東京高裁「1週間105時間勤務」で急死した家事使用人の“労災”認める初判断 弁護士「法改正の後押しになる」

弁護士JP編集部

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東京高裁「1週間105時間勤務」で急死した家事使用人の“労災”認める初判断 弁護士「法改正の後押しになる」
判決後に会見を行った女性の夫である控訴人(左)、代理人の明石順平弁護士、同・指宿昭一弁護士(9月19日 霞が関/弁護士JP編集部)

長時間労働の末に亡くなった家事労働者の女性=当時68歳=に労災が支給されず、遺族が国を訴えていた裁判の控訴審で、9月19日東京高等裁判所(水野有子裁判長)は、原判決を破棄し、国に不支給の決定を取り消すよう命じた。

女性が労働基準法の適用除外とされる「家事使用人」に当たるかどうかが争点となっていた。

判決後、女性の夫(控訴人)は弁護士や支援者らとともに都内で会見を行い、「亡き妻を労働者として認めてもらいたい、その一点で争ってきた。よい判決を書いてくださった裁判官の皆さんに敬意を表します。ありがとうございました」と頭を下げた。

代理人の指宿昭一弁護士は「当たり前の判決だが、今までなかった。個人家庭で働く家事使用人に労基法を適用して、過労死の認定をした初めての判決だ。丁寧で正しく、中身のある判決を出してくれた」と評価した。

1週間の泊まり込みで「家事・介護」も…労基法適用外?

介護福祉士でもあった女性(Aさん)は、訪問介護・家政婦紹介会社(Y社)の仲介によって、認知症で寝たきりの高齢者がいる個人宅で、掃除や洗濯、食事の用意などの「家事」と、おむつ交換や補助などの「介護」を行っていた。2015年春、1週間にわたる泊まり込み勤務の後に急性心筋梗塞で亡くなった。

遺族は、業務による過労状態が急性心筋梗塞を引き起こしたとして労基署に労災を申請したが、不支給となった。AさんとY社が業務のうち「介護」についてのみ雇用契約を結んでいたためだ。

Y社は「家事」について、利用者宅とAさんを直接契約させていた。このことから、労基署はAさんが家庭内で働く「家事使用人」であると判断。労働基準法116条2項で、家事使用人は同法の適用外であると定められている。

これに対し遺族らは、「同じ家で同じ人にサービスを提供しているのであれば、介護と家事の業務内容の区別は難しい。家事部分についても実態はY社の指揮命令下にあった」として労災不支給決定の取り消しを求め、2020年3月、東京地裁に提訴した。

しかし、一審は労基署の判断と同様に、Y社と労働契約を締結していた「介護」部分のみを労働時間に計上。「過重労働には当たらなかった」と、原告らの訴えを棄却(2022年9月)。原告らが控訴していた。

一審と「逆」東京高裁の判断

代理人の明石順平弁護士は、会見で二審判決について次のように説明を行った。

「一審判決はAさんの業務実態を全部無視し、家事部分についてはAさんとY社が契約していなかったという“形式”だけで判断したが、二審判決は逆だ。

家事と介護がはっきり区分けできるものではないこと、家事部分についての給与もY社からまとめて渡されていたことなど、業務全体の“実態”を見て、家事部分もY社との間で労働契約が締結されていたものとして認めてくれた」

東京高裁はAさんの総労働時間を、7日間で105時間(1日15時間×7日間)、時間外労働時間は65時(105時間ー40時間)間と認定。

その上で、Aさんの業務実態を以下のように認めた。

〈午後10時から午前5時までの深夜時間帯にも、おむつ交換の業務に従事する必要があり、6時間以上の睡眠を連続して取ることが不可能なものであったということができる〉

〈休日のない連続勤務であり、勤務間インターバルもいずれも11時間未満(中略)4時間程度しかなかったものと認められる〉

〈専用の部屋は与えられていなかったため、Aさんは、休憩や手待ち時間は台所の椅子に座るなどして過ごし、利用者と同じ部屋で就寝していたことが認められるから、時間的にも、質的にも、業務従事による疲労を回復させるに足りる睡眠を確保することが困難であったものと認められる〉

判決「業務起因性が認められる」

また、本裁判ではAさんが亡くなった場所が低温サウナであったことも争点になっていた。国が急性心筋梗塞はサウナの影響によるものだったと主張していたためだ。

これに対しても東京高裁は〈サウナ室は44度程度であって、6~7割の成人の入浴時の浴槽の温度である41~42度と大きく変わるものではなく(中略)低温サウナの利用が本件疾病(急性心筋梗塞)を発症させる危険性が高かったものとは認め難い〉と判断。

その上で、〈Aさんの発症した本件疾病は、本件家事業務及び、本件介護業務に内在する危険の現実化として発症したものであるといえ、業務起因性が認められる〉と、控訴人らの訴えを全面的に認めた。

「判決が法改正の後押しに」

明石弁護士は判決を受けて、「今後、ご遺族には労災が支給されるはずだ。高裁の裁判官は、われわれの主張を超えるくらい非常に丁寧に事実を認定してくださった。素晴らしい判決だと思う」と絶賛。

その一方で、Y社のように、労働者に対し介護部分のみ労働契約を行い、家事部分を個人宅と契約させている「脱法スキーム」を用いている家政婦紹介所はほかにもあるはずと指摘。

「業者は人件費を削ろうとしており、判決が出たからといってすぐに実態が変わるとは思えない。この判決をスタート地点にして、実態を調査して正していく必要がある。政治が役割を果たし、悲劇が二度と生まれないようにすることが重要だ。

家事使用人を適用除外としている労働基準法(116条2項)は、改正に向けてすでに厚労省の研究会で検討がはじまっているが、この判決はその動きの後押しにもなるだろう」(明石弁護士)

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