マイナ保険証へ一本化で「コスト削減」の政府試算は“幻想”だった…莫大な税金のムダ遣い? 試算から除外された「隠れコスト」の正体
現行の保険証を廃止してマイナンバーカードに保険証の機能を統合する「マイナ保険証への一本化」が12月2日に迫っている。他方で、マイナ保険証の利用率は低調に推移しており、厚生労働省の発表によれば、8月時点で12.43%にとどまっている。
「哲学系ゆーちゅーばーじゅんちゃん」こと北畑淳也氏は、早くからマイナ保険証への一本化に関するさまざまな問題に着目し、YouTube等を通じた情報発信を行ってきた。
北畑氏は、マイナ保険証への一本化の背景にある「デジタル化」が本質からずれたイデオロギーに堕していること、税金を無駄遣いして既存の有用なしくみを壊すものであること、何の価値も生まない無駄な業務により膨大な時間が浪費されていること等を指摘する。
本連載では、上記の点について、北畑氏に、政府自身が公表しているデータをはじめ、信頼性のある資料をもとに語ってもらう。
第3回は、政府が「マイナ保険証への一本化」のメリットとして示した「年間76億円~100億円程度のコスト削減効果」の実態を検証する。試算から除外された「隠れコスト」等について、その中身や想定金額等を、政府資料等をもとに明らかにする。(全4回)
※この記事は北畑淳也氏の著書「マイナ保険証 6つの嘘」(せせらぎ出版)から一部抜粋・構成しています。
※【第2回】防衛省と外務省の職員は「マイナ保険証」が“嫌い”自治体でもほとんど活用されず、会計検査院にも「ムダ」と烙印を押された理由とは
厚労省は「年間76億円〜108億円程度のコスト削減」と試算するが…
2023年にマイナ保険証のトラブルが続出していたころ、官僚サイドからよく言われたのが、「トラブルが多くても普及推進が必要である。なぜなら、マイナ保険証を活用すれば効率が上がり、大きなコスト削減効果があるから」という話です。
この「コスト削減」うんぬんが詐欺的なので、言及しておきたいと思います。
これは官僚サイドだけでなく、2023年8月4日の岸田首相の記者会見でも「健康保険証を廃止する理由は、従来の健康保険証を物理的な『紙』ないし『カード』で発行する必要がなくなるのでコストが削減でき、保険組合の事務作業も軽減できるからだ」という趣旨の発言がありました。
しかし、結果として起きたのは「コストダウン」とは言いがたい状況です。
マイナンバーカードに保険証を登録することで、理論上は、発行する「紙」ないし「カード」が減るはずですから、コスト削減できないとおかしいはずです。
実際、厚労省は、2023年8月24日に開かれた社会保障審議会医療保険部会において、現行の保険証を廃止してマイナ保険証に一本化し、発行コストを減らすことができた場合に、「年間で76億円〜108億円程度のコスト削減ができる」と試算しています。
この「試算」は、マイナ保険証の登録者が52%程度のまま推移する場合は最低値である76億円程度であるのに対して、利用者登録率が70%程度まで上がる場合に最大で108億円程度削減できるという内容です。
これをもって、政府・厚労省は、「今はトラブルが続いているかもしれないが、この道を進むしかない」という強弁に至っているのです。
この試算には恐ろしいところが3つあります。
社会的費用がかさみ、役所も保険組合も疲弊するおそれ
一つ目は、マイナ保険証の利用率が1割にも満たない状態のままで推移した場合に、「社会的な費用」が相当程度かかることです。
マイナ保険証の登録者と実際の利用率の差分に当たる人たちはマイナ保険証に登録しながら使ってないことになりますが、その数は数千万人になります。
この人たちには資格確認書(保険証の代わりになるもの)は届きませんが、おそらく届かなくても気づかない人が多く発生すると思われます。
その人たちは、あるタイミングで保険料を払っているのに保険医療が受けられなくなるので、大騒ぎになる可能性が十分に考えられます。
また、その騒ぎに対応しなければならない役所や保険組合、コールセンターなどは疲弊することにもなります。このときにかかる社会的コストは、可視化されないものも含めれば相当なものとなるでしょう。
「インフレ」ですでに試算が狂っている
二つ目は、「インフレ」を考慮していないということです。
現状の試算である76億円〜108億円のコスト削減は資格確認書や「資格情報のお知らせ」の発行コストも見込んで出した数字のようですが、昨今の「インフレ」はまったく考慮されていません。
直近の例を挙げると、郵便料金は2023年段階では「84円」の想定で試算されていましたが、10月1日から一気に30円値上がりし、「110円」になることが決まっています。
この差分は、数千万の人に郵送するとなった場合に、かなりの金額の上ブレとなってあらわれるでしょう。
試算から除外された巨大な「隠れコスト」も
三つ目は、試算の中に入ってない巨大な「隠れコスト」があるということです。
たとえば、2023年の補正予算においてマイナ保険証推進費として887億円計上されていますが、こういったものはコストシミュレーションの際には除外されてきました。この広報費用を回収するだけで、よく見積もって7〜8年はかかってしまいます。
また、すでにマイナンバーカードの取得やマイナ保険証の登録推進でマイナポイント事業を行っていますが、1兆3779億円(2024年5月13日段階)の予算を執行しています。これも入っていません。
これらについては、「他の事業と重なる部分があり、純粋なマイナ保険証のコストとはいえないため、試算に入れない」との説明がなされていますが、ひどい話です。
少なくともポイント事業で「マイナ保険証に登録したら1人当たり7500円」も配っていましたから、「登録者の増加数×7500円」はシミュレーションに入れないといけないでしょう。
「1000万人」でも「750億円」となりますが、どのくらいポイント事業により増えたかの詳細な数字は出ていません。
しかし、マイナンバーカードの取得理由のダントツ1位が複数の調査で「ポイントがもらえるから」だったことや、マイナ保険証に登録している人が50%を超えているのに利用率が低迷している現状も鑑みれば、千万単位の人が「マイナポイント目当て」でマイナ保険証に登録していると推測できます。
「普及促進キャンペーン」のための人件費等も「試算外」
他にも、金額が明らかになっていないものがあります。
人気キャラクターが刷り込まれたチラシが大量にまかれ、各地の商業施設ではマイナンバーカードを作れる出張所が開設されました。
各自治体も国を挙げて普及促進に取り組み、全国の役所で担当したスタッフも膨大な人員になります。
“1兆円超”と推測される「システム開発・運用費」も「試算外」
もちろん、システムの開発・運用費も莫大です。
開発費は不明ですが、2022年11月14日の朝日新聞デジタルの記事によると、マイナンバーカード管理システム運用の関連費用で2021年度に113億円、2022年度には290億円かかっています。
マイナンバーのシステム開発費も含めると、菅首相が当時の国会答弁で開発費が8800億円だと答弁しているので、現時点では1兆円を超えていると推測できます。
しかも、保険組合の側にもシステム改修費用がかかっているのですが、こちらは計算に入っていません。
これほどの投資を回収するにはいったい何十年かかるかわからないほどです。
そうだからこそ、莫大なコストをかけながら「ゼロ」でシミュレーションを組むという恐ろしい試算を出してきているのでしょう。
莫大な税金を使い、無意味な業務を増やし、医療現場は大迷惑
結局、2024年に入ってからはというと、通常国会などでマイナ保険証の問題を指摘されると、「これ1枚で便利になる」「これ1枚で便利になる」と、壊れたテープレコーダーのように繰り返す状況に落ち着くようになりました。
一時期よく言っていた「コストが削減できる」というセリフが、いつの間にか立ち消えになりました。金銭的コスト以外も含めて社会的コストが莫大であることが誰の目にも明らかになったからなのでしょう。
なお、マイナ保険証の利用率が想像以上に上がった場合には金銭的コストの削減が多少増えたとしても、それと引き換えに社会的コストは今とは比較にならないほど増えていくことは留意しておく必要があります。
まず、医療現場のコスト負担でいえば、資格確認のパターンが増えて複雑になることで窓口対応に苦労するシーンが増えるでしょう。
マイナ保険証で資格確認する際にエラーが出ることもあるでしょうし、要配慮者の方で資格確認書を忘れたため、資格確認に手間取ることもあるでしょう。
スマホでマイナポータルのPDFを出そうと、もたつく方もいるでしょうし、そもそも何を持ってくればいいかわからない高齢者に説明しなければならない場面もあるでしょう。
「マイナ保険証担当スタッフ」という職業が世に生み出される可能性も否定できません。
実際、全国保険医団体連合会(保団連)の調査でも「スタッフを増やして対応せざるを得ないと思う」と回答している医療機関が18%あります(【図表1】参照)。
すでに総合病院では、政府からの圧力も手伝って、マイナ保険証専用レーンを設けて、ただでさえ人手不足の医療現場に専用の人材を配置させられています。
もはやマイナ保険証は医療現場に迷惑を与える存在にすぎません。
保険組合に過大な業務負担を与える
医療機関に続いて、従来、健康保険証を交付していた各保険組合も、多くのコスト負担を強いられます。
これまでも各保険組合は、被保険者が転職して会社が変わったり、結婚して氏名が変わったりした際には、その変更に応じていくつかの対応はありました。しかし今後、取り扱わなければならない書類の種類や交付頻度が大幅に増加します。
真っ先に思いつくのが「資格情報のお知らせ」です。これは先ほど述べたように保険者情報が書かれている紙で、マイナ保険証の顔認証付きカードリーダーに対応していない医療機関があることから生まれたものです。
この「資格情報のお知らせ」の恐ろしさはいくつもあるのですが、なかでもマイナ保険証登録者全員に交付しなければならないため、送る人と送らない人の分類が膨大に発生するというところが非常に大きいでしょう。
一家族の中でマイナ保険証の人とそうでない人を分け、さらにそうでない人の中に資格確認書とマイナ保険証を両方使う人がいないかの確認をするなど、考えるだけで頭が痛くなるような業務に追われることになります。
“事業破綻”する保険組合が続出する恐れ
2024年の秋には84円から110円へ郵便料金の値上げが発表されていて、保険組合は財政的にも苦しくなるとみられます。
そんななかで、無駄な仕事が増え続けるという状況は、保険組合の破綻を増やす引き金にもなりかねません。
他にも、マイナ保険証をもたない人から資格確認書の更新申請があれば、交付しなければなりません。
こういった各種書類の交付業務のコスト増に加えて、日常的には、負担割合の間違いがあった場合の返戻業務にも追われることになるでしょう。保団連の調査でも、オンラン資格確認のトラブルが原因の返戻が14.2%の医療機関であったと答えています(【図表2】参照)。
医療機関側も大変ですが、保険組合はそれが集中しますので、もっと大変なことになります。
これだけよけいな事務負担が増えると、人員を増やさなければならず、人件費が保険組合の経営を圧迫することになります。それにより、事業が破綻して解散に追い込まれる保険組合が出ることが懸念されます。
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