新宿タワマン刺殺事件 “被告人”が被害者女性に「貸した金」を返してもらうためとり得た「民事上の手段」とは【弁護士解説】
5月8に東京都新宿区のマンション敷地内で女性が刺殺された事件について、被告人男性の犯行動機に関連し、被害者女性との間に金銭トラブルがあった可能性があるとの報道がなされている。被告人は犯行前に警察から、弁護士に相談して民事上の手段をとるようすすめられていたとのこと。では、どのような法的手段が考えられたのか。弁護士に聞いた。
被告人Xの供述から考えられる「法的主張」
報道によれば、被告人(以下、X)は、被害者(以下、Aさん)を殺害した動機に関連し、警察の取り調べに対し「結婚の約束をしていたからAさんに1000万円貸したのに返してくれなかった」などと供述しているという。
その真否は別として、この被告人Xの言い分からどのような法的主張が考えられるか。荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に分析してもらった。
荒川弁護士:「まず、『Aさんに1000万円貸した』という点については、Aさんとの間で金銭消費貸借契約(民法587条)を結んだということになります。
金銭消費貸借契約の成立要件は2つ、『お金を渡すこと』と、『返済の合意をすること』です。
本件では被告人Xが1000万円を渡したと主張しているのは明らかです。また、『貸した』というからには『いつかは返す』というのが当然の前提なので、返済の合意の主張もあります。
なお、被告人Xは返済期限の定めについては特に触れていません。しかし、返還の定めがない場合は、Xは相当の期間を定めて返還を催告することができます。つまり、あとで『〇年後までに返してね』と言えるということです。
その期限までにAさんがお金を返さなければ、それ以後の利息を請求できます。また、民事裁判の判決等を得て強制執行できます」
では、「結婚の約束をしていたから」という供述についてはどうか。
荒川弁護士:「様々な法律構成が考えられますが、最も自然に解釈すれば、金銭消費貸借契約を結ぶに至った『動機』と考えられます。
動機はあくまでも被告人Xの内心にすぎないので、原則として契約の効力に影響を与えません。しかし、その動機が表示されていた場合には、契約の内容となりえます(民法95条1項2号)。
その場合、被告人Xは、Aさんにその気がないのに、お金を貸したら自分と結婚してくれるだろうと誤信したならば、『動機の錯誤』があったといえ、契約を取り消すことができます(民法95条2項)。
取り消しは契約自体なかったことにする効果があります。したがって、被告人XはAさんに対し、渡したお金を直ちに返すよう請求できることになります(民法121条、121条の2)」
被告人Xが揃えるべき証拠は?
被告人Xが以上の法的主張に基づいてAさんを訴えた場合、Xの請求が認められるには、その主張を裏付ける証拠が必要である。では、どのような証拠を揃える必要があるか。
まず、「Aさんに1000万円を渡した」という事実を裏付ける証拠についてはどうか。
荒川弁護士:「Aさんの口座に振り込んだというのであれば、その通帳記録が強力な証拠となります。また、借用書があればそれも有効です。
Aさんに現金を手渡しした、借用書もないというのであれば、証明は困難です。直接証明する証拠がないからです。間接証拠(情況証拠)といって、関連性のある証拠を積み重ねるほかありません。
もし、自分の口座から現金を引き出した記録があれば、間接証拠となり得ます。また、仮に高額な財産を売ってお金を工面したというのであれば、その契約書も間接証拠とはなり得るかも知れません。
ただし、いずれも証明力は弱いと言わざるを得ません。なぜなら、引き出したお金、工面したお金を被告人Xが他の用途に費消した可能性もあるからです。
なお、金銭授受の経緯について様々な報道や憶測が飛び交っていますが、現状ではいずれも真否不明なので、法的観点からはまったく吟味するに値しません」
次に、「返済の合意」を裏付ける証拠についてはどうか。
荒川弁護士:「Aさんが書いた借用書があれば、それが最も強力な証拠となります。
しかし、それがなかった場合でも、LINEやメールの履歴でも採用される余地はあります。それらさえなければ、返還の合意を立証するのはほぼ無理です。その結果、『贈与契約』(民法549条)が成立したということになります。
贈与契約に際して契約書が取り交わされていない場合には、贈与契約を撤回することができます。ただし、すでに履行を済ませてしまった部分については撤回することができません(民法550条)。
被告人Xがすでにお金をAさんに渡してしまっていたら、Aさんに返還請求することができないのです」
最後に、被告人Xの「Aさんが結婚してくれるなら」という「動機の表示」ないし「動機の錯誤」を立証するための証拠はどうだろうか。
荒川弁護士:「被告人XとAさんの間で結婚の約束があったことの証明が必要です。
これについては、LINEやメールの履歴等のやりとりがあれば証拠となり得ます。ただし、そのやりとりがあくまでも真摯になされたものであることが推認されなければなりません。
前後のやりとりからみて冗談や軽口、いわゆるリップサービスにすぎないものであれば、真摯性が認められず、動機が表示され契約の内容になっていたとは言えません」
ここまでの解説を前提とする限り、仮に被告人Xが1,000万円の請求について「法的手段」をとったとしても、認められるためには、主張の面でも立証の面でもきわめてハードルが高いと言わざるを得ない。
荒川弁護士:「そもそも、被告人Xと被害者Aさんとの間に本当に金銭のやりとりがあったかどうかさえ真否不明です。憶測で話をするべきではありません。被害者であるAさんの尊厳を害することにもなります。
仮になんらかのトラブルがあったとしても、殺害行為に及ぶことに一片の正当性も認められないことを強調しておきます」
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