「悪魔ちゃん」命名騒動から31年 “キラキラネーム”は2025年施行「改正戸籍法」で規制される?

弁護士JP編集部

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「悪魔ちゃん」命名騒動から31年 “キラキラネーム”は2025年施行「改正戸籍法」で規制される?
来年から施行される改正戸籍法により、名前の「読み仮名」も規制の対象となる(show999 / PIXTA)

「悪魔の日」とも言われる6月6日。「悪魔ちゃん」事件を思い出す人もいるかもしれない。

1993年8月、東京都昭島市役所に「悪魔」と命名された男児の出生届が提出された。一度は受理されたが、その後、受理手続きは中止され、別の名前に改めるよう両親に指導される。父親は家庭裁判所に不服申し立てを行い、法廷で争われることになった。

また、近年、通常ではない当て字を用いて外国人名や創作物の登場人物名などの奇抜な「キラキラネーム」が子どもに付けられる事態が問題視されている。

「悪魔」という名前やキラキラネームを付けられた子どもの人生に不利益が生じるおそれがある一方、原則として子どもの名前は親が付けるものであり、自治体や国がむやみに介入することはできない。

法律では、この問題にどう対処しているのだろうか。

「悪魔ちゃん」事件の経緯

当初、「悪」も「魔」も常用漢字の範囲であることから昭島市役所は出生届を受理したが、受理後に戸籍課職員の間で疑義が生じたため、受理の可否について法務省に照会を行った。

法務省は最初は「問題ない」と回答したため市役所は受理手続きに入ったが、その後、「子の名を『悪魔』とするのは妥当でなく、届出人に新たな子の名を追完(※)させ、追完に応じるまでは名が未定の出生届として取り扱う」旨の指示が出される。

※追完…法的に効力が未確定な行為について、あとから行為を有効にすること。

法務省の指示にしたがった市役所は受理手続きを完成させず、戸籍に記載された名欄の「悪魔」の文字を誤記扱いとして抹消。また、男児の両親には、別の名前に改めるよう指導を行った。

1993年10月、父親は、「一度は受理して戸籍に記載した名を、法定手続きを経ずに抹消したことは不当である」として家庭裁判所に不服申し立てを行う。

裁判所は「父親は命名権を濫用しており、役所が出生届の受理を拒否したことは適法である」としながらも、一度は受理された名が抹消されることは違法であると判断して、『悪魔』という名前が記載された戸籍に戻すよう昭島市に命令。

これに対し、市は「抹消の事務処理は適切だった」などとして、即時抗告する方針を固めた。

1994年2月、市との争いが続く間は男児に名前がない状態が続いてしまうことなどの問題から、父親は不服申し立ての取り下げ手続きを行う。これにより、市と父親の争いは終了。

男児には「悪魔」とは別の名前が付けられた。

「悪魔ちゃん」の父親と争った昭島市役所(あやともしゅん / PIXTA)

現在の戸籍法は「文字」だけを規制の対象にしている

子の名前に関する規則を定める法律は、戸籍法50条によって以下のように定められている。

・子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。

・常用平易な文字の範囲は、法務省令でこれを定める。

「常用平易な文字」とは、常用漢字表に掲載されている漢字や、カタカナまたは平仮名など(戸籍法施行規則60条)。

現在の戸籍法は、基本的に、名前の読み仮名ではなく名前に使われる「文字」を規制の対象としている。

また、原則として、「常用平易な文字」の範囲内であれば、どんな文字でも使用することが認められている。

しかし、「悪魔ちゃん」命名について判断を行った家庭裁判所は、以下のような場合には例外として、戸籍管掌者(市町村長)には名前の受理を拒否できる場合があると示した(東京家裁八王子支部審判平成6年1月31日判例時報1486号56頁)。

1:命名権の濫用にあたる場合

2:社会通念上明らかに名として不適当な場合

3:一般常識から著しく逸脱している場合

4:名の持つ本来の機能を著しく損なう場合

そして、「悪魔」は「命名権の濫用にあたる場合」であるとして、役所が出生届の受理を拒否できると示された。

「キラキラネーム」の扱いは?

「キラキラネーム」も家庭裁判所が掲げた例外にあたり、命名にストップをかけられるように思われる。

しかし、実際には「戸籍管掌者の権限」という問題が関係してくる。

戸籍管掌者はあくまで形式的な審査しかできないことになっており、命名が形式上のルールを満たしていれば、拒否する裁量は認めていない。

そして、戸籍法は文字の範囲しかチェックの対象にしていない。

このため、戸籍管掌者は名前の文字の意味や実際の読み方などを審査することができず、キラキラネームもすべて認められてきた。

2025年からの「改正戸籍法」は読み仮名も規制の対象に

2025年5月に施行が予定されている「改正戸籍法」により、戸籍には氏名のフリガナも記載されるようになる。

そして、「氏名として用いられる文字の読み方として一般に認められているものでななければならない」という趣旨の規定も設けられる。

これにより、今後は、「キラキラネーム」などの命名に対して役所がストップをかけることが可能になる。

法律は親の「性善説」を採用しているが...

キラキラネームが法律によって規制されるようになることは、「子の利益」に対する配慮から、これまで認められてきた「親の権限」に制限がかけられる事態だといえる。

この事態について、弁護士はどう考えるか。行政法にも詳しい杉山大介弁護士は以下のように語る。

「子の名前に関わるものに限らず、親の権限に関して法律では“親は子どもを大事にするはずだ”、“親なら責任をもって子どもの利益を考慮するはずだ”などの「性善説」で考えられてきました。

そのため、子どもの契約などに関する代理権なども、原則として親には広く認められています。

しかし、現実には、「性善説」が通用しないように感じられる事件がしばしば起きています。

それらの事件はごく一部の例外であるとしても、「子どもの一生に関わるような不利益はひとつでも起きてはならない」という考えを採用して規制を行うことには仕方がない面もあります」(杉山弁護士)

「自由の制約」には警戒が必要

しかし、仕方がない面があるとしても、これまで認められてきた権限や自由に制約をかけることには慎重になるべきだ、と杉山弁護士は語る。

「悪魔ちゃん事件で家裁が示した規範は、例外的に制限するというものでした。

一方で、今回の改正で戸籍法には「氏名として用いられる文字の読み方として一般に認められているものでなければならない」という条文が加えられます。つまり、例外ではなく原則として「変わった読み方の名前は認められない」ということになるのです。

この改正は、命名権を非常に強く管理するものであると感じます。

氏名の命名権については、管理されても、そこまで実害はないかもしれません。それでも、「自由が制約された」ことは確かです。

そもそも、法律による規制とは、いずれも国民の自由を制約するものです。だからこそ、その制約にどこまでの必要性があるのか、問題を対処するために必要な範囲の制限であるのか、常にチェックしておく必要があります。

そうしないと、命名権の自由などにとどまらず、もっと重要な自由がいつの間にか制限されてしまう事態になりかねないためです。

キラキラネームの問題、あるいは最近では政治家のパーティー開催自体の是非など、「なんとなく」の雰囲気で制限が叫ばれることは多々あります。しかし、自由民主主義の主権者である国民は、自由の制約を安易に肯定すべきではないでしょう。」(杉山弁護士)

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