マイナ保険証“本格運用”まで4か月切る「いずれ致命的なトラブルが起きるのでは」 現役開業医が不安を吐露

弁護士JP編集部

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マイナ保険証“本格運用”まで4か月切る「いずれ致命的なトラブルが起きるのでは」 現役開業医が不安を吐露
もし医療機関を受診した際「保険資格なし」と表示されたら…(hiroyoshi / PIXTA)

健康保険証の新規発行が停止される12月2日まで、残り4か月を切った。国は、この日時点で有効な健康保険証は1年後の2025年12月1日まで使用できるとしているが(それ以前に有効期限が切れる場合はその日まで)、以降は資格確認書の交付を受けない限り、マイナンバーカードで保険資格を確認することとなる。

医療DXの推進を目指す政府は、その取っ掛かりとして「マイナ保険証」の普及を進めるべく、人気タレントを起用したCMの放映や、マイナ保険証の利用が増加した医療機関へ一時金を支給するキャンペーンを実施。ところが、情報漏えいなど相次ぐ問題や“ゴリ押し”姿勢への不信感などもあり、7月時点での利用率は11.13%と低迷が続いている。

利用者が少ない現状でも、顔認証がうまくいかない、ひもづけられている情報が古いなどのトラブルが医療機関で続出していることは、報道などから知っている人も少なくないだろう。神奈川県で内科クリニックを開業するA医師は、「とてもではないが、マイナ保険証の本格運用が混乱なしでできるとは思えない」と不安を吐露する。

「5日以内」に行われるはずのデータ更新に「3か月」かかる

「当初は医療DXに期待していたんです。情報の読み取りや更新は瞬時に行われ、受付業務も、これまでの何倍もスムーズになるのだろうと思っていました」(A医師)

ところがふたを開けてみれば、ユーザビリティの低さに落胆する日々だという。

特に問題と感じるのは、「オンライン資格確認」(マイナンバーカードのICチップや健康保険証の記号番号などを使い、患者の保険資格をオンラインで確認すること)の情報更新の遅さ。国は昨年4月から、保険医療機関と薬局に一律でオンライン資格確認を導入することを原則として義務化しており、世の中でマイナ保険証の利用普及が進んでいない今も、日々の業務に影響が出ている。

オンライン資格確認の仕組み(厚労省「オンライン資格確認の導入について(医療機関・薬局、システムベンダ向け)」より)

「規則上は『事業主による届出から5日以内にデータ登録を行う』とされているはずが、当クリニックでも、転職にともない新しい健康保険証を交付された患者さんの保険資格をオンラインで照合しようとしたところ、『資格なし』と表示される状態が3か月ほど続いたことがありました。これは決してレアケースではなく、オンラインの情報が更新されるまでに1か月、2か月と時間がかかる場合がほとんどです。

今は辛うじて、患者さんが持ってきた新しい健康保険証に記載された内容を現場の判断で“最新情報”として扱い、オンライン資格確認で『資格なし』と表示されたのは登録作業が遅れているものと善意に解釈して運用しています。そして、患者さんには保険適用後の価格(3割負担等)で診療費を支払っていただき、オンライン資格確認等システムに正しい保険証のデータが登録されるまでの数か月間は医療機関の側でつじつまを合わせています。

しかし、マイナ保険証の場合は券面に保険情報が記載されておらず、この運用ができません」(同前)

厚労省が昨年7月に発出した通知では、オンラインで資格確認ができなかった場合は、患者のスマホでマイナポータルの資格情報画面を表示するか、健康保険証の提示によって資格確認を行うこととしている。それでも確認できない場合は、患者自身が「被保険者資格申立書」を可能な範囲で記入すれば3割負担等で診療が受けられるという。

これについても、A医師は懸念を口にする。

「オンライン資格確認の情報が更新されていなければ、マイナポータルの資格情報も古いままですし、そもそもパスワード入力が必要なマイナポータルの資格情報画面をその場ですぐにスマホで表示できる方がどれほどいらっしゃるでしょうか。患者さんと一緒に窓口でスマホとにらめっこすることになりそうです。

マイナ保険証の利用が少ない今ですら、不慣れな作業で受付業務に負担が生じているのに、今後利用率が急激に伸びれば、その分トラブルも増えるでしょうし、患者さんの待ち時間が長くなることも容易に想像できます。

『被保険者資格申立書』にしても、厚労省通知では患者さんに“可能な範囲で”記入いただくとしています。たとえ疑わしい内容があったとしても、患者さんに『10割負担でお願いします』と言うことは容易ではありませんし、もし患者さんに悪意があって実は無保険だったという場合、残り7割分の診療費の損失を医療機関は覚悟しなければなりません。

オンライン資格確認を義務化したのは国ですが、『被保険者資格申立書』の虚偽申告といったケースは想定されていないのです。制度全体の準備不足を痛感します」(同前)

厚労省が公開している「被保険者資格申立書」(同省サイトより)

トラブル発生も「医療機関任せ」

オンライン上の資格情報更新の遅さだけでなく、システムのセキュリティーへの不信感も強い。A医師のクリニックでは、朝、顔認証カードリーダーの電源を入れたところ、エラーで起動しないことがあったそうだ。

「その日はオンライン資格確認をサポートしてくれるコールセンターに電話してもつながらず、丸1日使用中止にしました。そして後日、カードリーダーを設置した業者に点検を依頼すると、『なんらかの原因によって通信設定が変更されていた』と告げられました。

結局は設定をリセットして改めて使えるようになりましたが、根本的な原因は業者にも分からず、コールセンターも木で鼻をくくったような対応をするばかり。医療機関のネットワークは全国に張り巡らされていますし、こんなに緩いセキュリティーで大丈夫なのかと不安を感じます。しかし、残念ながら国から医療機関へ、それを解消してくれるような説明はない状況です。

オンライン資格確認にしてもマイナ保険証にしても、こんなに強引に進めているのだから、せめて『トラブルがあっても国が責任を持って解決にあたります』という姿勢でいてほしいと思います」(A医師)

IT専任スタッフの必要性を感じるが…

サポート体制が整っていない上に、必ずしもIT知識が豊富ではない医療機関側に対応をゆだねるのは、あまりに酷ではないだろうか。A医師も「IT専任スタッフの必要性を感じるが、物価高の中で診療報酬の上昇も進まない状況(本年度は+0.88%)を考えると、個人経営のクリニックでは現実的とは言えない」という。

「政府はマイナ保険証の利用率を上げるため、医療機関へ一時金を支給するキャンペーンなどを行っていますが、そんなことではなく、使い勝手やセキュリティー向上にお金を使ってほしいと思います。

とにかく日々システムを使っていて感じるのは、圧倒的な『技術力不足』と『患者目線不足』です。こんなことでは、いずれ致命的なトラブルが起きるのではないでしょうか。

現状のままでは、マイナ保険証を使ったからといって病気の治癒が早まるわけでも、痛みが軽くなるわけでもありません。患者さんにとってもっとも重要なのは、素早い判断と的確な治療、人のぬくもりが感じられる診療のはず。デジタルはあくまでそれを補完する“道具”にすぎないのです」(同前)

噴出する問題に、厚労省の対応は?

なお、オンライン資格確認の情報更新の遅さについては、厚労省も承知しているようだ。

同省担当者は「6月21日に行われた社会保障審議会(医療保険部会)では、データ登録の迅速化のために事務フローの点検を行い、その結果に基づく改善計画の策定をした上で必要な取り組みを行うよう、各医療保険者へ求める対応策が示されました。その上で、早期改善されるよう、フォローアップの調査を実施することとしています」と説明する。

またオンライン資格確認でトラブルが発生した場合、医療機関からコールセンターへ電話がつながりづらいことについては「一番重要なのは、患者が健康保険の資格を有しているかということ。なんらかのトラブルによって資格確認ができない場合は、昨年7月に発出した通知に従い、患者のスマートフォンに入っているマイナポータルの資格情報画面や、被保険者資格申立書の記入などによって対応してもらえれば」とのことだった。

12月2日に健康保険証の新規発行が停止されることで、マイナ保険証の利用は急速に拡大すると考えられる。前出のA医師は現役開業医としての立場から、医療機関での混乱を念頭にアドバイスする。

「12月より前に一度でも受診した医療機関ではカルテが作成されて、保険証の情報も登録されます。万が一マイナ保険証が使用不可能な状態になっても、その医療機関に登録済みの情報を活用できる可能性がありますし、職員と患者さんが顔を知っている関係ができていれば、便宜を図ってもらえる余地があります。

もし、病気による明らかな症状がない場合は、健康診断で要注意(たとえば軽度貧血、軽度肥満など)と指摘された結果について、相談を目的にした受診は受け付け可能です。そういった異常もない場合は、自費診療になりますがインフルエンザワクチン接種などでクリニックを受診すれば、保険証の提示をしてカルテを作成してもらうことができます」

主体的にできる備えをしつつ、自分の身に何か起きたとしても、迅速に医療が受けられるよう、祈るばかりだ。

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