大手食品メーカー社長と会長の“犬猫ネグレクト疑惑” 事実なら「動物愛護法違反」か?
特徴的なCMソングとともにペットフード界に“液状おやつ”の流行をもたらした「いなば食品」の社長とその妻である会長が、こともあろうに飼っているペットを“ネグレクト”していたと「週刊文春(2024年5月2日・9日号)」が報道し、物議をかもした。
報道によれば2人は、ペットの犬猫を自社の社員に世話させていたほか、“飽きる”と庭で放し飼いにしたり、社員やペットショップに譲渡していたという。また、記事には社長が社員らの前で犬を蹴り飛ばしたという驚きの証言もあった。
もしこれらが事実とすれば、社長と会長の行為は法的に見て「動物虐待」に当たらないのか。愛玩動物飼養管理士1級の資格を持ち、ペットに関する法律相談に多く対応する青木敦子弁護士に話を聞いた。
「狂犬病予防法違反」に当たる可能性
週刊誌上で指摘された2人の主な行為は以下だ(※いなば食品側はいずれも事実関係について回答を控えている)。
・ペットを自分たちでは世話をせず、社員に世話をさせていた
・犬にフィラリア症の予防薬を与えていなかった
・犬に3年ほど狂犬病ワクチンを接種させていない時期があった
・ペットを飼ってもすぐに飽きて、庭で飼育したり従業員やペットショップに譲渡していた
・庭で放し飼いにされていた動物が皮膚病を患っていたり、怪我を負ったりしていた
・1匹の猫について会長が「この猫にはエサをあげなくていいから」と社員に指示していた
・社長が社員の目の前で犬を蹴り飛ばした
青木弁護士は「仮にこれらの指摘がすべて事実だったとして」と前置きしつつ、「まず法的に明らかに問題なのは『狂犬病ワクチンを接種させていなかった』ことです」と話す。
狂犬病の予防注射(ワクチン注射)を犬に受けさせることは「狂犬病予防法」で定められた飼い主の義務であり、違反すれば罰金20万円が科せられる。
「狂犬病予防法違反の人が検察庁に呼ばれて取り調べを受け、罰金刑を受ける例は珍しくありません。狂犬病は致死率100パーセントと言われる危険な病気であり、予防接種がとても大事。それだけ政策的にも厳しくされています」
一方でフィラリアの予防については、現時点で義務化はされておらず、予防接種や予防薬を飲ませなかったからといって法的な問題はない。しかし、2人の行為が事実であれば、法に抵触する可能性のあるものは狂犬病予防法違反だけではない…。
「動物愛護法」に問われる行為
「動物愛護法」に問われる可能性のある2人の行為として、青木弁護士は以下のように続ける。
「虐待をしていなくてもペットが病気やケガを負うことはあり得ますので、ケガ・病気=虐待とはなりません。ただし、その病気やケガを放置して悪化させるなど、適切な治療を受けさせなかった場合には、虐待(医療ネグレクト)として動物愛護法44条2項の愛護動物虐待罪に当たる可能性があります。予防が義務ではないフィラリア症も、万一感染してしまえば当然適切な治療を受けさせる義務が生じます。
『この猫には餌をあげなくていいから』と発言したという部分については、報道だけではなんとも言えません。食べすぎなどの抑止のため、獣医師の指導の下で食事制限をしているということだったら、もちろん問題ありません。ただ、餌がもったいないという理由や、明らかに衰弱しているのにあげてないとなると、虐待に当たりうると思います。
そして、“蹴り飛ばした”行為が事実であれば、一番の問題でしょう。これは動物愛護法44条1項のの愛護動物殺傷罪に当たると思います」
あまり知られていない?『終生飼養義務』
さらに、「ペットを飼ってもすぐに飽きて、庭で飼育したり従業員やペットショップに譲渡していた」という点についても「終生飼養義務」違反となる可能性があると青木弁護士は続ける。
「動物愛護法7条4項には『動物の所有者は、その所有する動物の飼養又は保管の目的等を達する上で支障を及ぼさない範囲で、できる限り、当該動物がその命を終えるまで適切に飼養することに努めなければならない』と記されています。
あまり知られていませんが、ひとたび動物の飼い主となれば、原則としてその命を終えるまで、生涯にわたり飼育を続ける義務を負います。やむを得ない事情などではなく“飽きた”という理由で他人に譲渡していたのであれば、この義務に反していると考えられます。
なお、現時点では、終生飼養義務に違反しても何らの罰則もありません。しかしながら、動物愛護法の趣旨・目的からすれば、”飽きた”という理由で他人に譲渡することは、少なくとも法が求めている姿勢と矛盾するものと言わざるを得ません。今後、同様の事態を防ぐためには、たとえば、1年間に1個人が新規に取得できる動物の個体数を制限する、といった対策が必要になるのかも知れません」
従業員に“ペットの世話”頼めば「給与、割増賃金等」が発生
ちなみに青木弁護士は「動物愛護法ではありませんが」とした上で、従業員にペットの世話をさせていた点について「事実であれば、労働契約上の問題が生じる可能性があると思います」と指摘した。
「まず前提として、食品会社の従業員の業務に社長・会長のペットの世話が含まれているとは想定しがたいところです。そのため、記事のとおりの事実だったとすれば、従業員はやる必要のないことを業務の名の下にやらされていたことになり、このように業務の範囲に無いことを強いてやらせることはハラスメントになり得ます。
仮に、社長や会長が『任意(ボランティア)で』とペットの世話をお願いしていたとしても、従業員としては断りづらいでしょうから業務に当たります。業務時間外であれば時間外の給与や割増賃金等が発生します。もちろんペットによって負傷したら労災になり得ます。その辺りをどの程度理解されて従業員に頼んでいるのかが気になりますね」
SNS上では真偽不明の「いなば食品の従業員は休日でも社長や会長に呼び出される」「(社長・会長からの依頼を)拒否すると解雇や左遷される」といった情報まで飛び交っている。
いなば食品ホームページには「人やペットの健康と社会生活に役立つ製品つくりを推進してまいります」と書かれているが、従業員や自身のペットの健康は守られているのだろうか。
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
関連ニュース
-
「愛護」だけでは限界がある…“動物虐待”防止のため「日本の法律」に必要な視点
2024年09月23日 09:30
-
伝統行事でも「許されない行為はある」約700年前からの神事に迫る刑事処罰の可能性【弁護士解説】
2024年09月20日 10:11
-
日本は世界一の「フクロウ輸入」国、“違法取り引き”の実態も… 野生動物“消費大国”に問われる責任
2024年08月14日 15:50
おすすめ記事