「僕なんて死んじゃえばいい」発達障害の息子と“情緒学級”求め転居…支援必要な児童「10年で2倍以上」も地域でバラつく対応

笠井 ゆかり

笠井 ゆかり

「僕なんて死んじゃえばいい」発達障害の息子と“情緒学級”求め転居…支援必要な児童「10年で2倍以上」も地域でバラつく対応
情緒学級では特性に応じた指導・支援を少人数で受けることができる(IYO / PIXTA)

特別支援学級の中でも、自閉症や対人関係の形成が難しい子どもたちが、少人数で授業を受けることができる「情緒学級(自閉症・情緒障害特別支援学級)」。文部科学省の資料によると、令和5年度時点で、大阪府の小学校では2633学級設置されているものの、東京都の小学校では167学級しか設置されていない。

都内には発達障害の子どもを持つ保護者たちが集まり、子育ての情報交換や情緒学級設置に向けて活動する団体がいくつかある。中でも、「墨田区 発達障害の子どもを持つ親の会」では、都内全ての小中学校への情緒学級設置を求めて署名活動を行っている。

いま、なぜ情緒学級が必要なのか、発達障害の子どもたちがどのような支援を必要としているのか。

少人数で過ごせる「情緒学級」と週に数時間の「通級指導学級」

「情緒学級」とは、発達障害のうち、自閉症や情緒障害で対人関係の形成が難しい子どもたちが、教科の授業をはじめ、特性に応じた指導・支援を少人数で受けることができる特別支援学級のひとつだ。

一方、東京都のほとんどの自治体では、情緒学級ではなく「通級指導学級」を採用している。通級指導学級とは、週に数時間、生徒が在籍する通常学級を抜けて自立活動の指導を受けるものだ。しかし、一般的に通級指導学級は、全ての学校に設置されているわけではなく、在籍校に通級指導学級がない児童は、他校に移動して指導を受ける。

そんななか、2016年の発達障害者支援法の改正を受けて、都では通級による指導のための「特別支援教室」の設置を全ての公立小・中学校で推進。2018年には全ての小学校、そして2021年には全ての中学校に設置され、教員が各校の特別支援教室を巡回指導する体制が整備された。

東京都における通級指導学級、特別支援教室のイメージ(東京都教育委員会 「小学校における特別支援教室の導入 ガイドライン(改定版) 」より)

知的障害がなくても知的学級に「友達と離れたくない」

「週1回、2時間程度の通級指導では、不十分だと感じていました」

そう話すのは、「墨田区 発達障害の子どもを持つ親の会」代表の三井田香奈さんだ。自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症傾向、そして学習障害の診断を受けた次男は、「通常学級では授業についていけず、ずっと窓の外を見て過ごしていた」という。

通級指導を受けていたものの、小学2年生に進級する際に「通常学級でクラスメートと足並みをそろえて成長するのは難しい」と判断され、知的障害がないにもかかわらず、他校の「知的学級」(知的発達に遅れのある子どもたちを対象とした教室)への転校を提案された。

「情緒学級がない場合、通級指導で支援が足りない子どもは、知的障害がなくても知的学級を勧められる。『友達と離れるのは嫌』と転校を嫌がる次男を見て、『情緒学級があれば』と悔しかった」(三井田さん)

「自治体に現状を知ってほしい」と考えた三井田さんは、2023年に友人と親の会を発足。発達障害の子どもを持つ保護者との茶話会や勉強会に区議会議員を招き、当事者の声を区に届けた。

「区議会議員の方々や、たくさんの人の尽力のおかげで、2025年度から墨田区にも情緒学級が新設されることになった。勇気を出して声を上げる大切さを実感した」(三井田さん)

現在は、東京都全ての小中学校への情緒学級設置を求めて署名活動を行っている。

「他府県の保護者と話していると、当然のように在籍校に情緒学級があると聞く。署名を集めて、発達障害の子どもたちへの支援について、都に考えを伺えたら」(三井田さん)

墨田区役所で提言書の提出に臨む三井田さんら親の会メンバー(提供:墨田区 発達障害の子どもを持つ親の会)

「僕なんて死んじゃえばいい」支援を求めて退職・転居も

発達障害の子どものケアのために保護者が退職・転居したケースもある。Aさんの長男は、小学1年生の夏休みに「僕なんて死んじゃえばいい」と話すようになり、夏休み明けには登校しぶりが始まった。近所にあった児童精神科に相談したところ、自閉スペクトラム症と診断された。

「大人数で過ごすのが苦手な特性がある長男は、同級生から『死ね』などとからかわれたことで、学校が怖くなってしまったようだ」(Aさん)

2年生になった長男は「もう頑張れない、つらい」と、外出すらできなくなった。同時期に、自閉スペクトラム症と注意欠如・多動症と診断された長女も登園できなくなり、Aさんは子どもたちのケアのため退職した。

当時住んでいた地域は発達障害や不登校への理解が乏しく、「診断がついても、保健室登校すら認めてもらえなかった」と振り返る。主治医に相談したところ、発達障害に理解のある地域への転居を提案され、数ヶ月後、Aさん一家は都内に引っ越した。

通級指導学級で理解のある先生と巡り会った子どもたちは、少人数だと学校でも過ごせるようになった。しかし、少人数で過ごせる通級指導は週1回、数時間だけ。Aさんは長男の中学進学を控えて、少人数で週5日過ごせる情緒学級に入るため、2度目の引っ越しを決めた。

現在、長男は情緒学級に在籍しながら、自ら通常学級で過ごす時間を増やすなど、挑戦を重ねる日々を送っている。

「中学進学後、ほぼ休まず情緒学級に通えたことで自信がついたようだ。安心できる居場所として情緒学級があるからこそ、いま通常学級での学びに挑戦できている」(Aさん)

自治体に情緒学級があっても残る課題

住んでいる自治体に情緒学級があっても、支援体制が十分とは言えない。自閉スペクトラム症の長女が情緒学級に、次女は通常学級に通う都内在住のBさんにも話を聞いた。

かつて長女が受けていた通級指導について、「なかには日常生活が改善される子もいるが、それはかなり軽度な発達障害の場合。長女の場合、残念ながら改善は見られなかった」と、Bさんは振り返る。

通常学級の授業についていけず、つらそうな長女の様子を見て、3年生への進級時に情緒学級への転籍を決めた。在籍校には情緒学級がなく、転校を嫌がった長女だったが、情緒学級に通い始めると授業についていけるようになり、みるみる自信を取り戻していった。

現在、長女がかつて通った小学校に次女が入学し、姉妹別々の小学校に通うが、「情緒学級へは、自治体が運営するスクールバスで通学できるので、そんなに困ることはない」とBさんは話す。しかしながら、自治体内にひとつしかない情緒学級に通うため、朝から1時間もスクールバスに揺られて登校する子どももいるそうだ。

「自治体に情緒学級があっても、学区外の場合、転校や通学時間の問題が出てくる。スクールバスのない自治体の場合、保護者の送迎も大きな問題となる。全校に情緒学級が設置されれば、子どもたちに必要な支援が届きやすくなるのでは」(Bさん)

一斉教育の枠「つらい」子どもに居場所の選択肢を

2023年の文部科学省の学校基本調査によると、自閉症・情緒障害で特別支援学級に所属する児童は全国で14万548人(公立のみ)と、2013年の同調査結果(5万3147人)の2.6倍になる。

発達障害について理解が進んだことも増加要因のひとつと考えられるが、少子化が進むなか、発達障害と診断される子どもは増加している。東京都教育委員会は、今後の情緒学級の設置についてどのように考えているのだろうか。

東京都教育庁 都立学校教育部 特別支援教育課の袴田紗依子課長は、「特別支援学級や通級指導学級については、都が設置に関する方針を示すものではなく、区市町村が地域の実情に応じて設置を判断している」と話す。

今後求められる支援について、前出の三井田さん(墨田区 発達障害の子どもを持つ親の会代表)は「通常学級で一斉教育の枠に押し込まれたとき、発達障害の有無に関わらず、枠からはみ出てしまう子どもや、つらいと感じる子どももいる。情緒学級をはじめ、学内フリースクールなど、本人の状態に合わせて選べる居場所があれば」と話す。特性や困り事がある子どもたちへの、十分な教育支援体制への道のりは遠い。

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