ボーナス支給後、即退職…社員の“不義理”会社から「返還要求」される可能性は?【弁護士解説】

弁護士JP編集部

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ボーナス支給後、即退職…社員の“不義理”会社から「返還要求」される可能性は?【弁護士解説】
賞与をもらってすぐ退職は問題?(genzoh / PIXTA)

英国のヘッジファンド『アイスラー・キャピタル』は2024年初め、トレーダーが年内に退職する場合、受け取ったボーナスの返還を義務付けるルールを導入した。アメリカの金融情報サービス大手のブルームバーグが6月末に報じた。

ヘッジファンドでは賞与が億単位になることも珍しくなく、“もらい逃げ”による損失は大きい。金銭以上に人材流出による被害が深刻という。

この事例を聞いて、海の向こうのヘッジファンド業界の話、と日本の会社員は気にも留めないかもしれない。実際、きっちりとボーナスをもらって退職した同僚や知人も周囲にはいるだろう。本当に、賞与の満額支給後に退職して、会社から返還を要求されないのか…。

支払われた賞与の返還を求めることは法的に可能か

「支払われたボーナスを会社員が返還する義務はありません。労働基準法16条で『賠償予定の禁止』が規定されているからです」

こう明言するのは、労働問題に詳しい、辻󠄀本奈保弁護士だ。

「賠償予定の禁止」は、雇用側が労働者に対して「違約金」や「賠償金」の支払いをあらかじめ約束させることはできないというもの。賞与の例でいえば、一度支払われたものを後になって「返せ」というのは違法ということだ。

そのほか、たとえば「退職したら違約金100万円を払え」という定めを設けることや、従業員に対し「業務で会社に損害を与えた場合、賠償金として50万円を支払え」といった約束をさせることも禁じられている。

賃金支払いにも厳格なルールが

併せて、労働基準法24条には賃金の支払いについて「通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定められている。つまり、支払わないことはもちろん、一方的な減額も違法になる。日本の会社員がいかに法律に守られているかがわかるだろう。

では、日本の会社員は「賞与もらい逃げ」をなんの心配もなくやって大丈夫なのか…。もちろん、賞与は活躍ぶりを評価しての報酬の一環であり、条件を満たしていればもらう権利はある。ただし、賞与を受け取ってすぐ退職するならば、社会人として細心の注意を払うべきだ。

たとえばボーナス支給日の1、2か月前に退職をほのめかすのはできるだけ避けるべきだろう。辞める人間に満額の賞与を支払うのは会社側としてもしっくりしない側面は当然ある。賞与には将来への期待料も含まれ得ることを考えれば、辞める意思をオープンにするタイミングも慎重であるべきだ。

日本でも辞めた社員に事実上「賞与返還」求めた裁判例が

通信教育・出版事業を手掛けるベネッセがかつて、賞与をめぐって従業員を訴えた裁判例がある(東京地裁平成8年(1996年)6月28日判決)。

中途入社の社員A氏が、冬のボーナス査定期間在籍し、その後、賞与の支給日直後に退職。その際には賞与は満額が支払われたが、同社は規程では年内退職予定者は4万円×在籍月と主張。A氏に対して「過払い分を返還せよ」と“賞与返還”を求めたのだ。

このケースでは、満額では約170万円だが、同社の規程に従えば、退職予定者は約30万円。すでに支払われた金額からなんと8割以上もの減額となる。実質的に、「支払った賞与を返せ」と要求しているのと同義といっていいだろう。

賞与を支払った後に理不尽ともいえる企業側の“返還要求”。結局どうなったのか…。裁判所は、退職予定者と非退職予定者に賞与額の差を設ける規程は妥当でも、その差が「期待料」だとすれば、不当に差が大きいとして、非退職予定者の8割が相当と判断した。

同社は給与規程や支給基準書等を盾に正当性を主張したが、上記の労働基準法から逸脱している側面が強く、その訴えの多くが退けられる結果となった。

会社と金銭面でギスギスしないための心得

前出の裁判はかなり特殊な事例といえるが、労働基準法をベースに考えれば、日本ではよほどのことがない限り、会社側から賞与の返還を求められないと考えていいだろう。

「ただし」と辻󠄀本弁護士が助言する。

「法律で権利が守られているといっても、スムーズな退職のためには最低限のルールやマナーは守るべきでしょう。たとえば辞めるタイミングを間違えると、せっかくの賞与の権利を棒に振る可能性があります。

当然ですが、ボーナス査定期間に在籍していても、支給日前に退職してしまえば、タイミングによっては1円ももらえないこともあり得ます。ベネッセの事例のように、不当な減額は“違法”ですが、支給日の直後に退職が決定しているような場合、“期待料”はなくなりますから、それを理由に賞与を一定程度減額することはあり得るということになります」

なお、年俸制の企業の場合、年収を12で割った額を毎月支払うのが基本となるため、いわゆるボーナスはない傾向がある。その意味で、“賞与もらい逃げ”を回避するため、戦略的に採用している企業もあるかもしれない。

最後に、辻󠄀本弁護士は会社と金銭をめぐり、思わぬ摩擦を起こさないための心得を教えてくれた。

「賞与については、詳細は入社後でないとわからない場合がほとんどだと思います。入社前に前のめりに聞き過ぎてしまうと、“要チェック人物”とされる可能性も否めないですしね。ただ、少なくとも入社後にはしっかりと社内規程や就業規則に目を通しておきましょう。あとは権利ががっちりと守られているといっても、堂々活用するためには社員としての“義務”をしっかり果たし、ルールやマナーを守ることも大切だと思います。それさえしていれば、会社も変な対応はしないハズです」

取材協力弁護士

辻󠄀本 奈保 弁護士

辻󠄀本 奈保 弁護士

所属: 辻󠄀本奈保法律事務所

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