お酒を飲んでいないのに「飲酒運転」に…体内でアルコール“醸造”される病、罪に問われる可能性は?
先月下旬、飲酒運転の疑いで起訴された男性が「無罪」になったというベルギーのニュースが話題となった。
男性が無罪になった理由は、体内でアルコールが生成されてしまう「自動醸造症候群(ABS:Auto-Brewery Syndrome)」を患っていたから。一般的にはあまり知られていない病気だが、岡山大学医学部の中尾篤典教授は「程度の差こそあれ、医学の世界では体内でアルコールが作られることはそう珍しくはなく、これまで多く報告されています」という。
酩酊、顔が赤くなる…症状は「酔っぱらい」そっくり
米や麦などの炭水化物は、微生物(麹〈こうじ〉や酵母)が加わることで発酵が起こり、アルコールと炭酸ガスができる。いわゆる「醸造」だ。
「人間の体内には1000種類以上、100〜1000兆個もの細菌がいると言われています。通常、それらは絶妙なバランスで維持されていますが、極端な食事制限、抗菌薬(抗生物質)の使用、腸の手術といった“何らかの原因”によって崩れてしまうと、発酵のもととなる微生物が異常増殖し、体内で炭水化物と作用してアルコールを醸造してしまうことがあるのです」(中尾教授)
自動醸造症候群を発症すると、酩酊(めいてい)する、顔が赤くなるといった、まさに酒に酔ったような症状が現れるという。
「アメリカのテキサス州に住む男性の症例では、アルコールを飲んでいないのにもかかわらず、酩酊したような意識障害を起こして救急外来に運ばれています。当初は妻も病院の医師も、彼が隠れて酒を飲んでいると疑っていましたが、何も携帯品を持ち込まずに入院させて病院の一室に隔離し、24時間後に血中アルコール濃度を調べたところ、その濃度は0.12%(参考:アメリカの飲酒運転の法的上限は0.08%)にも達したそうです。
そこで便を調べてみると、イーストの一種が検出され、腸の中で炭水化物の発酵が起きていることが分かりました。この患者は6年前に骨折の手術を受けており、その際に大量の抗菌薬で治療を受けたことが関係しているのではないかと考えられています」(同前)
なお、どのくらい酩酊するか、顔が赤くなるかといった症状の強さは、本人の“お酒の強さ”に影響するそうだ。
日本の学者によって“発見”された
中尾教授は、自動醸造症候群の歴史について「1972年に日本の学者によって初めて発表された」という。
「この論文では、1952年に『酩酊症』と診断された患者の経過が紹介されています。当時は戦後まもなくであり、発見された経緯について詳しいことは分かりませんが、抗菌薬(抗生物質)がよく使われるようになったという社会的背景が影響しているのかもしれません。
そして、論文が発表されてから12年後の1984年時点では39例の酩酊症の報告が確認できます。これ以来、イギリスやエジプト、アメリカからも報告例が散見されますが、いずれも診断にはかなりの時間がかかっているようです。
通常、アルコールを飲んだことによる体調不良が疑われる場合を除けば、多少調子が悪いからといって患者にアルコール検査を実施することはありません。一般的には症例が非常に少ない病気だと言われていますが、実際には報告数よりも多くの患者がいることが推測されます」
もし自動醸造症候群を発症してしまった場合は、アルコールを作る酵母を減らすような抗真菌剤を使う、低糖質・低炭水化物の食事をとるなどの治療法がある。また最近では「健康な人の便を移植する」という治療も行われているようだ。
日本で“飲酒運転”の罪に問われる可能性は…
さて、冒頭のベルギーのニュースでは飲酒運転の罪に問われた男性が無罪となったが、同じようなことが日本で起きた場合どうなるのだろうか。交通事故に詳しい伊藤雄亮弁護士は「無罪となる可能性は十分あり得る」という。
「もちろん、自身が自動醸造症候群であることを知らなかったとしても、事故を起こせばその結果に対して法的責任を負うことに変わりはありません。しかし運転したことそのものについては、症状の自覚がなかったのであれば、“飲酒運転の故意”があったとは言えず、理屈上は刑事責任を問われない(=無罪となる)可能性も十分に考えられます。
一方、病気を自覚していたのにもかかわらず運転した場合は、アルコールを摂取しての飲酒運転と同じ状況だと判断される可能性が大いにあるでしょう」
なお、自動醸造症候群を発症しているかの診断は容易ではなく、「飲酒運転をしても自動醸造症候群と言えばいいや」といった軽薄な考えが通用しないことは言うまでもない。
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