陸上自衛隊で集団いじめ 「レモン汁を右目に…」先輩隊員らの“理不尽すぎる”パワハラ 裁判所はどう判断?

林 孝匡

林 孝匡

陸上自衛隊で集団いじめ 「レモン汁を右目に…」先輩隊員らの“理不尽すぎる”パワハラ 裁判所はどう判断?
近年、自衛隊のパワハラ事件が次々と明るみに出ている(mirai4192 / PIXTA)※写真はイメージです

男性器でかき混ぜた酒を飲ませる
レモン汁を目に入れる
小便をかける

これらは、自衛隊でおきたパワハラ事件である。裁判所は、他にも7つのパワハラを認定し、国と先輩らに慰謝料の支払いを命じた。(熊本地裁 R6.1.19)

以下、詳細を解説する。

当事者

被害者のXさんは、陸上自衛隊の自衛官だった。平成30年3月に入隊したが、早くも令和2年9月には退職。先輩からのイジメに耐えきれなかったのであろう。

パワハラの加害者は、Xさんより年上の先輩らである。

パワハラの内容

裁判所が認定したのは、以下10個のパワハラだ。

1.就寝中に驚かせて安眠妨害
先輩Dさんが、消灯後に就寝していたXさんに対して大声で「わっ!」と叫んで驚かせた。こうしたことが3度あったという。ささいな冗談と捉えられる可能性もあるが、今回は嫌がらせである旨認定された。

→裁判所の判断「慰謝料5万円。複数回にわたって上記行為に及んでいるし、Xさんが安眠を妨げられており、生活妨害の限度は受忍限度の範囲を超えている」

2.レモン汁を目に入れる
先輩Dさんが、Xさんに「生レモンを食べろ」と命じて食べさせた後、「汁を目に入れろ」と命じてレモン汁をXさんの右目に入れた。非常に危険な行為である。

→裁判所の判断「慰謝料10万円」

3.ペンチで指を挟む
先輩Dさんが、「爪が伸びている」旨指摘して、ペンチを使ってXさんの右手小指を挟んだ。

→裁判所の判断「慰謝料15万円」

4.飲酒強要
飲食店での出来事である。先輩Dさんの指示によりXさんがカラオケを歌い始めたところ、先輩Dさんが「もっと声出せよ!」と言って、右の拳でXさんの胸を殴打。Xさんは一瞬、呼吸ができない状態になった。

その後、Xさんが先輩Dさんに対して「帰宅したいです」旨伝えたところ、先輩Dさんは、机に置かれている4杯のお酒を見て「コレを全部飲んだら帰っていい」と指示。仕方なくすべてのお酒を飲み干したXさんは、帰宅後、2〜3回嘔吐(おうと)した。

→裁判所の判断「慰謝料10万円」

5.暴行
Xさんは成人式に参加するときに髪の毛と眉毛を金色に染めたが、そのままだと仕事に支障が生じるため、成人式後に髪の毛と眉毛をそった。

このXさんの容貌に先輩Dさんの視線がキラリ。「なんやその眉毛は」とかみついたのである。先輩DさんはXさんを叱責し始めたが、Xさんの応答や態度に立腹し、Xさんの頰を5回平手打ち。殴られるたびにXさんの体がロッカーにぶつかるほどの強さであった。

→裁判所の判断「慰謝料25万円」

6.体にかみつく
先輩Fさんが、酒に酔った状態でXさんの右足の甲を約30秒もかんだ。さらに、Xさんの右腕にも歯形がつくまでかみついた。ケモノなのであろうか...。

→裁判所の判断「慰謝料20万円」

7.男性器でかき混ぜた酒を飲ませる
お次は常軌を逸した行動だ。Xさんのお酒がカラになっていたことに気づいた先輩Hさん。焼酎とタンブラーを手にとり「何か混ぜるものはないか?」と周りの隊員に聞いた。

すると、そばにいた先輩Gさんが驚天動地の行動を…。なんと、自分の性器で焼酎をかき混ぜたのである。そして、先輩Gさんはその絶望的な焼酎を先輩Hさんに渡し、先輩HさんがXさんに飲むよう命じたため、仕方なくXさんは応じた。それを見た他の先輩らは大笑いしていた。

→裁判所の判断「慰謝料25万円」

8.小便をかける
先輩Eさんが、電話をかけていたXさんに小便をかけた。理由は「先輩にあいさつするときにイヤホンを外すだけで電話を切らなかったので立腹した」というもの。

→裁判所の判断「慰謝料20万円」

9.暴行
先輩DさんがXさんのスマホでLINEの履歴を見たところ、Xさんが友人に対して、先輩Dさんのことを「うざい先輩、殺したい、だるい」と送信していたのを見つけた。

これに立腹した先輩Dさんは、平手で両頰を6回、拳で脇腹、頭部を1回ずつ殴った。

→裁判所の判断「慰謝料70万円」

10.暴言
上記の暴行の際、先輩FさんはXさんに対して「お前バカだろ、辞めろ、死ね」と発言。

→裁判所の判断「慰謝料70万円」

ちなみに、先輩Dさん・Eさんの悪行については刑事事件に発展。どちらも起訴され、先輩Dさんは罰金20万円(上記5・9の行為)、先輩Eさんは罰金10万円(上記8の行為)を命じられている。

Xさんにも非がある?

先輩Dさんは、裁判で以下のような反論をした。

先輩Dさん
「上記行為3・5・9に至った背景には、Xさんが私の指導に反発していたという事情があります。なので過失相殺されるべきです」

しかし、裁判所は一蹴。

裁判所
「仮にそのような事実があるとしても、上記の各行為のような不穏当・不適当な態様による指導を受けることが正当化されるものではないので、過失相殺は認められない」

パワハラに当たるかの判断基準は、「業務上必要かつ相当な範囲を超えているか」にある。しかしどのような理由であれ、先輩Dさんの指導(ペンチで指を挟む・頰を殴る・腹を殴るなど)がそれを逸脱していたことは明白であろう。

慰謝料の金額

裁判所が命じた金額は以下のとおりである(詳細は割愛)。

国 175万円
先輩Dさん 16万円
先輩Eさん 22万円
先輩Fさん 22万円
先輩ら連帯(Dさん・Eさん・Fさん・Gさん・Hさん) 27万円

私は多くのパワハラ裁判例を読んでいるが、自衛隊のパワハラはヒドイ事件が多い。

上述した、パワハラであるかを左右する「その指導は業務上必要かつ相当な範囲を超えているか」の判断は難しいため、グレーなケースも多々ある。しかし、自衛隊のパワハラ事件には“真っ黒”といわざるを得ないケースが散見される。

近年、自衛隊の人員不足が叫ばれている。パワハラ事件が次々と明るみに出て、マイナスのイメージが広がっているのも原因ではないだろうか。上層部は本気でパワハラ撲滅に取り組んでほしい。

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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