マイナ保険証の「メリット」は“真っ赤なウソ”だった?…“政府資料”が物語る医療現場での「役立たずな実態」とは
現行の保険証を廃止してマイナンバーカードに保険証の機能を統合する「マイナ保険証への一本化」が12月2日に迫っている。他方で、マイナ保険証の利用率は低調に推移しており、厚労省の発表によれば、7月時点で11.13%にとどまっている。
「哲学系ゆーちゅーばーじゅんちゃん」こと北畑淳也氏は、早くからマイナ保険証への一本化に関するさまざまな問題に着目し、YouTube等を通じた情報発信を行ってきた。
北畑氏は、マイナ保険証への一本化の背景にある「デジタル化」が本質からずれたイデオロギーに堕していること、税金を無駄遣いして既存の有用なしくみを壊すものであること、何の価値も生まない無駄な業務により膨大な時間が浪費されていること等を指摘する。
本連載では、上記の点について、北畑氏に、政府自身が公表しているデータをはじめ、信頼性のある資料をもとに語ってもらう。
第1回は、政府がPRしているマイナンバーカードの「メリット」とされる点が、実はメリットといえず、むしろ有害でさえある可能性があるということについて検証を加える。(全4回)
※この記事は北畑淳也氏の著書「マイナ保険証 6つの嘘」(せせらぎ出版)から一部抜粋・構成しています。
「そこまでやる?」マイナンバーカード普及のための“過剰サービス”
マイナ保険証の利用率がいっこうに上がらないことに業を煮やしたのか、2023年11月に政府は887億円もの補正予算を組んで、マイナ保険証の普及促進に乗り出しました。
そのうちの217億円は、マイナ保険証を積極的に推進する医療機関へのインセンティブとして支援金にあてられています。そのほかポスターやチラシを大量に作ることや、全国の自治体や商業施設でマイナ保険証の体験会や相談ブースを設けたイベントなども開催されています。
ちょっとしたネタですが、大阪で配られたチラシの過剰サービスぶりを私のYouTubeの視聴者が教えてくれました。
マイナンバーカードを作りたい人のために、商業施設に出張サポートの窓口を開きましたと告知する案内チラシです。
そこまではいいのですが、サポートのおまけとして、なんと顔写真を撮るために、プロのカメラマンとヘアメイクの人がお手伝いするというのです。そこまでやるか、といった過剰サービスです。
政府がCMで「真っ赤なウソ」を喧伝
それはともかく、2024年2月16 日からテレビCMも大々的に始まりました。YouTubeや新宿の屋外の大型ディスプレイでも流れていました。ところが、そのCMの内容が誇大広告を通り越して、真っ赤なウソなのです。
民間のサービスなら、消費生活センターに苦情を持ち込めるレベルにひどいのです。
CMはいくつかのタイプがあるのですが、その一つが、「患者本人がこれまで別の病院で受けた診療内容を忘れてしまっても、マイナ保険証に紐づいた過去の診療内容を病院側で共有して確認できるので安心だ」とアピールするものです。
見逃していけないのは「過去」の診療内容を共有できるとしている点です。なぜわざわざ「過去」のとしているかというと、「最新」の診療内容は共有できないからです。
共有できるのが役に立たない過去の情報にもかかわらず、CMの最後にアニメの患者に「安心」だと言わせているのは、景表法が禁じている「優良誤認」(景表法5条1号)と言っても構わないでしょう。
ここで基本的な話をしておくと、最新の診療内容が共有できない原因は、次に申し上げるように根本の仕組み自体にあるので、ちょっとやそっとのことで解決できません。
マイナ保険証で「最新の診療内容」の共有は“不可能”
マイナ保険証で喧伝される「医療情報」とは、保険医療行為が行われたあと、その医療機関が指定の基金などに診療報酬の残り(3割は患者負担だから提供サービス価格の残りの7割)を請求した際に登録されるデータが元になっています。
この診療報酬請求のプロセスを少し詳細に見ておくと、医療機関が診療報酬点数を計算したものを診療報酬明細書(レセプト)にして社会保険診療報酬支払基金などに送り、間違いがないかどうか審査を受けます。
この際、不備がある際には差し戻しになったりしますが、審査が通ったレセプトは支払基金から管轄の保険組合(会社の健保や自治体の健保)に回り、それに基づいて保険組合が医療機関に診療報酬を支払います。
全国のすべての医療機関を横断して共有できる患者の医療情報は、このレセプトに書かれた診療内容を蓄積したデータベースが元になっています。このデータベースがマイナ保険証に紐づけられています。
レセプトの処理は1か月分をまとめて支払基金に送られ、さらに審査に時間がかかるので、診療が行われてからその医療情報が共有されるまでに、1か月半程度はかかるといわれています(この期間には幅がありますので、少し短い場合もあればもっとかかる場合もあります)。
したがって、マイナ保険証に紐づいているデータベースを見ても、少なくとも直近1か月半ほどはどのような診療を受けたか、どのような薬が処方されたのかは確認できません。
医療従事者が1か月半前のデータを見て、人命に関わる判断ができると思うでしょうか。そういう意味でよりよい医療が受けられるようになるというのはウソです。
ちなみに、このデータベースには健康保険証に記載されている被保険者番号からもアクセスできるので、仮にそのデータに便益があっても、その点でもマイナ保険証特有のものではありません。
医療情報を「リアルタイムで共有」できるのは“遠い未来の話”
実は、リアルタイムに医療情報を共有する方法はあるにはあります。巨大な電子カルテシステムを作って共有する方法です。こちらが実現すれば理論上はリアルタイムに情報が反映され、共有できます。
ただし、大きなハードルがあります。
一つは、そもそもカルテを紙でやっているところがまだまだ多いということが挙げられます。
厚生労働省の資料によると、2020年の普及率は一般病院で57.2%、一般診療所で49.9%と、ようやく半分を超えたか超えないかといったところです。
調べてみると、厚生労働省は電子カルテの義務化に動いているものの、小規模病院などでは便益を感じにくいにもかかわらず多額の金銭的負担が生じるといった問題があります(補助金はありますが、金銭的負担はその上限を超えるとの指摘も散見されます)。
もう一つが、電子カルテと一口にいっても2000年ごろから各医療機関がそれぞれに導入してきたために開発事業者が異なり、データの型がバラバラだという大きなハードルです。それを標準化しなければ、医療機関を越えて共有できないのです。
つまり、政府CMのような、あたかも医療機関を横断してカルテ情報にリアルタイムにアクセスできるかのような広告は、贔屓目(ひいきめ)に見ても実態と著しく乖離(かいり)しています。
そもそも電子カルテシステムはマイナ保険証と何の関係もなく、マイナンバーを使わないと技術的にできないことなどありません。
救急医療の足を引っ張るマイナ保険証
ここまでマイナ保険証を活用しても、医療の質が向上しないことを説明してきました。しかし、問題はそれにとどまらず、医療の質を低下させる事態も起こり得ます。
それは、マイナ保険証を「救急医療」に利用することによって生じる事態です。
マイナ保険証の救急医療への利用とは、交通事故や心筋梗塞、脳梗塞などで救急車が出動した際、「傷病者が意識のない状態であっても、マイナ保険証でマイナポータルにログインすれば資格確認もできるし、過去の診療履歴や投薬履歴を得られるので、適切な救急活動が迅速にできる」というものです。
しかし、これが「外に出して恥をかく前に誰か止めなかったのかな」と思ってしまう話なのです。
すでに述べてきたとおり、マイナポータルにログインしても、最新の診療履歴も投薬履歴も得られません。最も新しい場合でも1か月半前の情報です。
直近1か月半の間に、どんな医療を受けて、どんな薬を飲んでいたかわからないような情報は、使い物になりません。
また、一刻を争う緊急事態にあって、資格確認なんて必要ないでしょう。マイナ保険証をカードリーダーで読んでマイナポータルにログインする作業は救急活動のじゃまになります。
認証に時間がかかりますし、エラーが出る場合もあり得ます。病院に到着するまでの搬送中に、できうる限りの救急処置を施さなければならない救急隊員が、マイナ保険証を扱っている暇などありません。
そもそも傷病者が全員、マイナンバーカードを携帯しているかどうかもわかりませんし、マイナンバーカードを持っていてもマイナ保険証に登録しているかもわかりません。
その一方で、全国のすべての救急車にカードリーダーを搭載しなければならないという大きなコストも発生しつつ、緊急時にあるかどうかもわからないカードを本人の身体からガサガサと探さないといけないのです。
なんらメリットがないだけでなく、救急活動を阻害し、医療の質を低下させるのは目に見えています。
マイナ保険証のせいで救急隊の活動が「6分26秒」も遅延
マイナ保険証の救急医療への利用は、このように、どこからどう見てもうまくいくはずのない施策ですが、どうやら行政側は本気です。
消防庁は実施に向けて、実際の救急活動においてマイナ保険証を活用した実証実験を2022年度に行っています。従来の救急活動と、マイナ保険証を利用した救急活動を比較するというものです。
この実証実験に参加したのは、群馬県前橋市、石川県加賀市、滋賀県彦根市、兵庫県姫路市、熊本県熊本市、宮崎県都城市の6つの消防本部の30隊です。
救急車にカードリーダーを搭載し、救急隊員に事前に操作方法を習得してもらい、実際の救急活動の場面で傷病者の状態から無理がないと判断された場合に、マイナ保険証を使って傷病者のマイナポータルにアクセスして医療情報を確認するという手順です。
実施期間は2022年10月下旬~12月下旬。そして、総務省消防庁の「令和4年度(2022年度) 救急業務のあり方に関する検討会報告書」(令和5年(2023年)3月)で実証実験の結果が報告されています。
さて、従来の救急活動と比較した結果はどうなったか?
やる前からわかるような話ですが、救急車が現場に到着してから出発するまでの時間が、マイナ保険証を利用したほうが6分26秒長くなっているのです。一刻を争う事態に呑気な話です。
【図2】は比較した結果を消防庁が報告書の中で図式化したものです。ご覧のとおり、到着してから傷病者に接触するまでを比較すると、2021年の実績の平均が1分10秒であったのに対して、実証実験では55秒と15秒も縮まっています。
さらに到着から車内収容までを比較すると、2021年の実績の平均が7分15秒(1分10秒+6分5秒)に対して、実証実験は6分43秒(55秒+5分48秒)と32秒も縮まっています。
救急活動において32秒も時間短縮できたのは、救急隊員の頑張りによる大きな成果です。
この大きな成果を台なしにしたのがマイナ保険証です。
車内収容から現場出発を比較すると9分41秒から16分43秒へと7分2秒もよけいに時間がかかっています。ひとえに、マイナ保険証で役に立たない医療情報を確認したりしているからです。
これでは助かる命も助かりません。救急隊員の方は、さすがに相手にしないでしょう。しかし、そんなもののためにも金銭的コストは生じます。
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