勤務先から従業員へ「給与振り込み口座」の金融機関“指定”は法的にグレー!? デジタル払い解禁で確認すべき「賃金支払いの原則」とは
スマートフォン決済アプリ「PayPay」を運営するPayPay株式会社が8月9日、国内で初めて「デジタル給与払い」の事業者として、厚生労働省による指定を受けた。
デジタル給与払いとは、労働者が厚労省指定の決済アプリを通じて、給与の支払いを受けられるという仕組みだ。
PayPayではすでに、同社やソフトバンクグループ各社の従業員を対象に「PayPay給与受取」の提供を開始。PayPay以外の決済アプリも、厚労省の指定に向け申請中だという。
ますますキャッシュレス化が進む中「今後、会社からデジタル給与払いを提案・強制されるのでは?」と心配する人も居るかもしれない。
厚労省によると、デジタル給与払いは「あくまでも選択肢のひとつ」とのこと。
希望しない労働者は引き続き、手渡しや振り込みで賃金を受け取ることが可能で、厚労省が決済事業者向けに公表しているガイドラインでも「当該支払い手段を希望しない労働者及び使用者に対して強制するものではないことは言うまでもない」と明記されている。
給与は「現金手渡し」が原則だった…
そもそも現在一般的な給料の支払い方法となっている「口座振り込み」もデジタル給与払いと同様に、企業が労働者に対して強制することはできない。
企業法務や労働問題に詳しい勝又賢吾弁護士は、給与支払いに関する法律上の定めについて、次のように解説する。
「労働基準法第24条では賃金について、①通貨で、②直接労働者に、③その全額を支払わなければならず、④毎月1回以上、⑤一定の期日を定めて支払わなければならないという5つの原則を定めています。
もともと労働基準法では、立場上どうしても力関係が弱くなってしまう労働者が、何らかの名目をつけられ、一方的に、給料の一部を天引きされてしまうのを防ぐために、『給料は現金手渡しで全額を払わなければならない』と定めていました。
ですが、現金手渡しでの給料の支払いは、労働者側としても、持ち運んでいる間の盗難の危険性や、いつ、いくら受け取ったかの確認や証明が難しいといったデメリットがあります。
これに対し口座振り込みでの支払いは、労働者にとっても便宜で、有意義であると考えられたことから、あくまで労働者の同意を得た場合に限って、労働者が指定する、金融機関への振り込みの方法で支払うことができる(労働基準法施行規則第7条の2)ようになりました」
会社からの「口座指定」なぜ常態化
しかし実際には労働者側からではなく、勤務先の会社から、指定の銀行口座を作るよう要求されたという人も多いのではないだろうか。
SNS上でも「転職先から銀行口座を指定された」「新しく銀行口座を作ることになった」といった声が見られる。
転職先から入社案内来たんだけど、入社前の健康診断自己負担だし銀行口座は指定されてるしでブラックかもしれなくて死にたくなってる
— モッティ🍃🥜⚔️ (@ntm_nyan) July 19, 2024
オファー面談でめちゃくちゃ質問しまくって確認して大丈夫そうだなって思ったのに、、えーーでも人と仕事内容と環境は悪くなさそうなんだよなあ
転職先、珍しく給与口座の銀行・支店が指定されており、なんと新しく銀行口座を作ることになった。
— とまと@入村済 (@tomatoan) July 8, 2024
今ってネット口座開設で支店まで指定できるのね、びっくり。遠出して銀行に行かないと行けないのか?と思ったから助かった。暑すぎて危険を感じるし😂
このような会社側による口座指定が慣例化している理由はどのようなものだろうか。
勝又弁護士は「社員ごとにばらばらにするのではなく、一つの金融機関を指定することで、会社側にとっては、振り込み手数料による経済的な負担や、事務的な負担が生じず、大きなメリットになる」と説明する。
「旧労働省(現在の厚生労働省)の通達では、給与口座の振込先について『労働者が本人名義の預貯金口座を指定すれば、特段の事情のない限り、給料を振り込みによって支払うことの同意と振込先の指定がなされたものとする』と定めています。
そこで多くの会社では、入社する社員に対し、あたかも当然のことかのように『特定の金融機関の口座を給与振込先とする申請書等』を提出してもらうようにし、それによって『労働者の同意と指定がなされている』という形を取っているのが実情ではないでしょうか」(勝又弁護士)
では、振込先の金融機関を指定する企業に対し、何らかのペナルティーが科せられることはないのだろうか。
「前述したとおり、労働者の要望や同意なく、会社側が一方的に金融機関を指定して振り込むのは、賃金支払いの原則に反します。
そして、労働基準法第120条第1項では、上記規定に違反した場合について、30万円以下の罰金に処すと定めていますから、もし会社側が振込先口座の変更や、現金での支払いを拒否した場合には、労働基準監督署による立ち入り調査や行政指導が行われる可能性があります」(同前)
もともと所持している口座に給与の振り込み「もちろん可能」
それでも、労働者の側からすると「会社側に面倒なヤツだと目をつけられるのは嫌だ」などと考えてしまい、希望の口座への振り込みを言いだせない人もいるのではないだろうか。
そこで、勝又弁護士は会社側との交渉について、以下のようにアドバイスする。
「本来、振込先口座は労働者が指定するものですから、勤務先から給与口座の指定を受けた場合、会社と交渉し、自分の所持している口座に振り込むようにしてもらうことは、もちろん可能です。
会社指定の金融機関だと不都合である理由(自宅周辺に当該金融機関の支店がない等)や、別の金融機関の指定を希望する理由(住宅ローンの借入先金融機関に合わせる必要がある等)をきちんと説明し、会社側の経済的・事務的負担への理解も示しながら、会社としっかり話し合ってみると良いのではないでしょうか」
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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