カンボジアの縫製工場で起こった“労働者への弾圧” 国際人権団体が「株式会社アシックス」に対応を要請
7月26日、アパレル業界などにおける労働者の権利擁護を目的とする国際団体Worker Rights Consortium(WRC)は、競技用シューズなどを製造・販売する株式会社アシックス(兵庫県)に、カンボジアの縫製工場で起きた労働者の権利侵害事件に適切に対応することを求める通知書を送付した。
労働組合の委員長に対する弾圧
問題になっている縫製工場を運営するのは、カンボジアの有限会社Wing Star Shoes(WSS)。
WSSは、アシックスにとって生産委託先(サプライヤー)にあたる。
2024年1月、2万人以上の労働者が働いているWSSの工場にて、トイレへのアクセス制限の撤廃を含む労働条件や待遇の改善を目指して、労働組合が結成された。委員長には同工場の労働者であるチェア・チャン氏が選出された。
しかし、WRCの調査によると、結成直後からWSSはチャン氏に対して組合活動を止めるように圧力をかけ始める。
2月、WSSは2022年に工場内で労働者による窃盗行為が発生しており、チャン氏がこの行為を目撃しながら報告していなかったと主張。窃盗の「共謀」にあたるとして、チャン氏を刑事告訴した。一方で、窃盗の実行犯とされる労働者に対しては告訴を行わなかった。
現地の警察は工場でチャン氏を暴行したうえ、令状がないまま逮捕した。
無令状の逮捕はカンボジア法上の違法逮捕にあたるが、チャン氏はその後4か月以上身柄を拘束され、刑事公判にかけられたのち、6月に懲役1年が言い渡される。最低でも180日は身柄拘束が続く見通しだ。
“腐敗”したカンボジアの司法制度
WRCは、WSSによる刑事告訴には信頼できる証言や証拠がほとんどなく、また実行犯や他の目撃者への告訴を行っていない点から、組合活動を妨害するためにチャン氏を狙い撃ちにするものだと批判。
さらに、カンボジアでは労働法や刑事司法に関する手続きや制度が適切に機能しておらず、政府と企業が癒着しているために、労働者の団結権侵害が放置されて、刑事弾圧も横行していると問題を指摘した。
2022年に国際的な人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」が発表した報告書では、カンボジア政府が企業による労働法違反・国際法違反にあたる不当労働行為などを容認していると報告されている。
また、7月30日に厚労省で行われたWRCの代理人弁護士らによる会見では、木下徹郎弁護士が「アメリカ政府などもカンボジアの司法制度が腐敗していることを問題視している」と語った。
「チャン氏に対する逮捕と裁判は、結社の自由や団結権を侵害するものだ」(木下弁護士)
要請の内容
アシックスはホームページに「ビジネスパートナー管理方針(サプライヤー行動規範)」を掲載しており、「生産委託先工場に対し、働く人々が労働組合を組織しそれに参加する権利、及び団体交渉をする権利の認識と尊重を求めています」とも記載している。
WRCによると、2013年にWSSの工場で天井が崩落し3人が死亡する事故が起こった際、アシックスは被害者や遺族に対する直接の謝罪や補償を行い、再発防止措置を実施した。
WRCは、WSSの工場で起こった団結権の侵害やチャン氏への弾圧などについてもアシックスには対応を行う責任があるとして、以下のように要請した。
・本件について、アシックスがこれまでにとってきた行動を具体的に文書で明らかにすること
・事実関係の調査をふまえて、WSSに対して告訴の取り下げを求めること
・チャン氏の身柄の解放と復帰を早期に実現すべく、WRCと協力してWSSへの働きかけなどの活動に取り組むこと
・刑事弾圧による被害について、チャン氏および労働組合に対してアシックスが直接補償を行うこと
・団結権侵害を中止して、労働組合を承認し団体交渉を開始するようWSSに求め、求めに応じない場合は取引停止などの措置を講じる旨を警告すること
アシックスは日本オリンピック委員会と国内最高位のスポンサーである「ゴールドパートナー」契約を結んでいる。現在開催されているパリ五輪では、日本選手団が大会時に着用する公式スポーツウェアやシューズの製作も担当している。
会見にて、菅俊治弁護士は「オリンピックのスポンサーであるからこそ、海外の工場で起こっている問題にもきちんと対応していただきたいと考えて、WRCの代理人となってアシックスとのコミュニケーションを開始した」と語った。
アシックスのコメント
編集部の取材に対し、アシックスは今回の要請について、下記の通りコメントしている。
「アシックスは、当社『サプライヤー行動規範』のとおり、労働者の権利、結社の自由を擁護し、ビジネスパートナーの皆様と弊社がともに倫理的事業慣行を推進することを宣言しています。
結社の自由の侵害という今回の申し立てに接し、アシックスグループは深刻に受け止めており、当社規範に則った労働慣行の実現のため、工場経営陣に対し、規範の実践を改めて求めるとともに、労働組合活動へのあらゆる干渉や報復をやめ、労働者の団結権を尊重するよう要求しています。
工場からは、当該労組の設立について、通常どおり申請されて当局承認が下りれば、会社としては当然ながら他労組と同様に受け入れるとの言を得ています。
一方で当社は、当該労組を始めとする関係者とも対話を続けています。
また、チャン氏に関する司法の判決を承知しており、司法への介入は難しいものの、あらゆる状況を包括的に理解し、当社の行動が適用法、事実、弊社の価値観や原則に反したものにならぬようにすることはもとより、同氏の健康と安全を最優先に図られるよう努めています。
工場側は既に同氏と面談し健康状態の確認をしており、診察と投薬が同氏の要請に基づいてなされていることも併せて確認できています。
アシックスは、サプライチェーン上の労働者の権利と幸福が守られるよう、引き続き努める所存です」
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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