思い込みからCMのフレーズを「盗作だ」と主張… 電通に“19億円”要求した男のてん末

弁護士JP編集部

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思い込みからCMのフレーズを「盗作だ」と主張… 電通に“19億円”要求した男のてん末
このフレーズを「盗作だ」とTは主張したが…(出典:日本損害保険協会「チャイルドシート 母と子」)

なんらかの作品を創った人は、その「著作権」を有する。自分の考えや想いを作品として表現したのだから、強い思い入れもあろう。だが、「思い入れ」と「思い込み」はまるで違う。

「著作権侵害だ!」と筋違いないちゃもんをつけ、裁判沙汰にするような思い込みクリエーターも残念ながら多数存在する。そうした”エセ著作権”を振りかざし、トラブルに発展した事件を取り上げた一冊が「エセ著作権者事件簿」(友利昴著)だ。

本連載では、ニュース等で話題になった事件も含め、「著作権」にまつわる、とんでもないクレームや言いがかり、誤解、境界線上の事例を紹介。逆説的に、著作権の正しい理解につなげてもらう。

第5回では、まさに盗作を強く思い込んだまま突っ走り、大企業・電通相手に無謀な戦いを挑んだ男のてん末を紹介する。

新聞社主催の「交通標語コンクール」で総務省長官賞を受賞した会社員。よく似たテレビCMのキャッチフレーズが放送されていることに気付くと、「盗作だ」として、約19億円の損害を受けたと主張。それにしても、七五調の標語なぞ、誰かと偶然に似てもおかしくないことに想像が及ばなかったのもスゴいが、いったい何をどう計算して被害額が19億円になったんだ!?

自信満々に多額の裁判費用をつぎ込んだ男が突き進んだ、法定での争いの先に待っていた結末とは…。(全8回)

※ この記事は友利昴氏の書籍『エセ著作権事件簿』(パブリブ)より一部抜粋・再構成しています。

他人の俳句と似た句を詠んでしまうのは当たり前

五・七・五の17音で構成される俳句には、似たものが多い。それは当然のことで、少し考えれば想像がつくと思うが、構成に制約のある、これほどの短い表現形式においては、表現の余地は自ずと限られる。

そこで題材や着眼点、心情が共通すれば、ある程度表現が似ることは避けられないのだ。一言一句同じ句が偶然に生まれることも、決して珍しくはないだろう。

俳句界では、先行句に偶然似てしまった作品は類句・類想句と呼ばれる。類句・類想が発覚すると、「ありふれた句、オリジナリティのない句」として作品の評価が下げられることはあるが、盗作とは区別されており、不正・不法視されないのが原則だ。

似た俳句が生まれるのは、界隈では当然のこととして受け止められており、ごくまれに、変わり者が騒動を起こすことはあるものの(『エセ著作権事件簿』では2件の事件を紹介している)、裁判沙汰になった例は、管見の範囲では見当たらない。

もし、類句・類想が裁判所に持ち込まれたら、どのように判断されるのだろうか? 俳句ではないが、交通標語に対する盗作クレームが裁判沙汰に至ったことがある。

1998年に、損害保険の業界団体である日本損害保険協会による、「母と子」という交通事故防止キャンペーンのテレビCMがあった。今では当たり前になったチャイルドシートの普及を目的としたもので、「本当に子どもを愛しているなら、クルマの中では子どもを抱かないのが愛情です」というナレーションに続き、「ママの胸より、チャイルドシート。」という七・五調のスローガンが流れるという内容だ。電通が製作し、スローガンも電通の社員が考案した。

カブって当然では?

このスローガンは著作権侵害だと主張したのが会社員のT氏。その三年前に自分が「全国交通安全スローガン」に応募した標語の盗作だというのだ。T氏の標語は「ボク安心 ママの膝より チャイルドシート」という五・七・五調のものだった(以下、「T標語」)。

一見すると似ているが、盗作というには無理があり過ぎる。テーマ自由の俳句ですら、類句・類想句が無数にあるというのに、テーマが交通安全に限定されている標語ではいわずもがなだろう。その可能性に思い至らない段階で、まったく冷静さを欠いている。

実はT標語は、「全国交通安全スローガン」で総務省長官賞を受賞しており、またこの公募を毎日新聞社が主催していた関係で、『毎日新聞』の一面に掲載されたことがあった。T氏からしてみれば、天下の毎日新聞の一面を飾った自分の標語に、相当な誇りがあったに違いない。この誇りが、「パクられたに違いない」という思い込みにつながってしまったんでしょうなぁ。

クレームに弱い電通

T氏のクレームを受けた電通の対応もまずかった。彼らは、CMからスローガン部分を削除するという弱腰の対応を取ってしまったのである。日和った態度を見せると、クレーマーが自信をつけ、かえって勢いづいてしまうことがある。どうやら、Tもそのクチだったようだ。

彼はこともあろうに、これまでの CM放映によって受けた損害が、なんと18億9000万円にのぼると主張し、その一部である5000万円の損害賠償金を請求する訴訟を提起したのである。

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裁判所に収める手数料や弁護士に支払う着手金は、請求額に応じて高くなる。T氏はこれを考慮して、18億9000万円満額の請求を避けたのだろうが、5000万円でも十分にバカ高い。T氏が提訴に際し費やした費用は、数百万円にものぼったはずだ。よほど自信がなければつぎ込めない額である。

調子に乗ったとしか思えない

実際、T氏は裁判で、自分の標語は「日本三大紙の一つである毎日新聞の第一面に記載され〔…〕ているから、〔…〕非常に大きな組織力と情報量を有する被告電通が原告スローガン〔T標語〕を知らなかったということはあり得ない」と強気の主張をしている。

普通に生活をしていれば、自分の名前が新聞の一面を飾ることなんてまずない。また、このときT氏は社会面でも写真入りでインタビューが掲載され、「初めて作った標語が入賞するなんて驚きました」「ロサンゼルスでもハワイでもチャイルドシートをしている光景は当たり前」などと喜びと標語の意義を饒舌に語っている。よっぽど他に報じるべき事件がない平和な日だったに違いないが、本人からしてみれば、末代まで語り継ぎたい自慢話だろう。

普通は読み飛ばすのでは……

だが、冷静によく考えて欲しい。いくら『毎日新聞』の一面といっても、ニュースでも社説でもない、交通安全スローガンの受賞作を紹介する小さなスペースなのである。果たして一般読者の印象にどれほど残るだろうか。

いくら「非常に大きな組織力と情報量を有する」(これも買いかぶりだが)電通でも、三年前のT標語を「知っていて当然」なわけがない。間違いなく、偶然似てしまったに過ぎない話だ。

果たして裁判所の判断は

ちなみに、偶然の一致であればその時点で著作権侵害は成立しない(「依拠性がない」という)のだが、裁判所は、偶然かどうかはあまり積極的には認定しない傾向がある。どちらの当事者にとっても立証が難しいからだ。

本件では、表現の特性や周辺状況から「似て当たり前」という理屈(誰が書いても似て当たり前の部分に独占は認めない)で権利侵害を否定した。東京地裁は以下のように判示している。

両スローガンとも、チャイルドシート着用普及というテーマで制作されたものであるから、「チャイルドシート」という語が用いられることはごく普通であること、また車内で母親が幼児を抱くことに比べてチャイルドシートを着用することが安全であることを伝える趣旨からは、「ママの より」という語が用いられることもごく普通ということができ、原告スローガンの創作性のある点が共通すると解することはできない。

つまり、いずれの類似点も「ごく普通」であるから創作性を認められず、類似点に対して著作権を行使することはできないとしたのだ。納得できないT氏は、さらに金をかけて控訴したが、同様の理由で敗訴している。

結局同氏が一連の裁判に費やした金額は、合計で1000万円近くになったのではないだろうか。ちなみに、「全国交通安全スローガン」の総務省長官賞の賞金は3万円である。この人の金銭感覚は、いったいどうなっているんだろうか。もう少し、費用対効果ってヤツを冷静に考えた方がいい。

書籍画像

エセ著作権事件簿

友利昴
パブリブ

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