「クマ出没」警戒中にタケノコ採り…「いや、まさかな」ササの間に見えた“黒いもの” 次の瞬間には目の前80センチに
近年、全国各地でクマが人を襲う事故が多発している。環境省によれば、昨年(2023年)のクマによる人身被害件数は198件で、統計開始以来もっとも多かったという。
被害に遭った人々は、いかにしてクマに遭遇し、何を思ったのか――。本連載では、近年の事故事例を取り上げ、その実態に迫る。
第3~5回目に紹介するのは、2016年に秋田県鹿角市(かづのし)で山菜採り中の人たちが、わずか20日ほどの間に次々とクマに襲われ、複数の死者も発生した連続襲撃事故。今回は、タケノコ採りに訪れた男性がクマに出会うまでの経緯を見ていく。
※ この記事は、山登りやアウトドアのリスクについて多くの著作があるフリーライター・羽根田治氏による書籍『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』(山と渓谷社、2017年)より一部抜粋・構成。
それでもやめられないタケノコ採り
ことの始まりは、秋田県鹿角市十和田大湯の山林で、クマに襲われたような傷のある79歳の男性が死亡しているのが見つかったことだった。2016(平成28)年5月21日のことである。
男性は前日の朝、タケノコ(ネマガリダケ)を採るために自宅を車で出発したが、タ方になっても帰宅しないため、家族が警察に通報。21日の朝から警察らが捜索を行なったところ、山林に停めてあった男性の車から約100メートル離れた地点で遺体を発見した。遺体にはクマによる食害が認められたという。
続けて翌22日の午前8時前、前日の現場から500メートルほど離れた山林で、77歳の女性が夫(78歳)とふたりでタケノコ採りをしていたときにクマと遭遇した。夫と離れた場所でタケノコを採っていた妻は、突然夫が「クマ、クマ」と叫ぶ声が聞こえたため、声のする藪のなかへ入っていったところ、数メートル先にクマの顔が見えたという。夫は棒を持ってクマを牽制しながら、妻に「危ないから逃げろ」と言い、妻はその場から走って逃げ、たまたま山林にいた人に助けを求めた。その後、夫の行方がわからなくなり、同日午後1時過ぎ、警察や消防の捜索によって現場近くで遺体が発見された。遺体にはやはりクマによる食害が認められた。
青森県上北郡おいらせ町に住む袴田孝夫(59歳)が、タケノコ採りのために鹿角市十和田大湯田代平の山林に入山したのは、それから4日後の26日のことである。
袴田がタケノコを採りはじめたのは10年ほど前からで、毎シーズン仕事が休みのときを見計らっては山に入っていた。最初のうちはタケノコのある場所がわからず、収穫もわずかだった。慣れた人が採ってきたタケノコを買取業者が買い取っていくのを見て、「あんなにたくさんのタケノコがどこに生えているんだろう」と不思議でならなかったという。
しかし、人が採っているのを見ているうちに、生えている場所がわかるようになり、採れる量も徐々に増えていった。採ったタケノコは、主に仕事でお世話になっている人たちに配っている。
至近距離でクマとにらめっこ
26日に入山した田代平は、袴田が近年通い続けているエリアだった。先に起きた2件の事故のことは、テレビのニュースを見て知っていた。ヘリコプターから映された映像を見ながら、「ああ、あそこだな」と思っていたが、その現場から田代平は北東に約3キロほど離れており、クマの目撃・遭遇情報も聞いていなかった。もちろん、袴田自身もそれまでにクマに遭遇したことは一度もなかった。
ただ、前の週に下見を兼ねて田代平に来たときには、それまでにない強烈な獣臭がしていた。「違う場所に来ちゃったのかなあ」とも思ったが、見覚えのある特徴的なブナの木があったので、場所は間違えていなかった。「キツネやタヌキだったらこんなに臭わないよな。でも、まさかなあ」という思いが一瞬頭をよぎったが、あまり深くは考えなかった。
「タケノコを採っている人たちは、山にクマがいるのは当然だと思っています。それでも山に入るのは、誰もがまさか自分がクマに遭遇するとは思ってもいませんからね」
26日、袴田はいつものように草ぼうぼうの未舗装道を入っていき、畑の奥の雑草地に車を停めようとした。そこには顔見知りの65歳男性の車が先に停まっていたので、「おっ、今日は早いな。こりゃあ先を越されちゃったな」と思った。
その近くには、パトカーも2台停まっていた。「また行方不明者が出たのかな」と訝(いぶか)しく思いながら、しばらくあたりを行ったり来たりしているうちに、1台のパトカーはどこかに行ってしまった。しかし、もう1台は動かなかったので、その場所から山に入ろうとすれば止められるだろうなと思い、仕方なく100メートルほど離れた場所から入ることにした。
身支度を整えて歩きはじめたのが午前7時ごろ。前の週ほどではなかったが、あたりにはやはり獣臭が漂っていたので、いちおう用心のために持ってきていた爆竹とロケット花火を鳴らしながら入山した。
平地のタケ藪を10メートルほど進み、谷へと下りていく。タケノコは、上から見るより下から見たほうが見つけやすいので、まずは谷底まで下りきったあと、登り返しながら採るのが定石だ。
入山しておよそ10分後、ササ藪のなかを這いずるようにして下りていき、斜面の中腹あたりまで来たときだった。上のほうでガサガサと音がしたので、同業者がいるのかなと思って音のするほうを見ていたら、ササの間から黒いものが見えた。距離は8~9メートル。「いや、まさかな」と思いながらまじまじと見て確信した。「あっ、クマだ」と。
そのときはまだクマは袴田の存在に気づいていなかったので、「そのまま真っ直ぐ向こうのほうへ行ってくれないかな」と、心の中で手を合わせた。だが、願いも虚しく、クマがぱっと振り向いて、目と目が合ってしまった。次の瞬間、クマはササ藪を掻き分けながら躊躇なくこちらに向かってきて、目の前80センチのところまで来て動きを止めた。クマに「襲おう」という意思があったのは明白だった。
(第4回に続く)
- この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
人を襲うクマ 遭遇事例とその生態
福岡大学WV部のヒグマ襲撃事故の検証を筆頭に、最近のクマとの遭遇被害の事例を追い、専門家による生態解説など含め、クマ遭遇被害の実態を詳細に明かす。 1970年7月、日高のカムイエクウチカウシ山で登山をしていた福岡大学ワンダーフォーゲル部5人は、九ノ沢カールで幕営中、突然、ヒグマに襲われた。近くにいた他大学の山岳部員に救助を求めるが、クマの執拗な攻撃に遭い、結局3名が亡くなった。ザックを取りに戻らない、背中を見せて逃げてはいけない、等、幾つかの教訓を残し、当時大きな話題になった。 本事故に関する報告書は残っているが、書籍化されないまま、50年近くもの間に事件そのものが風化してしまった。 最近クマの出没が各地で相次ぎ、クマの襲撃による被害も頻発しているので、 悲惨な本事故をしっかり検証しつつ、最近の事例、専門家による生態解説など、 クマの脅威と遭遇被害の実態に迫った。
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