最高裁で「企業による一方的な配置転換は無効」の判決…ジョブ型雇用の“明確化”で守られる「権利」ともろくなる「雇用の確保」
職種限定の“契約”を交わしていれば、企業による社員の一方的な配置転換は無効――4月末に職種限定で働いていた技術系労働者を本人の合意なく解雇したとして会社側と争っていた裁判で、最高裁が出した判決は、日本人の働き方の大きな転換となりそうだ。会社の命令なら、自分の意思を抑えても不慣れな職種でも対応してきた日本の会社員。この最高裁判決は、いまだ不明瞭なこれまでの「メンバーシップ型」と「ジョブ型」による働き方に一石を投じ、ひとつのロードマップを示したといえる。
「私は技術職として採用されたのだから営業はやりたくない!」
昭和の時代なら、こうした要求は「わがまま」といわれても仕方がなかった。正社員の総合職として入社したのなら、人事に関しては会社側にその権限を大きく委ねる。自分を抑え、会社に身をささげるのが、いわゆるメンバーシップ型といわれるこれまでの日本の会社員の働き方だったからだ。
その”見返り”として、会社員は年功序列と終身雇用を確保した。
その後、平成を経て令和になると、職種を限定したジョブ型雇用というスタイルが徐々に浸透し始める。グローバル化が加速する中で、ジョブ型は主要先進国のスタンダードな働き方でもあり、優秀な海外人材採用にも都合がよく、その移行は必然といえた。
だが、すっかり染みついたメンバーシップ型の処し方とその対極といえる職務限定型のドライさは司法の判断においてもきしみあう。
過去判例では「雇用確保優先」が主流
職種や勤務地限定に関わる過去判例では、「日産自動車村山工場事件」(1989年12月)と呼ばれる裁判で、長年「機械工」として働いてきた原告が、単純反復のライン作業へ配置換えされ、会社側を不当労働行為として訴え、原告側敗訴となっている。判断根拠は「部門縮小もあり、企業経営上の判断としてあながち不合理なものとはいいがたく、配転命令は権利濫用にあたらない」。
「東亜ペイント事件」(1986年7月)と呼ばれる裁判では、転勤命令が権利乱用に当たるかが争点となったが、一審、二審の「権利濫用で無効」が、最高裁では一転した。「転勤命令権は無制約に行使できるものではないが、本件では業務上の必要性が優に在し、家庭生活上の不利益は転勤に伴う通常甘受すべき程度」との判断だった。
2つの判例にみられるように、会社員は企業の経営状況を踏まえたとき、たとえそれまで長らく同じ職種に従事してきた、あるいは同じ勤務地で働いてきた事実があったとしても、経営上その職種そのもの、あるいは勤務地を確保できなければ、雇用の確保が優先される。ジョブ型雇用が厳格に適用されず、メンバーシップ型をベースに考える企業からすれば、それが「労働者の雇用確保のため」と考えるのも決して不合理には思えなかった。
実際、今回の裁判でも、1審、2審では「原告を解雇する事態を回避するため」として、会社側が勝訴している。
雇用確保優先がなぜ、「一方的な配置転換は無効」に覆ったのか
なぜ判決は覆されたのか。労働問題に詳しい向井蘭弁護士に、判決のポイントや意義を聞いた。
解雇回避を理由にした一審、二審の「配転もやむなし」から、一転して職種限定を根拠に「一方的な配置転換は無効」と覆ったポイントは?
向井弁護士:これまでは職種限定契約で職種が無くなったといってもさすがにそれだけで解雇してしまうのは厳しいとして雇用確保を重視した“温情判決”がだされることがありました。今回は「職業限定の例外は認めない」とドライに判断したということです。
原告が”温情”を拒否した状況の中で、裁判官も職種限定の”契約”にもとづいて忠実に判断したと。
向井弁護士:ある意味では当然の判断です。それと、ジョブ型雇用とメンバーシップ型の働き方の境界がいまだぼんやりしている中で、今後の働き方のひとつのロードマップを明確に示したということでしょう。
ただ、今回のケースで前提として理解しておく必要があるのは、会社側は原告に対し、やれること、やるべきことはやってきたということです。経営判断上、原告の担当する業務が減少し、事業の継続が困難になる状況の中で、会社側は雇用確保を重視し、総務課施設管理担当の仕事を用意し、労働組合との団体交渉にも応じました。
ところが、原告は雇用確保のための異動命令を拒否したのです。
結果として、職種限定合意が認められ異動命令は無効となりましたが、実務的に不備があったとすれば、会社側が原告に事前の打診をしなかったことくらいです。
今後ジョブ型雇用にどんな影響が波及するのか
この判決で、今後ジョブ型雇用にどんな影響がおよんでいくでしょうか。
向井弁護士:もちろん、職種限定の契約で採用された人はその後、意に反する配置転換命令を受けることはなくなっていくでしょう。これは勤務地の限定も同じです。ただ、こうやって、労働側の権利が強くなることは企業側の人事権を狭めることにもなり、それによる負の要素も顕在化してくるでしょう。
負の要素ですか。
向井弁護士:解雇されやすくなるということです。今回のケースのように、経営上どうしても継続できず、職種そのものがなくなることもあるわけです。そうなったときに労働側が会社側の雇用確保等の提案を受け入れられないなら、整理解雇の要件が満たされ、整理解雇は有効となり得ます。
異動リスクは解消されるが、一方で解雇されるリスクが伴うようになると。
向井弁護士:そうなりますね。労働者の権利を確保できる分、労働側の責任も大きくなるわけです。もっとも、職種限定で採用されている人はそのあたりはドライだし、理解しているとは思います。その意味ではより働く側のプロフェッショナル志向が高まり、そうした働き方を選択するならそれを会社から求められるようになるともいえるかもしれません。
日本の働き方はどのように変わっていくでしょうか。
向井弁護士:そう遠くないうちに中途採用、業種によっては新卒採用でも職種限定契約が増えるのではないかと思います。賃金よりも自己決定(希望する仕事以外は配属されない)を重視する流れになるでしょう。
そもそもジョブ型雇用は世界の標準。その意味では、最高裁判決は時代に合っている気がします。
4月からは労働条件明示のルールが改正
こうした流れにシンクロするように、2024年4月から労働条件明示のルールが改正されている(労働基準法施行規則第5条の改正)。具体的には、全ての労働契約の締結と有期労働契約の更新タイミングごとに、「雇い入れ直後」の就業場所・業務の内容に加え、これらの「変更の範囲」の明示が必要になる。
今回の判決と併せて考えれば、日本でも浸透しつつある職種限定のいわゆるジョブ型の働き方が今後、加速する可能性はある。その先にあるのが明るい未来なのかは不透明だが、硬直ぎみの人材の流動化が進むことは確実だろう。その時に備え、企業は相応の組織体制・評価システム、労働者は強みとなるスキルを研磨しておいた方がよさそうだ。
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