東京都「カスハラ防止条例」は官民のサービス担当者、窓口担当者を救えるか?
顧客から理不尽な言動や要求を受けるカスタマーハラスメント、いわゆる「カスハラ」が社会問題化する中、東京都は、全国初の「カスハラ防止条例」の成立に向けて動き出した。
都が提示した素案によれば、カスハラを「就業者に対する暴言や、正当な理由がない過度な要求などの不当な行為で就業環境を害するもの」と定義。条例では店舗などだけでなく会社や役所の窓口、学校など、官民を問わず対象を設定する。また国会議員などが優越的な立場を利用して行政の職員に過度な要求を行うケースも想定している。
悪質な場合は “警察・弁護士等に相談のうえ”対処
都は、具体的な禁止行為をまとめたガイドラインを作成し、官民を問わず対応マニュアルを作成する対策を求めていくとしているが、罰則規定は想定されていない。早ければ、秋の都議会で条例案を提出する見通し。社会部記者はこう話す。
「飲食店やコンビニなどの商店や、運輸などの各種サービス、行政の窓口まで、カスハラ対策は注目されています。先月26日には、JR東日本グループがカスハラに対する基本方針を発表しました。それによれば、『身体的・精神的な攻撃』、『威圧的な言動』、『土下座の要求』、『拘束的な行動』など妥当性が認められない客からの要求に対しては、従業員を守るため『対応しない』として、悪質な場合は、警察・弁護士等に相談のうえ対処すると示しています。背景には近年、駅員にクレームをつけたり、土下座を強要したりするトラブルが多発していることがあります」
繊維・衣料、医薬・化粧品、化学・エネルギー、窯業・建材、食品、流通、印刷、レジャー・サービス、福祉・医療産業など、各業種の920の労働組合が集まった「UAゼンセン」が今年3月に行ったアンケートによれば、「2年以内にカスハラの被害にあった」と回答した従業員は、46.8%にのぼり、その内訳は以下のようになっている。
「暴言」39.8%
「威嚇・脅迫」14.7%
「何回も同じ内容を繰り返すクレーム」13.8%
「長時間拘束」11.1%
さらにカスハラのきっかけとなった理由について尋ねたところ、
「客の不満のはけ口や嫌がらせ」26.7%
「接客やサービス提供のミス」19.3%
「消費者の勘違い」15.1%
などとなっている。
「てめえらバカか、このお役所仕事が!」
〝お客さまは神様です〟の精神で顧客へのサービスに徹していたとしても、増長した客の一部は、カスハラを繰り返す〝クレーマー〟や〝迷惑な客〟となってしまうことがある。特にそれは、ユーザーへの電話対応や窓口業務など、顧客とじかに接する、「BtoC」の現場の最前線で起こりやすいようだ。
都が示しているように、確かにそれは、民間に関わらず、行政の窓口の現場でも起こり得る。住民課で窓口業務をこなしているある区役所職員はこう話す。
「裏金問題やかつての政治家の年金未納問題など、政治家の不祥事が起こると、窓口に来る人もイラだっていることが多いですね。特に住民税や国民健康保険(国保)、年金などの徴収係は風当たりが強い。納付書が届くと〝政治家は金をガメてるのに、なんでこんなに高いんだ〟と文句を言われることは日常茶飯事です。
身分確認ができないので、印鑑証明書が即日発行できないことを説明すると、〝融通が利かねえな。てめえらバカか、このお役所仕事が!〟と怒鳴られたこともあります。また窓口で1時間近く怒声を浴びせ続けられたり、『アホか!』『このハゲ!』などと暴言を吐かれた同僚もいます。
ハナから〝親方日の丸〟で、〝お前ら、恵まれてるんだろ〟というけんか越しでくる人も結構います。窓口ではヤバそうな人が来ると、職員どうしでアイコンタクトして、誰が対応するか、心理的ななすり付け合いが起こりますね」
この職員によれば、「お役所仕事」と言われようとも、法律でできることとできないことは決まっており、相手の要求にすべて応えることはできないので、窓口業務の心理的負担は大きいという。
地方自治体職員へのカウンセリングを担当している臨床心理士がつけ加える。
「確かに行政は民間に比べて恵まれているという見方もありますが、そうした住民への対応でうつを発症してしまう例はあります。彼らは、民間のサービス業とは違い『イヤならよそに行け』とは言えませんから。それに、コロナ対策やマイナンバー制度など、国の施策はいつも急でコロコロ変わり、実務は、各自治体の保健所とか行政の窓口など、地方自治体が担うことがほとんどなので、末端の職員は、そのたびに、マニュアルを覚えたり、その対応に追われていて、負担は大きいようです」
もともとこうしたカスハラ事案に関しては、暴言やどう喝について対応する法令としては、「威力業務妨害」や「強要罪」などが存在するが、今回、東京都が制定する「カスハラ防止条例」によって、官民問わず、顧客に対応する人たちの負担を軽減し、ユーザー側の意識改革も進むだろうか――。
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