伝統行事でも「許されない行為はある」約700年前からの神事に迫る刑事処罰の可能性【弁護士解説】

弁護士JP編集部

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伝統行事でも「許されない行為はある」約700年前からの神事に迫る刑事処罰の可能性【弁護士解説】
上げ馬神事が行われた多度大社(Yama / PIXTA)

三重県桑名市における馬が急坂を駆け上る伝統行事について、関係者の行為に刑事罰が下される可能性が出てきた。報道によれば、2023年5月に同市多度大社で行われた「上げ馬神事」において、動物虐待行為があったとし、神事に参加した氏子らを動物愛護法違反容疑で書類送検する方針という。動物愛護団体など複数の団体が県警に告発していた。

同神事は、馬に乗って急坂を駆け上がり、先にある2mの土壁を乗り越え、その回数でその年の吉凶を占うというもの。約700年前の南北朝時代に起源があるとされ、県の無形民俗文化財に指定されている。

昨年の神事では馬が骨折し、殺処分

2023年に開催された神事で一頭の馬が骨折したことにより、殺処分され、「動物虐待」との批判の声があがった。同神事では、過去にも殺処分の事例があったことが判明。また、興奮させるために馬をたたいたり、生卵やビールと思われる液体を飲ませたりするなど、これまでも虐待を疑う声はあった。

過去にない多くの批判を受けた主催者は、事態を重く受け止め、2024年は「多度大社上げ馬神事在り方検討会」を開催。馬にできる限り負担の少ない形を模索した。神事のハイライトといえる坂の土壁をなくし、坂の勾配を緩やかにするなど伝統にメスを入れ、人馬とも無事故で終えていた。

8月末にHPで2024年の振り返りと改善案を提示

多度大社は8月末に2024年の神事を振り返り、HP上に以下の声明を掲載し、今後も改善方法を模索しながら、社会に受け入れられる形を目指すと表明している。

「神事の継承は一般の方々の声によるところが大であり、馬を取り巻く現状を把握し、当該神事が持続可能な神事として、人と馬とが身近な存在としてのきっかけとなる神事であることが望ましい。

上げ坂後の境内における祭馬の停止方法について、現行の方法には問題があり、境内を安全に周回しつつ速度を落とし、自然に止められる方法について検討を要する。

従来の祭馬の曳き方については現状にはそぐわないとの指摘を受け、祭馬のストレスとならない曳き方に改めるべく、今後も継続して検討を重ねることとする 」

刑事処罰の可能性も

そうした中で明らかになった、同神事の動物愛護法違反容疑での書類送検。犬猫を心から愛し、「もふもふ弁護士」の愛称で YouTubeで法律解説をしており 、動物愛護法にも詳しい荒木謙人弁護士に、今回の動きについて解説してもらった。

今回の「上げ馬神事」は、動物愛護法に規定されているどのような行為について、書類送検されているのでしょうか。

荒木弁護士:動物愛護法44条2項において、「愛護動物に対し、みだりに、その身体に外傷が生ずるおそれのある暴行を加え、又はそのおそれのある行為をさせること」を行うと、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金の刑罰が科されると規定されています。

報道によれば、馬を手やムチでたたくなどして虐待行為をしたことについて、動物愛護法違反に問われているということであるため、このような行為について書類送検されていると考えられます。

「上げ馬神事」は約700年前から行われている神事ですが、動物愛護法にのっとれば、今回のこうした対応も仕方がないということでしょうか。

荒木弁護士:一般的な感覚として、馬を手やムチで叩くなどして興奮させたうえで、急な坂を上らせて2mの土壁を乗り越えさせるというのは、馬が怪我をする可能性が高い行為だといえると思います。

このように馬が怪我をすることをわかったうえで、叩いて急な坂を走らせていたことからすれば、「みだりに」外傷が生ずるおそれのある暴行を加え、またはそのおそれのある行為をしたといえます。

伝統行事でも許されない行為はある

批判を受け、主催者側は改善策を検討し、馬の安全を優先したスタイルに改善しています。この点はどのように評価できるのでしょうか。

荒木弁護士:伝統を守りつつ、馬の安全性を守ることは、本来あるべき姿だと思います。 馬は足を骨折すると体重を支えられず、安楽死させなければならないこともある動物です。

そのため、従前の「上げ馬神事」のように、骨折のおそれがある行事を行うことは、殺処分をしなければならない可能性が高まる行為をあえて行っていることと同じであるため、伝統行事の側面があったとしても、許される行為だとはいえません。

アヒルを乱暴に扱う糸満ハーレーも刑事告訴された(素材提供:「認定 NPO 法人 アニマルライツセンター」)

動物を使った行事は、アヒルを使った沖縄の伝統行事「糸満ハーレー」があり、刑事告発もされています(不起訴)。長良川の鵜(う)飼いや高知の闘犬などもあります。こうした伝統的な行事も今後、改善や中止の方向へ向かうのでしょうか。

荒木弁護士:今回「上げ馬神事」の件が報道されたことにより、伝統行事であったとしても、動物の安全性を優先する動きが出てくると思います。

「動物がかわいそうだ」という声は一般市民からも聞かれることが多い行事ですから、今後は改善や中止の動きが出てくると思います。

伝統行事と法律の理想のバランスとは

伝統行事と法律のバランスを考えたとき、どこで線引きするのが理想といえるのでしょうか。

荒木弁護士:意図的に動物に危害を加えたり、動物が傷つけ合う状況を作ったりするような行事は、動物愛護法に違反する可能性が高いと思います。

今回の「上げ馬神事」のように、改善なく「みだりに」動物を傷つけることや、傷つけるおそれがある行為を続けていれば、今後は動物愛護法違反として処罰の対象となる可能性があります。

最後に動物を愛する法律家として、荒木先生が考える、動物と人間が共生していくうえでの理想形についてお聞かせください。

荒木弁護士:私たち人間は、生まれながらにして憲法や法律によって人権が守られていますが、一緒に暮らす動物たちにも、安全に暮らせる環境が作られるべきです。

動物は、愛情を持って接すれば、それ以上の愛情をもって人間に接してくれる存在です。私自身、動物が大好きで、物心ついた時からたくさんの犬や猫に囲まれて暮らしてきました。

今までの人生を振り返ると、犬や猫がそばにいてくれたおかげで救われたことは、数えきれないほどあります。きっとそのような経験をしたことがある人は、私だけではないと思います。

動物愛護の意識が世間に広がってきたいま、動物が安全に暮らしていける環境を作ることは、私たち人間としての重要な責務だと考えています。

動物が笑顔で暮らせる環境は、私たち人間も笑顔で暮らせる環境だといえますので、そんな世界をみんなで作っていきたいですね。

取材協力弁護士

荒木 謙人 弁護士
荒木 謙人 弁護士

所属: エイトフォース法律事務所

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