「なぜ私がやらないといけないか」仕事をえり好みした“問題社員”が解雇… 会社を訴え、裁判所に「慰謝料」認められた理由

林 孝匡

林 孝匡

「なぜ私がやらないといけないか」仕事をえり好みした“問題社員”が解雇… 会社を訴え、裁判所に「慰謝料」認められた理由
裁判所は「解雇そのもの」は有効だと判断したが…(mits / PIXTA)

会社で「仲間はずれ」が実行された。

従業員Xさんに会社がとった処遇は、▼朝の定例会に出席させない▼共有サーバーへのアクセスを遮断▼勉強会に出席させないというもの。裁判所は「人間関係の切り離しで不法行為にあたる」と、会社に対して慰謝料30万円の支払いを命じた。(東京地裁 R5.10.25)

裁判所は「たしかにXさんには問題行動が多かった」と認定し「解雇はOK」と判断したが、「解雇までに実行された嫌がらせは違法」と断罪した。

この裁判から得られる教訓は、「会社にとって明らかに問題社員であったとしても、嫌がらせがOK(合法)となるわけではない」ということだ。

以下、事件の詳細を解説する。

事件の経緯

■ 当事者
会社は、美術品・骨董(こっとう)品などの競り売りの企画や開催などを行っている。Xさんは、令和1年7月1日に正社員として入社し、美術部門のクライアントサービスコーディネーターとして働くこととなった。

■ 問題行動
入社した初っぱなから、会社はXさんのことを問題社員と感じていたようだ。

裁判所が認定した問題行動として、たとえばXさんは「一般的な事務作業は自身の仕事ではない」との態度を示していた。また、年下の従業員から仕事の依頼を受けることを嫌い、ほかの従業員がXさんに仕事を頼んだ際、質問や指摘を繰り返して作業に着手しないことが〈頻繁〉にあった。

■ 退職勧奨
会社の堪忍袋の緒がキレたのであろう。令和2年10月26日、会社はXさんに退職勧奨を行った。しかし、Xさんは拒否。

■ オフィスアシスタントに変更
会社が“第2の矢”として放ったのが部署異動だ。令和2年11月9日、会社はXさんの仕事をオフィスアシスタントに変更した。仕事内容は、訪問者の出迎え、書類・物品の受発信、郵便物の管理などである。

■ 重労働を命じる
令和3年3月1日以降、会社は社長室の本棚を改装するため、Xさんに書籍の移動作業を命じた。これが、社長室と中2階にある本(約1200冊)をダンボールに詰めて運び出すというカナリの重労働だったのである。

さらに改装工事が完了したら、運び出した本を元に戻すというダブルの重労働が待っていた。まるで【賽(さい)の河原】での石積みである。この作業によってXさんは腰痛症を発症した。

■ 人間関係の切り離し
会社がやらかしてしまった。Xさんに対して、以下のような措置をとったのだ。

・朝の定例会に出席させない
・共有サーバーへのアクセスを遮断
・勉強会に出席させない

■ 解雇
令和3年9月28日、以下の理由から、会社はXさんを解雇した。

・Xさんが仕事をえり好みする
・幅広い業務に積極的に参画しようとしない
・状況に応じて適時に業務に取り組まない
・協調性が欠けている
・度重なる指導や警告をしたが改善せず
・オフィスアシスタントになった後も改善が見られなかった...etc

■ 提訴
Xさんは「解雇は無効、人間関係の切り離しなどは違法」として提訴した。

裁判所の判断

裁判所は「解雇はOKだが、人間関係の切り離しなどは違法」と判断した。以下、順に解説する。

■ 解雇OK
裁判所が認定したXさんの勤務態度は以下のとおりであった(一部抜粋)。

・関心のない業務などに積極的に関与しない
他の従業員が仕事の依頼をした際、嫌な顔をして、ため息をついたり、「なぜ私がやらないといけないか」などの質問を繰り返す...etc

・コミュニケーションを通してチームワークを促進できない
他の従業員に対して「前の職場にいた高学歴で調子に乗っている東大卒の新入社員みたいだ。本当に気をつけたほうがいい」と発言...etc

・割り当てられた時間内に効率的かつ迅速に事務処理を行っていない
通常2時間もあれば終わるカタログ印刷に丸1日かけたことがあった...etc

裁判所は「Xさんの勤務成績・態度が不良で改善の見込みがなく、職務能力を欠き他の職務に転換できない状態にあった。指導を受け、オフィスアシスタントに変更した後もXさんの問題点は解消されなかった。解雇を選択したことが相当性を欠くとまではいえない」として解雇OKと判断した。

しかし裁判所は、会社が行った以下の行動は「不法行為」と認定した。

■ 書籍の移動作業(慰謝料10万円)
裁判所は以下の理由を述べ「Xさんへの配慮を著しく欠き違法だ」と判断した。

・Xさんにとって書籍の移動作業は肉体的な負担がかかるものだった
・この作業が原因で腰痛症を発症した
・Xさんは作業の軽減を上司に申し出た際、上司は「5階の残りは自分がやる」と答えたものの、その5日後には、より重い本がある中2階の書籍の箱詰め作業を行わせ、Xさんを手伝うようアルバイト従業員に指示しなかった

■ Xさんを差別的に扱い孤立させた(慰謝料30万円)
裁判所は、会社による以下の行為についても「不法行為だ」と判断した。

・朝の定例会に出席させない
・共有サーバーへのアクセスを遮断
・勉強会に出席させない

具体的な認定内容は「▼朝の定例会への出席を禁止する必要性はなかった▼従業員の中でXさんだけを共有サーバーにアクセスできなくする必要性が乏しい▼勉強会についても正社員全員に案内されているものであり、Xさんだけの参加を禁止する必要性に乏しい」というもの。

さらにツッコんで、裁判所は「これらの一連の行為は、Xさんだけを社内で孤立させ人間関係から切り離す目的で行われたと認められる」と判断した。

最後に

解雇がOKになるほどの問題社員であったとしても、その社員に対する嫌がらせが当然にOKになるわけではない。ちまたでは【問題社員を解雇したら訴訟沙汰になるので、自ら退職届を出すようチクチクと嫌がらせをする会社】が多いようだが、従業員から訴えられたら慰謝料の支払いを命じられることがある。参考になれば幸いだ。

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。

編集部からのお願い

情報提供をお待ちしております

この記事をシェア