「この店はエロゲーのモデルだ!」アダルトゲームメーカーと人気洋菓子店の間にぼっ発した“無断使用騒動”の真犯人

弁護士JP編集部

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「この店はエロゲーのモデルだ!」アダルトゲームメーカーと人気洋菓子店の間にぼっ発した“無断使用騒動”の真犯人
開発中のゲーム内「喫茶ステラ」外観(『Bug Bug』2019年10月号、スコラマガジン)

なんらかの作品を創った人は、その「著作権」を有する。自分の考えや想いを作品として表現したのだから、強い思い入れもあろう。だが、「思い入れ」と「思い込み」はまるで違う。

「著作権侵害だ!」と筋違いとも思える訴えを起こすクリエーターも一定数存在するようだ。そうしたエセ著作権を振りかざし、トラブルに発展した事件を取り上げた一冊が「エセ著作権者事件簿」(友利昴著)だ。

本連載では、ニュース等で話題になった事件も含め、「著作権」にまつわる、クレームや言いがかりまがい、誤解、境界線上の事例を紹介。逆説的に、著作権の正しい理解につながれば幸いだ。

第7回では、アダルトゲームメーカーと人気洋菓子店の間に起こった、店舗デザインを巡る無断使用騒動とそのてん末を取り上げる。

この騒動、実は両者が直接火花を散らしあったというわけではない。地元紙が、「アダルトゲームが人気洋菓子店の外観を無断使用」との見出しで批判的に報じたことで、発火したのだ。

しかし、メーカー側は著作権法に抵触しておらず、洋菓子店をモデルにしたと宣伝したわけでもない。むしろ新聞社が「この店はアダルトゲームのモデルだ」と喧伝したことで、騒ぎになってしまったのだ。「無断使用」は何でも「悪」と決めつける、正義面した迷惑報道の質の悪さたるや。(全8回)

※ この記事は友利昴氏の書籍『エセ著作権事件簿』(パブリブ)より一部抜粋・再構成しています。

マスコミが「エセ著作権」を振り回しハタ迷惑

著作権は、権利者の私益にまつわる権利だ。したがって、著作権侵害に当たる可能性があるとしても、権利者が問題視しないものを、外野が騒ぎ立てるのは、本来大きなお世話である。

いわんや、影響力のあるマスコミが、「エセ著作権」に基づいて、うかつに無関係の第三者の「無断使用」を責め立てればどうなるか。濡れ衣を着せられた側はもちろん、「エセ著作権者」に仕立て上げられた側にとっても、大迷惑なのである。

2019年、美少女ゲームを制作するユノスは、12月に発売を控えていたアダルトゲーム「喫茶(カフェ)ステラと死神の蝶」の制作にあたり、兵庫県の有名スイーツ店「パティシエ・エス・コヤマ」(以下、「コヤマ」)の店舗外観を参考にして、主人公の働く喫茶店「ステラ」の外観をデザインした。このデザイン画が、ゲーム雑誌に掲載されたことで、発売前からゲームのファンが「聖地巡礼」と称してコヤマを訪ねるなどしていたようである。

「ほのぼの聖地巡礼」のはずが、ファン同士の炎上騒動に

これについて、当地の有力地方紙である神戸新聞が「アダルトゲームが人気洋菓子店『エス・コヤマ』外観を無断使用」「『イメージ損なう』抗議検討」などと批判的に報じたことで、騒動になってしまった*1。ゲーム発売日の約一ヶ月前の11月のことだ。

*1 『神戸新聞』2019年11月22日付「三田の洋菓子店『エス・コヤマ』外観 アダルトゲーム 無断で使用」

報道を受けて、ユノスはその日のうちにコヤマを参考にした背景画像はすべて差し替えると発表。実際に画像を差し替えて予定通りの発売日に発売された。これが事件の顛末である。

その後、一連の経過をニュースサイトなどが後追い報道すると、ネット上ではユノスの無断使用を非難する意見と、逆にコヤマをクレーマー扱いし、「アダルトゲームユーザーを差別している」などとする意見がぶつかり、炎上状態となったのである。しかしこの件、ユノスもコヤマも悪くない。悪いのは、エセ著作権騒動をたきつけた神戸新聞であり、両者は等しく報道被害者である。

コヤマの不安は当然だ

本件で議論を呼んだのは、「アダルトゲーム内のステラ画像は、コヤマに不利益をもたらすのか?」という論点である。これについて、神戸新聞は、コヤマのコメントとして「年齢制限があるゲームの性質上、客に不快感を与えかねない」「許可していないということは皆に知ってほしい」と報じている。

コヤマとしては、とにもかくにも、客に不快感を与えないかということと、アダルトゲームに使用許可を与えたと誤解されたくないという懸念を感じていることがうかがえる。この懸念はもっともだ。どんな店でも、新聞記者から「アダルトゲームにおたくの店舗の外観が使われるようですよ」などと突撃取材を受けたら、こうした漠然とした不安を抱くだろう。

大して似てないじゃん!

しかし、実際のコヤマの写真(左)と、差し替えられる前の「喫茶ステラ」のデザイン画(右)を見比べてほしい。まず、大して似ていないのである。形状自体は近く、モデルにしたことはうかがえる。だが屋根の色や模様が全然違うし、窓の大きさも異なるではないか。

実際の「エス・コヤマ」外観(左「神戸新聞NEXT」2019年11月22日)と開発中のゲーム内「喫茶ステラ」外観(右『Bug Bug』2019年10月号、スコラマガジン)

実は、コヤマはゲームの発売前に改装しており、「喫茶ステラ」が参考にしたのは、改装前の旧店舗デザインだったのだ。この旧店舗と、ゲームで使われた画像は、確かによく似ていた。しかし、それでも看板のロゴなどは消されているうえに、ゲームが発売される12月はおろか、神戸新聞が報じた11月の時点でさえ、この外観の店舗はもはや存在しなかったのである。

加えて、ゲーム内にはコヤマの「コ」の字も出てこないし、ゲーム雑誌や宣伝媒体などでも「コヤマをモデルにしました」などとは一切言及されていない。さらにいえば、画像差し替え後のゲームをプレイする限り、喫茶店の外観画像は会話シーンでの背景として使用されており、性的な場面で使われているわけではない。ゲーム全体としても、比較的穏当な表現の純愛ゲームである。

「アダルトゲームの舞台」と喧伝したのは神戸新聞

この経緯と使用態様を考えれば、「喫茶ステラ」が、コヤマの顧客に不快感を与えるおそれも、ましてやコヤマが「喫茶ステラ」に店舗外観の使用許可を与えているなどといった誤解を招くおそれも皆無である。もちろん違法性もない。コヤマの懸念はまったくの杞憂(きゆう)といってよいだろう。

むしろ、コヤマにアダルトゲームの印象を積極的に植え付けようとしているのは、神戸新聞の記事の方である。何せ記事は「アダルトゲームの舞台に〔…〕『パティシエ・エス・コヤマ』(三田市)の外観が無断で使われていることが分かった」などと断言したうえに、記事中のコヤマの店舗写真には、ご丁寧にも「アダルトゲームの舞台に使われたエス・コヤマ」というキャプションまで付しているのだ。

ユノスはコヤマの「コ」の字も出していないのに、新聞記事でわざわざ「この店はエロゲーのモデルだぞ!」と触れ回るヤツがあるか。まるで、誰も頼んでないのに「人気女子アナに風俗店バイトの過去!」などと書き立てる悪質なゴシップ記事である。これほど迷惑な報道被害もない。

著作権の問題もない

なお、ユノスは「著作権の問題はない」とも釈明しているので、この点についても簡単に述べよう。もちろん、同社のいう通り問題はない。まずゲームで使われるはずだったコヤマの入り口部分の外観は、建築物のデザインとして比較的ありふれているため、著作権自体が生じない可能性が高い。

さらに、仮に著作権が生じるとしても、建築物の著作権の効力は、その建築物を描いたイラストや、撮影した写真などには及ばないからだ(著作権法第四六条一項二号)。建築物をイラストに描くことなどは自由なのである。

真面目なユノスに比べて……

以上を踏まえると、ユノスってなかなかスゴい会社なのではないかと思う。問題の画像の使用に関しては、もとより、著作権法を遵守しているうえに、コヤマに配慮して看板のロゴも消し、穏当な使用態様にとどめているのだ。

そのうえ、神戸新聞がイチャモンのような記事を掲載したら、その日のうちに画像の差し替えを決断、発表。そしてそんなゴタゴタがあったにもかかわらず、当初予定していた1ヶ月後の発売日をきっちりと守っているのである。ひょっとして、ものすごーく真面目な会社なのでは!?

ちなみに、一方のコヤマはというと、2018年と21年に、従業員に100時間以上の長時間労働をさせたことで労働基準監督署から二度の是正勧告を受け、それでも改善させなかったことから、2022年に書類送検されている(その後不起訴処分)。

  • この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
書籍画像

エセ著作権事件簿

友利昴
パブリブ

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