「時給換算300円程度」映画監督ら“やりがい搾取”の深刻さ訴える…国会議員「フリーランス新法へ生かしたい」
芸能・芸術分野の従事者、クリエイターの労働環境の改善などを求め、一般社団法人日本芸能従事者協会が6日、衆議院第一議員会館で院内集会を開催した。
同協会は、あらゆる業種の芸能実演家とスタッフで構成される団体で、不利な立場に立たされやすいフリーランスのスタッフやクリエイターの権利を守る活動を行っている。
当日は、歌手や映画監督、声優、校正者、舞台演出家、美術家など多くの業界からクリエイターらが参加。労働環境の実態と課題を訴え、関係省庁の担当者や国会議員に対し待遇改善のためガイドライン策定や法整備などを要望した。
クリエイターへの「やりがい搾取」改善が急務
登壇したクリエイターらから提起された問題は多岐にわたるが、多くは賃金と長時間労働など待遇の問題だ。
浅野忠信さん主演『淵に立つ』などで知られる映画監督の深田晃司さんは、監督業のギャラが低すぎることに言及した。
深田さんによれば、長編作品で一本200万円ほどのギャラが発生するというが、準備に8年かかった作品でも同じ額しかもらえず、監督業だけでは生活できない現状を説明。また、スタッフ時代には時給換算300円程度で仕事をしていたといい、「日本の映画業界で生き残るには、才能や努力よりも貧乏に耐えられるかどうかで決まってしまう」と述べた。低賃金の影響で、多くの才能が映画界に定着せずに流出しているとして、待遇の改善を求めた。
パリからリモートで参加した美術家の村上華子さんは、自身が立ち上げた美術関係者向けのプラットホームでアンケートを行ったところ、308人から回答があり、そのうち半数以上が“実質報酬ゼロ”で働いた経験があることが明らかになったという。また回答者の95%が「報酬ガイドライン」を策定すべきと回答したこともわかった。
「決まった予算から経費を除くと何も残らない。経費は企業が出すものと認識されていないのでは」(村上さん)として、いわゆる “やりがい搾取”が美術界にも横行している現状を報告した。
舞台演出家の黒澤世莉さんは、演劇界のチケットノルマ問題について説明を行った。
演劇界では、俳優が舞台に出演するための条件として、チケットを買い取らせる風習があるといい、このノルマのせいで「(俳優は)ギャラをもらうどころか、お金を払って出演させてもらっている」(黒澤さん)状況もあるという。
「ガイドライン」策定も“過労死ライン”超え
映画の助監督として活動していた近藤香南子さんは、映像業界の女性が置かれた現状について報告。業界全体で長時間労働が常態化しているため、出産・育児のために仕事を辞めざるを得ない女性が多いという。
フリーランスであるために育児休業給付金などの助成を受けられず、保育園に入るためのハードルも高いので「夢を諦めざるを得ない」と、映像業界で働きたくても働けない女性たちの思いを代弁した。
また、昨年、日本映画制作適正化機構(映適)によって初めて労働ガイドラインが設けられたが、労働時間は1日13時間以内、「完全休養日」としての休日は2週間に1日という極めて緩い規定だった。近藤さんは、ガイドラインがあってなお大幅に「過労死ライン」(※)を超えてしまっている現状を指摘した。
※残業時間が月80時間を越えると「過労死ライン」とされ、100時間を超える残業は一般企業では原則として違法となる。
諸外国見習って「法整備を」要望
日本のフリーランスの現状を訴える一方で、海外の事例と比較する人もいた。
映画プロデューサーの福間美由紀さんは、フランスや韓国と共同製作をした際の経験を語った。
福間さんによれば、フランスでは1日の撮影時間は8時間までと定められており、シングルマザーのスタッフが撮影終了後に子どもを迎えにいく生活を普通に送っているという。韓国でも、個人の生活と仕事のワークライフバランスが考えられた制度設計となっていて、若いスタッフが多く活躍しているのを目の当たりにしたそうだ。
パリ在住の村上華子さん(前出)は、6カ国を対象に「美術家のための労働ガイドライン」を調査した取り組みも発表。調査したのはフランス、ドイツ、イギリス、カナダ、スイス、アイルランドで、いずれも法的根拠を持った強制力のあるガイドラインが制定されていたことから、日本でも実情にあった法整備を進めるよう訴えた。
フリーランス新法へ「生かしていきたい」
集会に参加した議員らからは以下のような感想が上がった。
「労働搾取のある中、我慢して働いている現状があることがよくわかった。(フリーランスのクリエイターが)安心して働ける環境を作らないといけない」(内閣総理大臣補佐官・矢田稚子氏)
「クリエイターの待遇を改善するのは非常に大きな課題なのでしっかり取り組んでいきたい」(自民党・三谷英弘議員)
また、立憲民主党の西村智奈美議員は「フリーランス新法がどういう形でスタートできるかまだ見通せないところがある」として、今年11月に施行される「フリーランス新法」の運用に向け「今日聞いた話を生かしていきたい」と語った。
同新法は、フリーランスのために「取引の適正化」と「就業環境の整備」を促すものだ。これまで不利な契約をむすばされるなど弱い立場に置かれることが多かったフリーランスを、正社員と同等に保護することを目指し、ハラスメント対策や賃金格差の是正につながることが期待されている。
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