石破首相「手のひら返し衆院解散」は“憲法違反”? 法的問題と解散が認められる“条件”とは【憲法学者に聞く】

弁護士JP編集部

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石破首相「手のひら返し衆院解散」は“憲法違反”? 法的問題と解散が認められる“条件”とは【憲法学者に聞く】
「10月10日衆院解散」を表明した石破茂首相(自民党総裁選特設サイトより)

10月1日、石破茂首相は就任直後の記者会見で、10日に衆議院を解散し、27日に総選挙を実施する意向を表明した。9月14日の自民党総裁選挙の候補者討論会では首相になった場合の衆議院の早期解散に否定的な考えを示していたが、首相に就任して早々に前言をくつがえした。能登地方の復興への政府の対応が遅れていることなども相まって、物議をかもしている。

これまで、衆議院の解散は「政局の道具」として扱われてきた印象が強いが、それは憲法にてらして許容されるのか。本来はどのような要件の下で認められるべきものか。「バンダナ教授」の異名をもつ憲法学者の上脇博之(かみわき ひろし)教授(神戸学院大学法学部)に聞いた。

「衆議院の解散は首相の専権」は“間違い”

インタビューを始めるにあたり、上脇教授は「最初に強調しておきたいこと」として、衆議院を解散する権限は「首相の専権」ではないことを説明した。

上脇教授:「よく、マスコミが『衆議院の解散は首相の専権事項』などと報道することがあります。しかし、これは法的には明らかな誤りです。

憲法第五章『内閣』の規定をみる限り、首相は内閣にはからずに独断で物事を決めることは認められていません。

下位規範の『内閣法』をみても、内閣の意思決定は閣議で行うことになっています(内閣法4条参照)。そして、閣議決定は全会一致が原則です。衆議院の解散も例外ではありません。

2005年の小泉純一郎内閣による『郵政解散』のときも、閣議で島村宜伸農林水産相が反対しました。そこで小泉首相は島村氏を更迭し、自身が農水相を兼務したうえで、改めて全会一致で閣議決定を行いました。

このことだけでも、衆議院解散は首相の専権などではないことは明らかです。ましてや、国会に首相に指名される前の『解散』発言は、論外です」

上脇博之教授(神戸学院大学法学部)(本人提供)

解散権の根拠・要件について「憲法69条」以外の明文なし

では、憲法上、衆議院の解散についてはどのように定められているのか。

憲法の条文をみると、解散について規定されているのは主に「7条3号」と「69条」である。しかし、いずれも、解散権が誰にあるのか、明記していない。

憲法7条3号は「天皇の国事行為」の一つとして「衆議院を解散すること」を定めている。しかし、天皇は国政に関する権能をもたないので(憲法4条)、天皇に解散を決定する権限がないのは明らかである。

他方で、憲法69条は衆議院が内閣不信任案を可決した場合の解散についての条文であり、以下のように定めている。

「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」

69条は「衆議院が解散されない限り」とのみ規定しており、解散権の主体を正面から定めていない。しかし、文脈から考えて、この場合に衆議院を解散するのは内閣以外に考えられず、69条を根拠に内閣に解散権が認められることに争いはない。

「内閣不信任決議」以外の理由での解散が認められるか

上記のように、憲法上、文面から内閣の衆議院の解散権を認めていると解釈できるのは、衆議院が内閣不信任決議を行った場合のみである。

では、憲法解釈上、それ以外の場合に内閣が衆議院を解散することが認められるか、もし認められるとして、どのような要件が求められるか。

ここで登場するのが、天皇の国事行為としての「衆議院の解散」を定めた前述の「憲法7条3号」を根拠として、内閣の解散権を認める見解である。

天皇の国事行為は「内閣の助言と承認」に基づいて行われることになっている。そこで、この「内閣の助言と承認」の中に、衆議院を解散することの実質的な決定も含まれると解釈する。

これまでの内閣の多くは、この「7条3号説」を採用して解散権を行使してきた。

しかし、「7条3号説」に基づく解散には、与野党問わず国会議員の間で根強い批判がある。後述するように、石破首相も、少なくとも2020年頃までは明確に批判的な立場を表明していた。

また、憲法学界では批判的な見解が多数を占めているといってよい状況にある。上脇教授も、7条3号を根拠に内閣の解散権を認めることは、相当に無理があると指摘する。

上脇教授:「そもそも、『内閣の助言と承認』には、天皇が『ご乱心』なさらないようにサポートする程度の意味しかありません。そこに、衆議院を解散するなどというきわめて重大な事項についての実質的な決定権が含まれると解釈することは、論理的に不可能なはずです。

しかも、この見解によると、どのような要件で解散を認めるべきかが明らかになりません。内閣による恣意的な解散に歯止めをかけることができないのです。

特に日本では、首相が衆議院の多数派から選出されるしくみになっているので、内閣が国会の多数派と結びついて解散権を行使することで、多数派に都合の良い時期に解散権が行使されるおそれが大きいのです。また、実態もそうなってしまっています。

日本の憲法は、内閣が国会に対し責任を負う『議院内閣制』を採用し、議会制民主主義を重視しています(憲法66条3項参照)。

国会議員は主権者である国民から選ばれた存在です(憲法43条参照)。他方で、内閣は国民が選んだものではありません。したがって、内閣が実質的に衆議院より上の立場に立つことがあってはならないのです。

近代国家の前提とされる立憲主義の下では、憲法の役割は『権力を拘束し、国民の人権を守ること』です。7条3号説は、それを崩してしまうおそれがあります」

憲法の文面を根拠とする「69条説」にも「難点」…恣意的な解散を抑止するには?

ただし、内閣の衆議院解散権についての「7条3号説」からも、衆議院の解散が認められるのは民意を問うべき重大な政治問題が発生した場合のみに限るべきという見解は成り立ちうる。

他方で、衆議院を解散できるケースを内閣不信任決議が行われた場合等に限定する「69条説」も難点を抱えているとされる。

たとえば、衆議院議員の任期の4年間に、前回の選挙のときに想定されなかった、国民の権利義務に重大な影響を及ぼす重要な政治的課題が発生するなどのケースが考えられる。このケースにおいて、「69条説」では衆議院の解散によって民意を問うことが認められず、硬直的になってしまうとの批判がある。

ではどのように考えるべきか。上脇教授は「積極的基準」と「消極的基準」とに分けて検討することが有効だと説明する。

上脇教授:「私は、内閣の衆議院解散権の根拠は、わが国の憲法が先述した『議会優位の議院内閣制』を採用していることに求めるべきだと考えています。

解散権を行使できる要件を考えるにあたっては、憲法の規定を重視すべきでしょう。

また、①『どういう場合に認められるか』という積極的な基準だけでなく、歯止めをかけるために②『どういう場合に認められないか』という消極的な基準も明らかにすることが有効だと考えられます。

まず、①『積極的基準』については、憲法69条が規定する内閣不信任決議がなされた場合、あるいは、それにきわめて近い状況が生じた場合に解散が認められると考えるべきです。

たとえば、内閣が国民の権利義務にきわめて重大な影響を与える法案を提出したにもかかわらず、衆議院で否決され、国民に判断してもらう機会を提供したい場合です。

他方で、歯止めをかけるための②『消極的基準』として、『絶対に憲法が許容していない場合』は除外すべきです。

たとえば、選挙の結果が気に入らないのでもう一度やり直すとか、内閣・与党に有利なタイミングで選挙を済ませようとするなどあからさまな党利党略による場合や、衆議院議員の任期まで間があるにもかかわらず衆参同日選挙にするなど『二院制』の趣旨に反する場合は、認められないと考えるべきです。

この『積極的基準』と『消極的基準』の両面から判断すれば、グレーなケースはそれほど多くはないはずです」

日本の議院内閣制は「国会が内閣に優位」

なお、上脇教授は、この点は「権力分立制」「議院内閣制」をどのように捉えるかにかかわると指摘する。

上脇教授:「権力分立制や議院内閣制について、国会と内閣を『対等』と位置づけ『チェック・アンド・バランス(抑制と均衡)』を強調する立場からは、内閣の解散権に歯止めをかけようとする憲法解釈は導かれないかもしれません。

しかし、日本では、内閣総理大臣は国会により国会議員のなかから指名され(憲法67条)、内閣が国会に責任を負います(憲法66条3項)。したがって、日本の権力分立制・議院内閣制は純粋な『チェック・アンド・バランス』ではなく、国会に内閣よりも優越した地位を与えています。これは、国会が主権者である国民の代表機関だということに基づいていると考えられます。

主権者である国民の代表機関である国会が内閣に優位する地位にあると理解する立場からは、内閣の解散権に歯止めをかけるべきだと解釈します。

以上から、『積極的基準』と『消極的基準』が帰結できるのです」

この基準に照らしてみて、果たして、今回石破首相が宣言した「手のひら返し衆議院解散」は、憲法が許容する解散権行使の要件を充たしているといえるだろうか。

歴代内閣は「ほぼ無限定に行使」

前述したように、歴代内閣が採用してきた「7条3号説」からも、解散が認められるのは『民意を問うべき重大な政治問題が発生した場合に限るべき』という見解は成り立ちうる。

しかし、歴代の内閣は、衆議院の解散権をほぼ無限定に行使してきた。

有名な例としては2005年に小泉純一郎内閣が行った「郵政解散」がある。小泉内閣が「郵政民営化法案」を国会に提出し、衆議院では可決されたが、参議院で否決され不成立となった。それを受け、小泉内閣は衆議院を解散した。

上脇教授:「衆議院では郵政民営化法案が可決されたにもかかわらず、衆議院を解散することには理由がありません。

また、憲法が二院制を定め、衆議院と参議院に任期、選挙制度、解散の有無について差を設けている理由は、異なる民意を反映するためです。その趣旨も没却してしまうものです」

裁判所が「憲法判断を避けた」ことの問題点

衆議院の恣意的な解散が行われた場合、それを訴訟で争い歯止めをかける方法はないのか。

実は過去に、衆議院の解散により失職した元衆議院議員が、解散は違憲であり無効だと主張して「選挙訴訟」を提起した例がある。

しかし、最高裁判所は、衆議院の解散は「直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為」であり、「裁判所の審査権の外にある」として憲法判断を回避している(最高裁1960年(昭和35年)6月8日判決)。

上脇教授:「最高裁は、政府、国会等の政治部門の判断を尊重すべきと述べています。その論理はある程度理解できます。

しかし、最高裁が『裁判所の審査権の外にある』と断言してしまったことには問題があると考えます。

内閣が恣意的に解散権を行使しても、裁判所から違憲と烙印を押されるおそれがないために、その後、内閣による解散権の行使に歯止めが利かなくなっている現状を招く一因となったことは否定できません。

最高裁はせめて、恣意的な解散に歯止めをかけるための枠組みくらいは示すべきだったと考えています」

石破首相は「変節」した?発言の“変遷”を検証

以下は、2020年7月2日、新型コロナウイルス問題をふまえ、早期の衆議院解散が取りざたされた際、当時自民党幹事長だった石破氏が行った発言の要旨である。この当時は「7条3号説」による解散を明確に批判していた。

「私は7条解散というのはすべきではないと、そもそも憲法論からしてそういう立場に立っている。信任案が否決、不信任案が可決された場合、あるいは予算が否決された、重要法案が否決された、そういう場合に限局すべきだと思っている。このコロナ禍の状況もそうだし、憲法の趣旨からいってやるべきだとは思わない」(【YouTube】共同ニュース 2020年7月2日「石破氏、早期解散に反対 新型コロナ問題踏まえ」)

この発言は4年以上前のものなので、石破氏がその後に見解を改めて「7条3号説」を容認するようになった可能性は考えられるだろう。

しかし、石破氏は、2024年9月14日の自民党総裁選立候補者討論会でも、対立候補の一人だった小泉進次郎氏(「郵政解散」を行った小泉純一郎元首相の子)が早期に衆議院を解散すべきと主張したのに対し、以下の通り、批判している。

「国民の判断は厳粛に受けなければいけない。国民の皆様方が判断していただける材料を提供するのは政府の責任であり、新しい首相の責任だと思っている。(中略)同時に、解散は衆議院議員がこの国からいなくなることだ。それがどういうことなのかよく認識したほうがいい。そして、世界情勢がどうなるかわからないのに、すぐ解散するという言い方を私はしない。解散していい状況が整うかどうかを判断すべきだ。私は国民に対する畏れ(おそれ)の念は常に持っていたいと思う」(【YouTube】日テレニュース 2024年9月14日【自民党総裁選】候補者討論会 第二部(1:23:30頃から))

仮に「7条3号説」に立場を改めていたとしても、9月14日時点では、早期解散には大義がないと明確に述べていた。この発言と、17日後の10月1日に首相就任早々、早期解散を表明したこととの整合性が問われるだろう。

実際に、世界情勢は不安定で予断を許さない。国内では大地震と大雨の被害が相次いだ能登地方の救済・復興の遅れの問題もある。

「社会契約論」を著した18世紀のフランスの啓蒙思想家ルソーは、代表民主制の問題点について、「有権者は議員を選挙する間だけは自由だが、議員が選ばれてしまうと奴隷となる」と喝破(かっぱ)した。

このルソーの指摘の通り、選挙の結果、国会の多数派を占めた政党ないしそれに支えられた内閣が、選挙を経たことで「民意を得た」とばかりに好き勝手に権力を弄ぶというリスクはたえず存在しており、実際にそれに類する例はこれまでも多数みられた。

石破首相は、10月10日に衆議院を解散し、衆議院議員選挙を27日に行うというスケジュールを表明している。もし、この通りに選挙が行われるならば、それまでに、私たちは国民・有権者として、果たしてどのような「民意」を下すべきか、慎重に考え、投票行動を決めなければならない。もちろん、その判断材料の一つには「内閣による衆議院解散権行使」に関する考え方や態度も含まれうる。

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