“生粋の技術職”に突然「総務課」への異動命令…「これってあり?」 職人の訴えに最高裁が出した“画期的な判決”

林 孝匡

林 孝匡

“生粋の技術職”に突然「総務課」への異動命令…「これってあり?」 職人の訴えに最高裁が出した“画期的な判決”
日本では長期雇用システムに基づいた「メンバーシップ型雇用」が主流だったが…(sasaki106 / PIXTA)

「18年も技術職で働いてきたのに・・・」
「総務課へ異動して、来館者対応?」

従業員Xさんが、異動命令に納得できず提訴した。

結論は、Xさんの勝訴。最高裁は「職種限定の合意(※)があるから配転命令は違法」と判断した。(最高裁 R6.4.26)

※ 正式名称は「職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意」

特定の仕事(ジョブ)や職務に対して求められるスキルや成果に基づき労働者を雇用することを「ジョブ型雇用」という。このような働き方を取り入れる企業は、これから増えていくと考えられるので、参考になれば幸いだ。

事件の経緯

■ 技術職採用
Xさんが勤めていた社会福祉法人は、福祉用具の製作・改造・技術開発などを行っていた。

Xさんは、平成13年3月に所長から「溶接ができる機械技術職を募集している」と勧誘され、同年4月、福祉用具の製作・改造ならびに技術開発にかかる技術職(正社員)として採用。特定の技能を持つことを前提とした中途採用だった。

■ 福祉用具の製作が減少
ところが、Xさんが採用されてから10年たった頃には、福祉用具の製作・改造の実施件数は下記のように減少の一途をたどるようになっていた。

平成23年度 87件
平成24年度 84件
平成25年度 56件
平成26年度 38件
平成27年度 36件
平成28年度 30件
平成29年度 20件
平成30年度 17件
令和元年度 9件
令和2年度 3件

会社には3名の技術職がいたが、平成29年度には2名が退職し、Xさんのみが残った。

■ 配転命令
平成31年3月25日、会社はXさんに対して【総務課施設管理担当への配転命令】を出した。おもな仕事は、来館者対応、館内のカギの開閉などである。会社がこの配転命令を出すにあたり、Xさんへの事前の打診はなかった。

■ 提訴
Xさんは「採用されてから18年もの間、技術職として働いてきたのに、総務課へ配転なんて…」と納得できなかったのであろう。会社に対し「配転命令は違法である」として損害賠償請求訴訟を提起した。

裁判所の判断

結論から述べると、1審の地裁、2審の高裁は「配転命令はOK」と判断したものの、最高裁でドンデン返しが起き、裁判はXさんの勝訴で幕を閉じた。まずは最高裁の判断から解説する。

■ 職種限定の合意はあった?
書面での合意がなかったため、会社側は「職種限定の合意はなかった」と主張した。しかし最高裁は「黙示の合意があった」と認定。地裁と高裁も、この点は最高裁と同様に判断している。理由はおおむね以下のとおりだ。

・会社は、Xさんが技術系の資格を数多く持っており、溶接ができることを見込んで採用した
・技術職として18年間、勤務し続けていた
・Xさんは、溶接ができる唯一の技術職であった...etc

■ 合意があれば配転命令ダメ
ただし、地裁と高裁は「職種限定の合意はあったんだけど…今回の配転命令はOK」と結論付けた。これを、最高裁はドンデン返しして「職種限定の合意がある場合は、会社は従業員に対して配転命令を出せない」と判断し、Xさんの勝訴となった。

■ 地裁・高裁はなぜ「配転命令はOK」とした?
時計の針を巻き戻して、地裁・高裁の判断を見ていこう。会社は「仮に職種限定の合意ありと認定されたとしても、配置転換させる強い必要性がある場合は配転命令を出せる」旨の反論をした。

■ え、合意を破っていいの?
これについて、地裁・高裁は「配転の必要性があり、Xさんの不利益も甘受すべきレベルを超えていない。配転命令に不当な動機や目的がないから、職種限定の合意があっても配転命令はOK」という旨の判断をした。すなわち、一定の条件があれば合意を破ってもいいということである。

両裁判所とも、Xさんを技術職から総務課へ配転する必要性としては、以下の事実を認定している。

・福祉用具を改造する需要が激減し、配転命令の頃には、会社は福祉用具の製作をやめる決定をしていた
・会社が「年間数件程度の需要のために月収約35万円のXさんを専属として配置することに経営上の合理性はない」と判断するのもやむを得ない
・総務担当が急きょ、退職したので、後任を補填(ほてん)する必要があった

これらを踏まえて、地裁・高裁は「今回の配転命令は権利の濫用といえずOK」と結論付けた。

■ 合意を破っちゃダメ!
すでに述べたように、最高裁はその後、これをドンデン返しして「職種限定の合意があるのだから、配転命令は出せない」と判断したのである。

■ 解雇を回避するため?
地裁・高裁は、「職種限定の合意があったとしても、Xさんの解雇を回避するためには合意で限定された範囲を超えた他職種への配転を命じることができる」との考えに基づいた判断を行ったと考えられる。

なぜなら、既存の部署を廃止することなどを理由に整理解雇が行われる場合、使用者は解雇を回避する義務があるからである。たしかに、過去にも(結論は配転命令が違法となったが)このような考えと親和的な判断を示した判例がある(以下参照)。

会社が現職“廃止”社員への「別職種」“配転”命令が違法となったワケ 裁判所はどう判断した?

最後に

これまで日本では、長期雇用システムの下でさまざまな職種をローテーションさせて従業員を育成する(いわゆる「メンバーシップ型雇用」)という色合いが濃かったので、職種限定の合意は簡単には認められなかった。(日産自動車村山工場事件:最高裁 H10.9.10、九州朝日放送事件:H1.12.7など)

しかし、これからはXさんのように、特定の技能を持つことを前提に採用される「ジョブ型雇用」が浸透してくると考えられる。そうなると、本件と同様に職種限定の合意が認定されるケースが増え、会社は従業員に対して他職種への配転命令は出せなくなるだろう。

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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