「海・山・川のレジャー」で“遭難”…捜索・救助の費用 “個人で払わなければならない”ケースとは【弁護士解説】
夏休みも終盤を迎えているが、今年の夏も長引きそうだ。海、山、川へレジャーに行く人も多い。しかし、昨今の気候変動の影響による急激な天候の変化もあり、遭難するリスクには細心の注意が求められる。
そこで気になることの一つが、いざ遭難した場合の「捜索・救助の費用」の負担がどうなっているのかということである。自己負担しなければならないのか。また、海、山、川でどのような違いがあるのか。
海で遭難した場合の救護費用は「原則、無料」
まず、海で遭難して救助してもらった場合、その費用を支払わなければならないのだろうか。荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。
荒川弁護士:「結論からいうと、救助の費用は負担しなくてよいことになっています。
海のレジャーは、泳ぐことと、船で遊ぶことの2つに大別されます。
大雑把にいえば、岸近くで泳いでいて溺れた場合は『消防の水難救助隊』(119番)、沖で船遊びしていて遭難した場合は『海上保安庁』(118番)が救護活動を担当するというイメージです。
ただし、これらの管轄の境目は厳密に分けられてはいません。臨機応変に活動しており、互いに協力し合うこともあります。
このほかに、民間のボランティアを束ねる『日本⽔難救済会』もあります。
消防と海上保安庁の救護活動は法律に基づいて行われています。消防であれば『消防法』、海上保安庁であれば『海上保安庁法』です。そして、それぞれの法律には、救助の対象者に救助費用を請求できる旨の規定はありません。
したがって、無償とするほかありません。
日本水難救済会による救助は、前述のとおりボランティアなので、無償です」
有償となる場合は一切ないのか。
荒川弁護士:「近隣の漁協や漁師、マリーナの救助艇等に救助を依頼した場合には、費用がかかることがあります。
民間人でボランティアでもないうえ、救助は本来の業務ではないからです。
海上保安庁や消防に救助してもらった場合に費用を払わなくていい理由は、あくまでも、国民が危難に遭った場合に救護活動をすることが、法律上当然の業務だと考えられているからです」
山で遭難したら「めちゃくちゃお金がかかる」といわれる理由
山・川の場合はどうか。たとえば「海で遭難したら救助費用はかからないが、山や川で遭難したら多額の救助費用を自己負担しなければならない」などの話がまことしやかに語られることがあるが…。
荒川弁護士:「山・川の場合、公的機関だけが救助を担当する限りは、原則としてお金はかかりません。
山で遭難した場合は、主に消防の『山岳救助隊』や警察の『山岳警備隊』が救助を担当することになります。川で遭難した場合は消防の『水難救助隊』や『山岳救助隊』が救助を担当します。地元の消防団が出動することもあります。
消防による救助活動は前述のとおり『消防法』を、警察の救助活動は『警察官職務執行法』を法的根拠として行われます。
いずれも、救助の対象者に救助費用を請求できる旨の規定はありません。また、法律上の業務の一環として行われるので、費用を請求されることは基本的にありません。
ただし、例外はあります。埼玉県で2018年から、一部の山岳地帯について、防災ヘリコプターが救助に出動した場合に、救助対象者にその手数料を負担させる条例が施行され、話題になりました(埼玉県防災航空隊の緊急運航業務に関する条例)。
手数料は飛行時間5分ごとに8000円と定められています。たとえば1時間ヘリが飛んだら48万円かかることになります」
ヘリコプターが出動するような重大なケースは別として、このように、消防や警察といった公的機関が捜索・救助を担当した場合、基本的には対象者が自己負担を求められることはないということである。
では、なぜ、山で遭難した場合に多額のお金を払わなければならないと言われているのか。
荒川弁護士:「山での遭難については、消防や警察に加え、地元の山岳会や山岳遭難対策協議会、山小屋の関係者など、民間の団体や個人が救助活動を担当することが多くなっています。
その結果、救助対象者が費用を請求されるケースが多くなっているのです。
なぜなら、それらの民間団体や個人のほうが、現地の地理や天候といった事情について消防や警察よりも詳しく把握していることが多いからです。
民間の救助隊員が出動した場合には、もろもろの経費に加えて、隊員に支払う日当もかかります。日当は地域にもよりますが、隊員1人あたり2万円~3万円です。
また、1人だけ派遣するということは考えられません。最低でも10人くらいでしょう。たとえば日当1人3万円で10人で捜索活動が5日間行われた場合、日当だけでも150万円かかります。それ以外にも諸経費がかかります。
加えて、もしも民間のヘリコプターに出動してもらえば、それだけで数百万円になることも考えられます」
無謀な行動には「自己責任」を問うべき?
捜索・救助活動が公務として行われる場合、そこにはある程度のコストがかかる。その財源は、突き詰めれば私たち国民が支払った税金である。
そこで、あくまでもケースバイケースという前提で、救助対象者に費用の全部または一部を支払わせることはできないか。
たとえば、救護活動が難航して多大な費用がかかった場合で、かつ、対象者が自ら敢えて危険な場所にレジャーに行った、あるいは警告が発せられたのに引き返さなかったなどの事情があるならば、費用の全額または一部を自己負担させるべきだという議論が考えられる。
少し古い事件だが、1999年に神奈川県内の川の中州でキャンプしていた集団が、ダムの管理職員や警察官のたび重なる警告を無視した結果、増水した川の中に取り残されて子ども4人を含む13人が死亡した「玄倉川水難事故」がある。
救助された男性が、救助隊や地元のボランティアに対して暴言を吐くなど理不尽な対応をしていたことを覚えている人も多いだろう。この事故では救助活動に4800万円の費用がかかり、地元自治体が全額を負担したと報道された。
少なくとも、このような場合には、費用の負担を求めるべきではないか。
荒川弁護士:「そのような考え方も理解できなくはありません。しかし、どのような人であれ、一般市民が遭難した場合には、消防や警察は業務上、その人を救護する法的義務を負っているという建前を崩すことはできません。
もっとも、救助活動が本来の業務の範囲を超え、過大な負担となった場合には、対象者に捜索・救助の費用の負担を求めるべきだという理屈は、成り立ちうるかもしれません。
しかし、そうだとしても、対象者に費用を自己負担させるには、法律や地方公共団体の条例による根拠が必要です。また、要件や支払わせる手続きも詳細かつ明確に定めなければなりません。
日本はあくまでも法治国家だからです。
具体例として、先ほどの埼玉県でのヘリコプターが出動した場合の費用負担に関するルールについて説明しましょう。
対象エリアが限定されており、時間ごとの手数料の額も明確です。また、正当な理由があって立ち入る人については適用を除外したり、あるいは請求額を減免したりする定めもおかれています。
なお、手数料の徴収の手続きについては、もともと『埼玉県手数料条例』があります。
もし、最低限、このような法的根拠と詳細な要件、手続きを定めておかないと、ただ『けしからんから負担させろ』ということになりかねません」
「救助してくれなくてもよかった」では済まない
もう一つ、問題がある。多くの場合、救助活動は対象者の求めがなくても行われる。では、たとえば、救助対象者が「救助活動を希望しなかった」「そんなに多額の救助費用がかかるなんて承知していない」などと主張して、救助費用を拒んだ場合はどうなるのか。
いかにも筋が悪く、品性が疑われるといわざるを得ないが、このような主張をする対象者がいないとは限らない。
荒川弁護士:「法律上、そのような身勝手な主張は認められません。
民法に『事務管理』という規定があります(民法697条~702条)。これは契約や法令上の義務がなくても、本人のために『事務の管理』を行った場合についての規定です。
本人に頼まれなくても捜索や救助活動を行うのは、この事務管理に該当します。そして、事務管理を行った人は、『本人のために有益な費用を支出したときは、本人に対し、その償還を請求することができる』と規定されています(民法702条)。
民間の救助隊等が救助のために出動したり、民間のヘリコプターが出動したりした場合は、その費用を民法702条に基づいて本人に請求できます。
救助隊員等が捜索・救助活動中にケガをした場合も、この事務管理の費用として請求できる余地があります」
以上を踏まえ、荒川弁護士は、とりわけ山のレジャーの場合、捜索・救助費用がかかる可能性に備え、民間の登山保険に加入すべきだと指摘する。
荒川弁護士:「『娘さんよく聞けよ 山男にゃ惚れるなよ』という古い歌があるように、登山には危険がつきものです。
特に、登るのにそれなりに装備が必要な山の場合、ただでさえ地形が険しいうえ、天気が変わりやすいので、遭難の危険性を完全に排除することは不可能です。
遭難して命びろいしたのに、何百万円の債務を負ってしまったのでは、浮かばれません。
民間の登山保険で、遭難した場合の捜索・救助の費用をカバーしてくれる『遭難捜索費用補償』『救援者費用等補償』があるものに加入しておくことをおすすめします」
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