、これを減額することができない」と定めている。これは、司法権の独立、裁判官の独立を守るための規定と解されている。
そこで、地域手当が憲法80条2項の「報酬」にあたるかが問題となる。
労働問題や憲法に詳しい松井剛弁護士に、憲法と現行法における裁判官の「報酬」の位置づけについて聞いた。
「地域手当は、少なくとも法律上は『報酬』とは別のものと扱われています。
どういうことかというと、まず、裁判官の給与に関しては『裁判官の報酬等に関する法律』があります。同法9条によれば、『報酬以外の給与は、…判事…には…一般職の職員の給与に関する法律による指定職俸給表の適用を受ける職員の例に準じ、…これを支給する』とあります。
次に、最高裁判所が『裁判官の報酬以外の給与に関する規則』を定めており、そのなかで『報酬以外の給与』の一つとして『地域手当』について規定しています。なお、最高裁判所規則は法律と同列のものとお考え下さい。
これらのことからすると、法律と最高裁判所規則では『報酬』と『給与』は別のものであることを当然の前提ととらえていると読み取れます。
あくまでも、憲法は給与の一部である『報酬』を減額してはならないと定めているだけだということです」(松井剛弁護士)
この前提に立つ限り、地域手当が少ない地域に異動して結果として『給与』の総額が下がるとしても、『報酬』が減額されることにはならない。つまり、憲法80条2項違反の問題は生じないことになる。
一般サラリーマンの場合はどうか?裁判官との違い
では、一般サラリーマンの場合、地域手当の位置づけはどうなっているか。
減給など、労働条件の不利益変更については、本人と合意をするか、就業規則の変更による場合には変更の合理性が必要とされている(労働契約法9条・10条)。地域手当が少ない地域に異動して支給額が下がる場合、労働条件の不利益変更にあたるだろうか。
「サラリーマンの場合、地域手当等の給与についてはあらかじめ就業規則で定められています。
就業規則は、内容が合理的で、かつ周知されていれば、労働契約の内容として認められます。地域手当の定めも同様です。
基本給以外に、地域ごとに事情に応じて地域手当を設けることは合理的といえることが多いと思われるので、周知されれば労働契約の内容になります。
転勤によって地域手当が減ったとしても、労働契約上のルールが適用された結果にすぎないので、不利益変更にあたるとは言いにくいです」(松井剛弁護士)
我々一般サラリーマンが地域手当が低い地域に転勤して給与が下がっても、残念ながら、異議を申し立てることは難しいようである。
最高裁自身が「裁判官の報酬の減額」を認めていた…
もちろん、サラリーマンの給与と裁判官の給与とをまったく同列に論じることはできない。裁判官の地域手当を憲法80条2項の「報酬」ないしはこれに準じるものだと考える余地はあるかもしれない。
しかし、そう考えたとしても、もう一つ、乗り越えるべきハードルが存在する。最高裁判所自身が、過去に裁判官の報酬が減額されることを認めたという前例がある。
2002年 、最高裁の裁判官会議は、人事院勧告の実施に伴い国家公務員の給与全体を引き下げるような場合に、裁判官の報酬を同様に一律に引き下げても、司法権の独立を侵すものではないと判断し、平均約2.1%の一律削減を受け入れた(2003年に実施された)。
その是非については当時、憲法80条2項や司法権の独立・裁判官の独立との関係も含め、様々な議論を呼んだ。しかし、現状、最高裁判所自身が、憲法80条2項に抵触するともとれる報酬の減額を、条件付きながらも認めていることは厳然たる事実である。
現役裁判官が世に突き付けた「深刻な問題提起」
以上を前提とする限り、竹内判事の訴えには、不利な材料が揃っていると言わざるを得ない。
しかし、竹内判事は憲法・法律のトップレベルの専門家であり、そのような事情を知らないということはあり得ない。むしろ、すべて承知の上で、ここまで紹介してきた現行法の前提や一般社会の常識、最高裁の立場に真っ向から異を唱え、その是非を問うため、あえて行動に出たととらえるのが自然である。
現に、竹内判事は、16日の記者会見で、地域手当が低いことを理由に途中退官する裁判官が多いことを指摘している。
また、竹内判事は、自身のブログの7日の記事でも以下のように述べている。
「私はそもそも国家公務員の地域手当を転勤拒否権のある裁判官にまで適用することは、裁判官の減俸を禁止する憲法の規定に違反するのではないかと考えている。例えば、地域手当20%の東京23区から、地域手当0%の地方に異動すると、3年目には20%の減俸になる。さすがに転勤拒否権を行使するか依願退官するかで抵抗する裁判官が増えているようで、裁判官の定期異動人事に支障を来たしているという。」(竹内判事のブログ「弁護士任官どどいつ集」(4月7日)より引用)
そのような実態があるのか、内部事情を窺い知ることは難しいが、竹内判事は、このままでは司法権の担い手である裁判官になろうとする人がいなくなり、司法制度が立ち行かなってしまうという真摯な問題意識をもち、それに基づいて行動を起こそうとしているように見える。
司法権の独立、裁判官の独立を維持するうえで、「報酬」に関する従来の法制度のあり方や常識とされてきた考え方を維持することが適切か否か。我々一般市民の常識も試されているのかもしれない。
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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