休日に上司からの連絡、取引先メール…対応したら“時間外”労働? 「つながらない権利」は日本でも実現するか
コロナ禍をきっかけにテレワークが浸透した。
会社に行かなくても仕事ができるテレワークは、通勤・退勤にかかる時間が無くなったり、仕事の合間に家事ができたりするなど、労働者にとってのメリットが多い制度だ。
しかし、裏を返せば「いつどこでも仕事ができてしまう」テレワーク制度は、労働者に負担をもたらすこともある。
とくに問題視されているのは、勤務時間が終了した後や休日にも会社や上司から仕事に関する連絡が来て、労働者が対応を余儀なくされる事態だ。
このような状況に伴い、「労働者には、勤務時間外に仕事の連絡に対応せずに自分の時間を過ごす権利がある」という考え方、「つながらない権利」が注目されるようになってきた。
ヨーロッパに浸透する「つながらない権利」
フランスでは2016年に労働法が改正されて、「つながらない権利」が盛り込まれた。
具体的には、「労働者は勤務時間外のメールなどを遮断する権利を有する」「業務用携帯電話を持たされていても、勤務時間外に電話に出ることを拒否する権利を有する」といった旨が定められている。
ドイツでは、仕事の終了時間から翌日に仕事を開始するまでに最低でも11時間の休息時間を設けることを規定した「勤務間インターバル制度」が1938年から存在する。法制化はまだ行われていないが、昔から労働者の権利が強いドイツでは、「つながらない権利」について労使間で取り決めされている企業が多い。
そして、2021年に欧州議会は「つながらない権利に関する欧州委員会への勧告に係る決議」を採決した。
ヨーロッパのように、日本にも「つながらない権利」が浸透する日は来るのだろうか。労働法に詳しい伊﨑竜也弁護士に話を聞いた。
日本でも「つながらない権利」が法制化される可能性はある
日本の法律には、勤務時間外の仕事の連絡などに関する規制はありますか?
伊﨑弁護士:日本では、2018年に「働き方改革推進法」が成立して、時間外労働の上限規制が設けられるなど、従業員のワークライフバランスにメリットとなるような大きな改正がなされました。
しかし、当時はテレワークなどがそれほど普及していなかったため、労働時間外の電話やメールについて深く議論はされず、法制化されることはありませんでした。
コロナ禍以降、テレワークが普及して通信技術も急速に進歩したため、休日でも出勤していなくても、従業員と容易に連絡が取れるようになりました。現在では勤務時間とプライベートの時間を明確に分けることが難しくなり、プライベートの時間中でも、電話やメールなどで容易に業務をできるようになっています。
現行の労働基準法は、法定労働時間(労働基準法32条)や時間外労働の上限規制(労働基準法36条)、時間外労働における割増賃金(労働基準法37条)など、従業員の時間外労働について厳格な規制を設けております。
日本でも「つながらない権利」が法制化する可能性はあるでしょうか?
伊﨑弁護士:労働基準法の趣旨に照らせば、従業員の勤務時間とプライベートの時間を明確に区別するため、フランスのように「つながらない権利」が法制化される可能性も十分にあると思います。
休みの日に従業員に連絡するのは労基法違反?
休みの日に仕事の連絡をすることは労働基準法に違反しますか?
伊﨑弁護士:「従業員に連絡をすること」と、「従業員からの返事を命じること」は、分けて考える必要があります。 「従業員に連絡をすること」自体は、たとえば次回出勤時の作業を指示しておく必要がある場合もあるでしょうし、会社からの連絡を見るか否かは従業員の自由ですから、直ちに違法とはなりません。
また、「従業員からの返事を命じること」についても、直ちに違法となるわけではありません。一般的には、雇用契約において「残業を命じることがある」と定められており、三六協定も締結されているのであれば、会社は従業員に対して上限規制の範囲内で時間外労働を命じることができます。
したがって、たとえば従業員に対して労働時間外にメールの返信を命じたとしても、それが労働基準法に違反するということにはなりません。ただし、従業員に対し所要時間の割増賃金を支払う必要はあります。
労働時間やペナルティの扱いは?
休日中にメールなどをチェックしたり仕事の電話に出たりした場合、短時間であっても「労働時間」に該当して、「休日勤務」という扱いになるのでしょうか。
伊﨑弁護士:労働時間とは、「労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれている時間」と考えられております。
休日にメールや電話の対応をすることは、会社から対応を命じられた場合や会社が黙認している場合、「対応することが当然」といった運用になっている場合などには、会社(使用者)の指揮命令下に置かれているものと判断されます。
このような場合には労働時間に該当して、会社は従業員に割増賃金を支払う必要があります。
また、「休日でも必ずメールや電話の対応をするように」と命じていた場合は、実際に対応した時間に加えて、待機時間も会社の指揮命令下に置かれていたと判断される可能性があります。
「休日に返信をしなかったことが原因で懲戒や仕事上のペナルティを受けた」という場合、労働者が会社を訴えることは現実的でしょうか。
伊﨑弁護士:先に答えた通り、一定の要件があれば、会社は従業員に対して時間外労働を命じることが可能です。したがって、休日にメール対応や電話対応を命じたことのみによって、会社に対し損害賠償請求などをすることは難しいでしょう。
ただし、従業員は、少なくとも対応した時間分については割増賃金を請求することができます。
また、「いつでも電話やメールの対応をできるようにしておいて」と事前に命じられていなければ、休日に連絡があって気づかないこともあるでしょう。そのような場合、会社から不利益な処分をされる理由はありません。
厚生労働省も「労働時間外に対応しなかったことを理由に不利益な評価をしてはならない」という指針を示しております。したがって、ペナルティを課された場合には、違法・不当な処分として、会社に対して損害賠償を請求できる可能性もあるでしょう。
勤務時間外の連絡が「ハラスメント」になる場合
休日中に仕事の連絡への返信を強要されることは、厚労省などが定義するハラスメントにあたり得るのでしょうか。
伊﨑弁護士:厚生労働省の定義によると、以下の3つの要件を満たせばパワーハラスメントに該当します。
①:優越的な関係性があること
②:業務上適正な範囲を超えていること
③:身体的・精神的苦痛を与えること、または就業環境を害すること
労働時間外の電話やメール対応については、②の要件が問題となります。
労働時間外の対応を命じること自体は、直ちに労基法違反とはなりません。
しかし、「夜に何十回も電話をかける」「24時間365日いつでも対応できるように命じる」「休日に対応しないことについて過度に叱責したりする」などの事情があれば、業務上適正な範囲を超えるものとして、パワーハラスメントに該当する可能性があります。
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