石神井公園駅前の再開発、地裁が認めた「執行停止」を一転、高裁が却下…なぜ? 住民に“回復不可能な損害”を与えかねない「深刻な問題」

弁護士JP編集部

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石神井公園駅前の再開発、地裁が認めた「執行停止」を一転、高裁が却下…なぜ? 住民に“回復不可能な損害”を与えかねない「深刻な問題」
原告代理人の福田健治弁護士(左)、原告の岩田紀子さん(5月16日霞が関/弁護士JP編集部)

石神井公園駅南口で進む地上約100mのビル等の建設計画(再開発計画)の認可をめぐって、地権者がその取り消しを求める行政訴訟が東京地裁に係属している。

本件については、東京地裁が3月13日に地権者の申し立てに応じて建設計画の「執行停止」を命じたことが報道され、注目を集めた。しかし、5月9日になって一転、東京高裁がこれを却下する決定を下した。地裁と高裁で判断が分かれたのはなぜか。そこには、私たちの日常生活の平穏を揺るがしかねない深刻な問題があった。

事件と訴訟の概要

再開発計画の対象である石神井公園駅南口(Sakosshu Taro/PIXTA)

本件訴訟は、2022年8月1日に、地権者が東京都に対し、石神井公園駅南口での再開発事業としてタワーマンション等の建設を行う「再開発組合」の設立について、都知事の名で行われた「設立認可処分」の取り消しを求めて提起したものである。

再開発事業計画は、一帯を更地にし、高さ約100mのタワーマンションと、35mのビルを整備するというものであり、2024年の着工をめざしている。

南口地区では、石神井公園からの眺望を守るために35mの高さ制限が導入されていた。しかし、練馬区は2020年にこれを緩和した。

原告の主張は、この高さ制限の緩和が違法であり、それを前提とした再開発組合の設立認可も違法となるというものである。

練馬区では、2011年に住民との協議の結果として景観計画が策定され、その中に、石神井公園から駅方向への眺望の中で建築物が突出しないよう、建築物の高さを抑える旨の「景観形成基準」が設けられ、そこでは最高限度が35mと設定された。

その後、再開発計画が持ち上がり、練馬区が2020年12月に、地区計画における高さ制限を原則50m、例外的な場合には制限なしとする変更を行った。本件の再開発組合の設立認可は、それを前提として行われたものである([図表1]参照)。

[図表1]本件訴訟の経緯(練馬区HP、原告側資料を参考に作成)

原告側の主張は以下のようなものである。

・そもそも地区計画を変更する必要性がない
・この地区計画の変更は景観計画に定められている景観形成基準に違反している

「取消訴訟の手続きの進行中」に工事をストップさせられるか?

「処分の取消訴訟」が提起されてから、判決が出るまでには時間がかかる。そこで大きな問題となるのが、建設工事のプロセスを止めることができないということである。

再開発組合の設立認可処分が下されると、その効力として、組合は地権者らに土地建物の明け渡し請求を行うことができる。

一方、原告地権者は、処分の取消訴訟が適法に係属しても、原則として、明け渡し請求やその後の工事の続行を止めることができない(行政事件訴訟法25条1項)。これを「執行不停止原則」という。

しかし、これでは、再開発事業を行う側の「やったもの勝ち」になってしまう。そこで、原告のために、執行不停止原則の例外として、一定の要件をみたせば判決が出るまで処分の続行をストップさせられる「処分の執行停止」という制度がおかれている(法25条2項~4項)。

そして、本件において、原告の地権者はこの執行停止の申し立てを行った。

東京地裁は執行停止を認めたが…

冒頭のように、東京地裁は3月13日、原告に「重大な損害が発生するおそれ」があると認め、執行停止の決定を下した。

その理由として挙げられたのは、原告が土地建物を明け渡すことにより、慣れ親しんだ生活環境や地域社会とのつながりを失うという損害が発生し、その損害は「一度失われれば回復が容易ではない」というものであった。

そして、執行停止の期限は、本案の「再開発組合設立認可の取消訴訟」の判決が言い渡される予定だった5月16日から3か月と設定された。

この決定に対し、再開発組合が被告(東京都)側に訴訟参加し、同時に、東京高裁に異議を申し立てる「即時抗告」を行った。その結果、東京高裁は5月9日、一転して、執行停止を取り消した。

東京高裁は地権者が「財産上の不利益とは別に相応の精神的、肉体的負担を被る」と認めつつも、「重大な損害」に該当するとは認めがたいとした。その理由は以下の通りである。

①地権者は再開発ビルの所有権を取得するので居住・営業の利益を失わない
②仮移転先が確保され、仮住居の確保も困難ではない

弁護士が語る東京高裁「執行停止取り消し」の問題点

5月16日、本件訴訟について、再開発組合(被告側に訴訟参加)の求めにより口頭弁論が開かれた。

そして、これを受けて同日、原告の岩田紀子さんと原告側代理人の福田健治弁護士が記者会見し、一連の経過報告を行った。

会見において福田弁護士は、東京高裁が行った上記の執行停止の却下決定について、その不当性を指摘した。

第一に、執行停止の「重大な損害」要件の解釈について。

「財産上の不利益だけでなく精神的・肉体的負担も被るとしておきながら、なぜそれが重大でないと言えるのか。そこからしておかしい」(福田弁護士)

第二に、訴訟手続きの進行との関係でも、原告地権者の権利救済がおろそかになるという。

「解体工事がどんどん進んでいき、スケジュールでは今年12月までに終わることになっている。本件取消訴訟の一審判決が出るのは7月だからまだ良いとしても、(仮に請求が棄却され控訴した場合に)控訴審の判決が出る頃には、地域一帯は更地になっていることになる。

そうなれば、仮に裁判で違法が認定されたとしても、『違法だけども処分は取り消さない』という『事情判決』(行政事件訴訟法31条)がなされる可能性が非常に高くなる。

もしこのようなことが通るならば、街づくりをめぐる行政事件訴訟制度に欠陥があることになる。

原告側が執行停止を求めたのは、単なる現状維持に過ぎない。判決が出るまでは待ってほしいと求めているだけであって、それ以上のことは求めていない」(福田弁護士)

高裁は「旧法下の先例」に引きずられた?

なぜ、地裁と高裁でこのように判断が分かれることになったのか。

福田弁護士は、東京高裁が行った執行停止却下決定は、旧法下、すなわち2004年の行政事件訴訟法改正前の裁判例に影響された可能性があると指摘する。

その先例とは、あきる野インターチェンジ建設工事における土地収用をめぐる裁判で、東京地裁が執行停止決定を下したが、その後一転して、東京高裁、最高裁ともに執行停止を否定したというものである。

「そのときの最高裁の決定は、本件決定と同様、肉体的・精神的負担があるものの、代替地の提供があるので、『回復困難な損害』はないとした。しかし、その後、法改正がなされ、要件が緩和されている。

また、今回のケースでは、原告地権者が所有するビルの中に住居があり、医院を経営しているという環境が奪われる。

東京高裁の却下決定は、なぜ法改正が行われたかという趣旨を踏まえていないのではないか」(福田弁護士)

執行停止において重要な要件は、処分の続行により、原告が「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」ことである。そして、この「重大な損害」がどのようなものかについては、法25条3項が以下のように解釈指針を示している。

(行政事件訴訟法25条3項)
「裁判所は、(中略)重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする」

つまり、以下の要素をもとに実質的に判断すべきと定めているのである。

【「重大な損害」の考慮要素】
 ・損害の回復の困難性
 ・損害の性質
 ・処分の内容・性質

執行停止の制度は、2004年に行政事件訴訟法が改正された際に、利用しやすいように要件が緩和された。

すなわち、現行の行政事件訴訟法25条2項は、原告側の損害の要件について旧法が法改正前は「回復困難な損害」と規定していたのを、「重大な損害」へと緩和したものである。

また、それと同時に実質的な解釈指針(同条3項)が付け加えられ、「損害回復の困難性の程度」は「重大な損害」の有無を判断するための一要素へと「格下げ」されている。つまり現行法が施行された2005年4月以降、執行停止の制度は、それ以前よりも広く認められるようになったといえる([図表2]参照)。

[図表2]執行停止「重大な損害」要件の新旧の違い(法務省資料を参考に作成)

このように、あきる野インターチェンジの事件から今日までに法改正が行われ、執行停止の要件は緩和されている。もし、裁判所が、このことを踏まえず、旧法下での判断枠組みをそのまま下敷きにして判断を下したとすれば、法改正の趣旨がないがしろにされている疑いがあるということになる。

原告の損害は金銭によってもカバーされないおそれも…

福田弁護士はさらに、本件で執行停止を認めないと、再開発組合の設立認可の取消判決が出た場合の原状回復が困難になることを挙げる。

「取消判決が出た場合に、原告が土地の返還を受け、建物を再築してもらうことは物理的には不可能ではない。しかし、誰がその費用を払うのかという問題がある。

法的には再開発組合が原状回復の義務を負うことになるが、再開発組合の設立認可が取り消されれば、存立の基礎を失ってしまう」(福田弁護士)

それに加え、再開発組合の財政状況からみても問題があるという。

「再開発組合は債務超過状態にある。再開発のスキームは、再開発組合がデベロッパーから借り入れをし、再開発ビルができたあとに権利床を取得し、販売することで、最終的に利益を得るというもの。

取消判決が出て再開発がとん挫した場合、現実的にみて、再開発組合は原告地権者に補償する資力がないと想定される。純粋に経済的な観点からみても、原告の損害は回復不可能になるのではないか」(福田弁護士)

原告側は東京高裁による執行停止の却下決定を不服として、5月13日に最高裁に特別抗告と許可抗告の申し立てを行っている。また、本案である「再開発組合の設立認可処分の是非」についての判決は7月29日に予定されている。

最高裁は執行停止の是非について、どのような理由の下にいずれの判断を行うのか。本案に関する判決の内容とともに、注目される。

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