またも逮捕者…“マルチ商法”のトラブルはなぜ絶えない? 法規制だけでは限界「根源的な問題点」とは
マッチングアプリで知り合った大学生ら約2000人に「お金について勉強ができる」としてマルチ商法の勧誘を行った疑いで、7月11日にコンサルティング会社の社長ら4人が逮捕された。「入会金」の名目で総額8億円を払わせ、資力の乏しい人には消費者金融の契約をさせていたという。
昨今、マッチングアプリやSNSを悪用した「マルチ商法」の勧誘トラブルが増加している。マルチ商法については厳格な法規制が設けられているが、トラブルは後を絶たない。なぜか。現行の法規制の内容とその限界について検証する。
法律は「マルチ商法」をどう定義しているか
まず、マルチ商法(連鎖販売業)とは何か。特定商取引法33条は以下の4つの要件をみたすものをマルチ商法と定義している。
①:物品の販売・サービスの提供などの事業
②:再販売、受託販売、販売のあっせん、サービス提供のあっせん等をする者を勧誘する
③:②の勧誘の際に「特定利益」が得られることをうたう
④:「特定負担」を伴う取引等をする
鍵となるのが「特定利益」と「特定負担」である。
まず、「特定利益」とは、他の人を勧誘して商品の販売等をすると「紹介料」などの利益を得られるしくみをいう。たとえば、AさんがBさんを勧誘してBさんにX社の商品を購入させた場合、AさんがX社から紹介料をもらえることなどをさす。
次に、「特定負担」とは、特定利益を得て商品の販売等をするために、「入会金の支払い」「商品の購入」などなんらかの金銭の負担をしなければならない条件が設けられていることをいう。たとえば、上記の例で、Aさんが他者を勧誘した見返りにX社から紹介料(特定利益)を得られる条件として、AさんがX社の商品を購入しなければならないことなどをさす。
「特定利益」と「特定負担」が結びつくことにより、取引が上流から下流へと連鎖していくことになる。
上記の例では、まず、AさんがX社から商品を購入してBさんを勧誘し「紹介料」を得る。さらにBさんがX社から商品を購入してCさんを勧誘し「紹介料」を得て…という具合に連鎖していく。
マルチ商法に対する規制は「非常に厳しい」
特定商取引法は、マルチ商法に対してきわめて厳しい規制を設けている。
第一に、契約時に書面を交付する義務、クーリングオフ制度、中途解約・返品等に関するルールを厳格に定めている。
第二に、勧誘をする際は「だまし討ち」は許されない。相手に対し「連鎖販売取引(マルチ商法)の勧誘です」とはっきり明示しなければならない。自分自身の氏名はもちろん、「統括者」がいればその者の氏名も示さなければならない(法33条の2参照)。
第三に、勧誘の方法の規律も厳しい。まず、以下のような、「相手方の判断に影響を及ぼすこととなる重要な」ことについて、事実を隠したり嘘を述べたりすることが禁止されている(法34条参照)。
・商品の品質・性能、サービスの内容等
・特定負担、特定利益(内容は前述の通り)に関すること
・威迫して困惑させること
・解除に関すること(クーリングオフなど)
また、相手方が契約解除の意思を示した場合に、解除を妨害するために嘘をついたり、威迫して困惑させたりしてはならない。
さらに、勧誘目的を告げずに誘い出した場合(キャッチセールス、アポイントメントセールス等)、公衆の出入りできる場所以外で行ってはならない。 一度断られたら、二度と勧誘してはならないとも定められている。
ちなみに、連鎖販売取引業者のなかには、国内最大手の日本アムウェイ社のように、会員に対し積極的に法令順守の啓発活動を行っているところもある。
しかし、これらの規律や事業者の「努力」にもかかわらず、SNSやマッチングアプリを通じた「だまし討ち」のような勧誘が横行してしまっている。
なお、啓発活動に力を入れていてそれをアピールしていたはずの日本アムウェイ社も、2022年10月、会員が行ったマッチングアプリを介しての勧誘が特定商取引法に違反するとして、6か月間の業務停止処分(行政処分)を受けている。
法規制を厳しくしてもトラブルが絶えない理由は?
なぜ、国が法規制を厳しくし、かつ、啓発活動に力を入れる事業者がいてもなお、これほどまでに法令違反のトラブルがあとを絶たないのか。それは、メンバー全員が「特定負担」を払って「特定利益」を得るというマルチ商法のしくみ自体にある。
「特定負担」として金銭を支払えば、最低限、「投下資本の回収」のために人を勧誘して「特定利益」を得る必要がある。また、生活していくためにはそれなりの人数を勧誘して、一定の「特定利益」を獲得しなればならない。さらに豊かな生活を送るためにはより多くの人を勧誘して、より大きな「特定利益」を追求するようになる。
メンバー全員が十分な「特定利益」を得て豊かになれるなら問題はない。しかし、それは数学的に考えて、極めて困難である。
たとえば、1人が2人のメンバーを勧誘するところから始めて、勧誘されたメンバーがまたそれぞれ2人のメンバーを勧誘して…ということを続けると、26回目には「1億3421万7727人」に達してしまう。これは日本の人口を超える数字である。
ちなみに、この計算は、高校の「数学B」で学ぶ「等比数列の和の公式」を知っていれば、5分とかからずに答えが出る([図表]参照)。
1人が2人を勧誘する場合でさえこうなのだから、1人あたり勧誘する人数が「3人」「4人」の場合については計算するまでもないだろう。
マルチ商法は、数学的観点からみて、限られたパイの奪い合いになる。そうなれば、商品やサービスがいかに良質なものであったとしても、意味が乏しくなってしまう。他の人よりも多くの人を勧誘して「特定利益」を得るためには、自分自身が優れた魅力的な人物に見られなければならない。また、自分が勧誘した人が脱退しないようにつなぎ止めなければならない。
マルチ商法で「カリスマ」のようにあがめられる人がいたり、コミュニティによってはあたかも一種の宗教やスピリチュアルにも似た色彩を帯びたりするのは、そのためである。
しかし、それは決して生産的ではない。ただでさえ日本の人口は限られているのに、今後、人口減少が進むことを考慮すれば、より一層「無理ゲー」になっていくことは明らかである。
インターネットの発達によって、マルチ商法の勧誘に触れる機会が以前よりも増えている。勧誘を受けた場合、どうするかは個人の自由だが、最低限、マルチ商法が法令による厳しい規制の対象になっていることとその理由、また、これほど厳しい規制が行われながらトラブルが絶えない理由について、よくよく考える必要があるだろう。
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
おすすめ記事