「中国人技能実習生」が右手を機械に巻き込まれ5本の指を切断 岩手県の「木材加工会社」で起きた労災事件の損害賠償を請求する訴訟が提起

弁護士JP編集部

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「中国人技能実習生」が右手を機械に巻き込まれ5本の指を切断 岩手県の「木材加工会社」で起きた労災事件の損害賠償を請求する訴訟が提起
会見を開いた高井弁護士(左)、川上弁護士(中央)(8月27日都内/弁護士JP編集部)

岩手県の木材加工会社で起こった、中国人技能実習生が右手を機械に巻き込み切断した事故について、8月27日、会社と管理団体に損害賠償請求を請求する訴訟が提起された。

指示がないまま危険な機械を扱わされ、事故に遭う

原告の劉誼(リュウ・ギ)さんは中国の大連市出身。2011年に北京市の中国情報大学を卒業、2011年から2012年までメディア関係の仕事に従事したのち、2013年から2023年までIT関連の仕事に従事していた。

その後、景気の悪化により中国国内のIT関係の仕事が減少し、リストラの可能性があったことなどから、日本で働くことを検討。人材派遣会社に登録し、職種を建築大工とする技能実習契約を締結して、日本に派遣される。

2023年5月12日に来日した劉さんは、千葉県の講習センターで同年6月13日まで日本語の講習を受けたのち、同月14日に岩手県気仙郡にある木材加工会社「けせんプレカット事業協同組合」の社員寮に入寮。翌日から、同社の工場にて勤務を開始した。

当初、劉さんが行っていた作業は、木造家屋に使用する建材を作るため、3枚の板に釘を打って1枚の板にするというものであった。工場長は日本人であったが、工場内に日本人社員はおらず、全員が外国籍の技能実習生であった。また、社員による劉さんへの指導は一切行われず、現場では先輩にあたる中国人技能実習生が指示していた。

8月2日、劉さんは別の作業場に移動し、板加工の機械を操作する作業の担当になった。新しい作業場には、技能実習生が劉さんを含めて3名のほか、当初は日本人社員が1名いた。日本人社員は翻訳アプリなどを使用することもなく、身ぶりだけで機械の操作方法を劉さんに指示。8月5日以降は、日本人社員が作業場にいることはなかった。

8月7日、機械が故障。翌日まで、ベトナム人の技能実習生や通りがかった日本人社員が点検や修理を行い、一時的に操作可能になったものの、また機械の動作が停止する、ということが繰り返された。ベトナム人とは会話ができず、また作業場には中国語での注意書きなども一切なかったため、劉さんは機械の状態を正確に理解できないまま作業を続けるしかなかったという。

8日、板を挟んだまま機械が停止したため、劉さんが機械から取り出すために板を手で引っ張ったところ、急に機械が動き出す。劉さんは右手を巻き込まれ、5本の指をすべて切断した。

【写真】切断後、4本の指が再接着された劉さんの右手

約1億1093万円の損害賠償を請求

今回の訴訟の被告は、けせんプレカット事業協同組合と、技能実習生管理団体の「協同組合大船渡水産加工」(岩手県)。

原告側は、安全配慮義務違反に基づき約1億1093万円の損害賠償を請求。

事故後に手術が行われ、小指以外の4本の指は再接着されたが、いずれも動かすことはできず、劉さんは実質的に右手を使えない状態となった。現在の年齢は36歳だが、労働能力を多大に喪失して今後の就労が制限されてしまったため、原告側は逸失利益を約7300万円と主張している。

また、後遺障害慰謝料と入通院慰謝料、その他の精神的損害に対する慰謝料を合計して2622万円と主張。その他、休業損害などが賠償項目に含まれる。

なお、今回の事故について、労災はすでに認定されている。

提訴と同日に東京都の厚労省で行われた記者会見では、原告側の川上資人弁護士が「会社や管理団体と話し合いを続けてきたが、損害賠償の金額について合意が成立しないので、裁判所に判断してもらうため提訴に至った」と説明した。

技能実習生が事故に遭うケースは多発している

1993年に創設された技能実習生制度は、日本で培われた技能や知識などを、人材育成を通じて移転することで開発途上国の経済発展を図る、国際貢献を目的とする制度であった。

しかし、劉さんが日本で働いていた3か月の間、日本人による指導が行われることはほぼなかった。以前から技能実習生の制度の問題に取り組んでいる川上弁護士は、今回の事件を受けて「(技能実習生制度は)『技能実習』という名前を利用して安い労働力を買いたたくだけの制度である、という思いがさらに強くなった」という。

「劉さんは岩手県のなかでも山奥のほうにある、気仙郡住田町の世田米という集落に住んでいた。地元の工場で働き、地元の経済にも貢献しているのに、地域の日本人と交流する機会は一度もなかった。

実質的には『労働者』として使用しているのに、名称だけは『実習生』だから会社側は『仕事を教えてやっているんだ』という意識が高まり、対等な仲間と見なさず理不尽に扱ってしまう。

『技能実習生』の制度も名称も廃止し、『外国人労働者』としての実態にあわせた受け入れ態勢を作って、日本社会に溶け込めるようにサポートする必要がある」(川上弁護士)

また、「外国人技能実習生問題弁護士連絡会」の事務局長を務める高井信也弁護士は、「劉さんの事件は何ら珍しいケースではない」と指摘する。

「技能実習生が労災に遭う確率は、日本人に比べても他の外国人労働者に比べても高い。

職場に配属されたその日から即戦力として扱われるため、危険な機械を見よう見まねで操作するように命じられて、来日後すぐに事故に遭うケースが多々起こっている」(高井弁護士)

現在、劉さんは中国に帰国しているが、会見にはチャットを通じて参加した。

「日本人から仕事を教えてもらえると思っていたので、職場に日本人がいないことに驚きました。

当初は、『3年間まじめに働いて、貯金を稼いで帰ろう』と考えていました。しかし、手を切断して、すぐに帰ることになってしまいました。悲しく思います」(劉さん)

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