“解雇規制緩和”の提唱に横たわる「違和感」の正体…崩してはならない日本企業の強みとは

弁護士JP編集部

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“解雇規制緩和”の提唱に横たわる「違和感」の正体…崩してはならない日本企業の強みとは
”刷新感”があるのは誰なのか(出典:自由民主党HP)

<必要な産業に必要な人材を、スキルが不足しているなら、リスキリングの機会を提供し、有望な産業へ移動してもらう>。

自民党総裁選挙で総裁のイスを争う候補者のひとり、小泉進次郎氏が訴える、解雇規制緩和の見直しの根拠はこうした不均衡な労働市場を、円滑な人材流動化で実現することにある。

「理屈はわかりますが、言ってはいけないことをいってしまった印象です。少なくとも国民に向けてはですが。経済界へ向け、内々でいうならまだしも、いまこのタイミングでする発言としてはズレているといわざるを得ません」

こう冷ややかに語ったのは人事・働き方関連で多数の著書のある人事コンサルタントの新井健一氏だ。

このタイミングの“解雇自由化“は格差を拡大するだけ

「少なくとも経済界にとっては”よくぞ言ってくれた”という内容かもしれません。ただ、解雇しやすくなることにメリットを感じる会社員なんて当然ですがいないでしょう。本当に解雇を”自由化”してしまうなら、もはや正規と非正規との差がなくなり、経済的格差だけが拡大することになってしまいます」(新井氏)

現在の労働市場は、勢いがあるものの人材が不足している産業がある一方で、斜陽ぎみの産業で人余り感があるのは確かかもしれない。この不均衡が、リスキリングやアウトスキリングなどによって人の移動が起こることで、解消される可能性はある。だが、「そもそも」と新井氏が続ける。

「いまは全体的に人口減少フェーズもあり、人手不足なんです。衰退ぎみの産業でさえ、人不足がみられます。そうした産業間での人の移動も起こっています。一方で勢いのある産業への転職は、有能な人ほどすでに自らスキルを磨いて実践しています。この状況下で、解雇しやすくなるという仕組みが導入されてしまうと、衰退産業はより弱体化し、淘汰(とうた)されかねません」

21年前のあの人の改革とのデジャビュ(既視感)感

実はこれに似た状況が約20年前に発生している。他ならぬ、進次郎氏の父、当時の小泉純一郎総裁による規制改革による派遣解禁だ。2003年、労働者派遣法を改正し、それまで禁止されていた製造業での労働者派遣を「構造改革」の大号令のもと、解禁したのだ。

その結果、企業は解雇のしづらさがあった正規社員に代わり、派遣社員を活用し、経営危機の際には弾力材とした。以降、派遣の割合は増減しながらも、一定数を維持し、企業は景気の波を”派遣切り”などでやり過ごした。

一方で正規社員はある種の”特権”のようになり、非正規からの正規社員転換もしづらくなる。賃金格差も拡大していった。その正社員の“特権”さえ、いま、ついに奪われるかもしれない状況に直面している。

「父親の純一郎氏の派遣解禁で多くの企業が救われたのは確かだと思います。それくらい経済界は危機的な状況でしたから。ただ、働く側にとっては、終身雇用という日本の労働市場の神話が崩れることにつながりました。進次郎氏はいままさに、親子でこの日本独自の社員を大事にする会社という文化にとどめをさそうとしているんです」

解雇規制見直しで日本企業が失う大きすぎる“財産”

21年前は派遣解禁にとどめたことで、正社員の聖域は守られた。だが、解雇規制の見直しは、ついにそこにメスを入れることになる。そうなったとき、どんなことが起こるのか…。

「正規社員と非正規社員の差が事実上なくなるわけですから、職場はギスギスするでしょう。企業は転勤や異動をこれまでのように上から目線ではいえなくなりますし、一方の社員も、必要以上に会社側の顔色をうかがうようになり委縮するでしょう。なにより、日本企業の最大のよさだった、一丸で社員教育を行うという文化が廃れていきます。これが解雇を自由化した場合の一番の損失だと私は感じています」

日本企業は新卒を一斉に採用し、新人研修等で同時に教育。現場に配属後は、先輩社員が指導し、一人前の社員へと育成する文化が根付いていた。「これが日本企業の強みであり、一時期、世界の頂点に立った強さの根源」と新井氏は力説する。この日本企業の強みが、もし小泉親子2代の”規制緩和”が実現することになれば、あえなく崩壊の危機に陥るという。

いま必要なのは「安心して働き続けられる」というメッセージ

「日本経済の将来を考えると、確かに人材流動化は必要です。そのためには解雇に対する規制にもう少し柔軟性があってもいいのかもしれません。ただ、先行き不透明な状況下のいまは、なにより雇用を安定させることが重要です。非正規の方をリスキリングで正社員へ転用させることもいいかもしれません。とにかく、『労働者が安心して働き続けられる』というメッセージこそがいま求められています」

思い切ってやらなければ前へは進めない――。だからこそ、批判もある程度覚悟したうえで、聖域の解雇問題についてあえて大胆な提言をしたのだろう。だが、その内容が国民の多数意見から乖離(かいり)していては、社会の不安感を増幅させ、ひんしゅくを買うだけだ。

果たして、もろくなりつつある労働市場にとどめを刺しかねない”激震”が走ることになるのか…。命運を握るイス取りゲームまであと2日(27日投開票)だ。

新井健一(あらい・けんいち)
経営コンサルタント、アジア・ひと・しくみ研究所代表取締役 1972年神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大手重機械メーカー人事部、アーサーアンダーセン(現KPMG)、ビジネススクールの責任者・専任講師を経て独立。人事分野において、経営戦略から経営管理、人事制度から社員の能力開発/行動変容に至るまでを一貫してデザインすることのできる専門家。著書に『働かない技術』『いらない課長、すごい課長』(日経BP 日本経済新聞出版)『事業部長になるための「経営の基礎」』(生産性出版)など。

書籍画像

それでも、「普通の会社員」はいちばん強い 40歳からのキャリアをどう生きるか

新井健一
日経BP 日本経済新聞出版

「――まず、本書の結論から述べておく。日本企業の会社員は最強だ。

それは、VUCAの時代、AIが人類から仕事を奪うと言われるこの時代においても変わらない。

むしろ、今後ますます日本人、日本企業の会社員はよき働き手として重宝されるだろう。
本書ではこのことを徹底的に検証していく。」(本書の内容より)

これから、日本企業の会社員が磨くべき、2割の「+α」とは?
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