クマ襲撃事故、昨年は「9月以降」に急増…「命に別条なし」と報じられても、背景にある“深刻な”被害実情とは

弁護士JP編集部

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クマ襲撃事故、昨年は「9月以降」に急増…「命に別条なし」と報じられても、背景にある“深刻な”被害実情とは
どう猛なイメージとは裏腹に、本来は「臆病な生き物」だと言われているが…(kosumi / PIXTA)

暑さが落ち着き本格的な行楽シーズンが到来したが、近年、登山やキャンプの大きな不安要素となっているのが、クマによる人身被害だ。環境省によれば、昨年度は9月以降に被害が顕著に増加。10月の発生件数は過去最多となったという。

こうした状況を受けて、同省は今年4月に省令を改正し、ヒグマおよびツキノワグマを「指定管理鳥獣」に指定した(絶滅の恐れがある四国の個体群は除く)。自治体が駆除対策を行う際に国の支援を受けられるようになったことで、状況が改善することが期待されている。

ただし山や森などの自然環境に入っていく以上、クマとの遭遇リスクが完全にゼロとなることはないだろう。山登りやアウトドアのリスクに詳しいフリーライター・羽根田治さんは、「(クマと)実際に鉢合わせてしまえば、できることはほとんどない」と指摘する。

クマ遭遇時の“絶対的な対処法”はない

羽根田さんは、著書『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』(山と溪谷社)で、近年クマとの遭遇被害を経験した人々へのインタビューを敢行している。彼らの中には、襲われて大ケガを負った人もいれば、至近距離で対峙(たいじ)しながら奇跡的に無傷で生還した人もいるが、両者がとった行動に決定的な“分かれ目”はないという。

「本来、クマは臆病な生き物で、向こうが先に人間の存在に気づけば自ら逃げていくと言われています。ところが、出合い頭に鉢合わせるなどしてクマがパニックにおちいった場合、襲われるリスクが非常に高いです。無傷で生還した方は、たまたま運がよかっただけだと思います」

最近は人間を見ても怖がらない“新世代のクマ”も出てきているというが、人身被害を避けるためには「とにかく遭遇しないことが一番」と羽根田さんは言う。

「万が一遭遇した場合の対処法としては、ある程度の距離があればゆっくり後ずさる、攻撃されそうになったらクマよけスプレーで対応するか、防御姿勢をとる(両手を首の後ろで組み、地面にうつ伏せになって顔を伏せる)ことが推奨されています。

しかし実際に襲われた人に聞くと、10mくらい先の茂みから突然飛び出してきたクマが、目の前までやってくるのは一瞬のことで、クマよけスプレーを使う間もなく襲い掛かってきたという話もあります。

その方はクマのリスクも十分承知していて、もちろん防御姿勢のことも知っていました。ただ、『襲おう』という意思をむき出しにして一直線に向かってくるクマに対し、防御姿勢をとることなどできなかったといいます」

なお一般的に、クマに遭遇した際に大声を出したり、背中を見せて逃げることは“絶対にやってはいけない”とされているが、「それで助かった人もいる」と羽根田さんは言う。

「いろいろな方に話を聞いていると、クマに遭遇したときの“絶対的な対処法”というものはないのだと強く感じます。かといって、クマよけスプレーや防御姿勢が無意味かと言われればそんなことはまったくなく、知識として持っていれば助かる可能性を押し上げることができるはずです。

実際の遭遇事例でクマがどんな行動をとったのか、遭遇した人が何をして助かったのか……それぞれは一例にしか過ぎないかもしれませんが、対処法に正解がないからこそ、より多くの事例を知ることがリスクマネジメントになるのではないかと思います」

クマ対策で一番大事な「備え」

羽根田さん自身も山歩きする機会が多く、これまでに2度、ヤブの中でクマを確認したことがある。幸いどちらも距離が離れていて鉢合わせることはなく、クマのほうから遠ざかっていったというが、こうした経験も踏まえて次のようにアドバイスする。

「クマが生息していない九州や沖縄は別ですが、基本的にアウトドア活動をする以上はクマに遭遇するリスクはあるものと思い、備えることが大切です。

まず山に入る前には、自治体や観光協会、ビジターセンターなどで最新のクマ目撃情報をチェックするようにしてください。最近ではクマの出没情報があると、自治体などが入山禁止措置をとることも多くなってきているようです。

山では、クマ鈴をつけたりラジオを流すなどして自分たち人間の存在を早めに知らせ、向こうから遠ざかってくれるようにするのが基本的な対策になります。見通しの悪いところではホイッスルを吹くのもいいでしょう。

またフンや足跡、木につけられた爪痕、クマ棚(クマが木に登って果実などを食べる際に木の枝を折って作る腰掛け用の棚)などの痕跡があれば、クマが近くにいると考えて、なるべく早くその場から遠ざかるようにしてください」

木の上に作られたクマ棚(Tozawa / PIXTA)

さらに、クマの習性のひとつである「獲物に対する執着心の強さ」にも注意が必要だ。

「キャンプなどで一度クマに荒らされた(クマが“獲物”と認識した)食べ物を奪い返してしまうと、逆上して襲ってくるリスクが高まります」(羽根田さん)

事例としては、1970年に北海道・日高山脈で発生した福岡大学ワンダーフォーゲル同好会の事故が有名だ。学生らは縦走のため幕営中、ヒグマに荷物をあさられたが、追い払って取り返したことがきっかけとなり襲撃され、5人中3人が亡くなった。

「一般的なキャンプ場であっても、食べ残しやゴミを放置しない、食料はフードコンテナに保管するなどの対策をしたほうがいいでしょう。また最近では、食糧庫(フードロッカー)を設置するキャンプ場も出てきているようです」(同前)

「命に別条なし」をうのみにしてはいけない

クマによる人身被害を伝える報道では、「命に別条はなかった」と伝えられることが往々にしてある。しかし羽根田さんは、その言葉の背景にある“実情”もきちんと知るべきだと話す。

「取材を受けてくれた方の多くは『自分がクマの生息域に入り込んでしまったのだから仕方がない』と話していました。ところが、実際には障害が残るほどの重傷を負い、人生が変わってしまった方もいます。

クマは基本的に顔面を狙って攻撃してきます。四つん這(ば)いになって走ってくるとそれほど大きく見えなくても、目の前で立ち上がると人間の背丈くらいあって、その高さから顔面をめがけて鋭い爪を力いっぱい振り下ろしてくると、失明したり、場合によっては頭の一部がえぐり取られてしまうことだってあるんです。

たとえ命が助かっても、失明する確率がかなり高い。『命に別条はない』という報道をうのみにして、『助かる人も結構いるんだな』と、クマに襲われることを軽く考えてはいけません」

ネット上には、登山道近くにいるクマを、登山客が警戒心なく遠巻きに眺め、夢中で撮影しているような動画も多く見られる。もし攻撃されればその被害は尋常ではないということを、より多くの人が知るべきだろう。

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
書籍画像

人を襲うクマ 遭遇事例とその生態

羽根田治
山と渓谷社

福岡大学WV部のヒグマ襲撃事故の検証を筆頭に、最近のクマとの遭遇被害の事例を追い、専門家による生態解説など含め、クマ遭遇被害の実態を詳細に明かす。 1970年7月、日高のカムイエクウチカウシ山で登山をしていた福岡大学ワンダーフォーゲル部5人は、九ノ沢カールで幕営中、突然、ヒグマに襲われた。近くにいた他大学の山岳部員に救助を求めるが、クマの執拗な攻撃に遭い、結局3名が亡くなった。ザックを取りに戻らない、背中を見せて逃げてはいけない、等、幾つかの教訓を残し、当時大きな話題になった。 本事故に関する報告書は残っているが、書籍化されないまま、50年近くもの間に事件そのものが風化してしまった。 最近クマの出没が各地で相次ぎ、クマの襲撃による被害も頻発しているので、 悲惨な本事故をしっかり検証しつつ、最近の事例、専門家による生態解説など、 クマの脅威と遭遇被害の実態に迫った。

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