シフト勤務時間中に「帰る」 歯科衛生士が“トラブル連発”で解雇も…「無効」訴え提訴 裁判所の判断は?

林 孝匡

林 孝匡

シフト勤務時間中に「帰る」 歯科衛生士が“トラブル連発”で解雇も…「無効」訴え提訴 裁判所の判断は?
一般的に会社が従業員を解雇することは難しいと言われているが…(写真はイメージ Fast&Slow / PIXTA)

・SNSに「ひま〜」と投稿(勤務時間中)
・上司に「謝れ!」と執拗(しつよう)に詰め寄る
・上司から話しかけられても無視する

勤務先の歯科医院でこのような言動を繰り返していた社員Xさんが解雇された。

先月行われた自民党総裁選で一時話題になった解雇規制の緩和だが、現在の法制度では解雇の要件が極めて厳しく、若干“イタイ”社員を解雇しても、裁判所は「無効」と判断するケースが多い。

しかし今回の裁判において、Xさんの解雇は「OK」と判断された。【社員としての不適正さ(=イタさ)】がどれくらいあれば解雇はOKになるのか。以下、事件の詳細だ。(東京地裁立川支部 R5.8.24)

当事者

会社は、歯科医院を経営する医療法人である(約50名が勤務)。解雇されたXさんは歯科衛生士(女性)。Xさんと対立したのは、院長の歯科医師だ。

Xさんが起こした「トラブル」とは?

以下、判決文からトラブルを一部抜粋する。

■ 検温表を提出しない
医院は、令和2年4月以降、新型コロナウイルス感染予防策として、出勤してきた従業員に【検温表の提出】などを求める施策をとっていた。

しかし、Xさんは検温表を提出しないことが多かった。10月2日、院長は夕礼で「検温表を毎日提出していない人がいますが、提出は義務です」と説明した。

時を経て、令和3年6月、Xさんは「検温表は1週間まとめて書けばいい」と発言。同じ頃、別の職員から「Xさんは『検温表は1週間まとめて書けばいい』とか言っているし、院長などに対する文句が最近エスカレートしている。こんな人と一緒に働くのは嫌です。なぜこのような者を勤務させておくのですか」というクレームがあった。

7月、院長は夕礼で「検温表を提出しない者は退職してもらうしかない」と説明。8月にXさんを個別指導すると、Xさんは検温表を提出しない理由について「忘れてしまうから」と回答した。

ちなみに、Xさんが検温表を提出したのは全出勤日の約15%にすぎなかった。

■ 遅刻したにもかかわらず「定刻前に出勤していた」などと強弁して、事務局員にタイムカードを訂正させる。

■ 夜勤中に抜け出して、自分の車の中で過ごす。

■ 髪色について
医院では「金髪やそれに近い色の髪の色」を禁止していた。が、Xさんは金髪に染めて出勤。医院が指導すると髪色を戻したが、約1年後、今度はピンク色に染めて出勤した。そして院長の指導に対し、「ピンクにしてはダメとは言ってはないではないか」と、まるでコントのような反論をしている。

■ 交通費トラブル
Xさんは事務局に対して「最寄りの駅から交通費が出るって言ったから、今の家にしたんだ! こんななら1人暮らしをやめる!」とクレームをつけた。

さらに、院長とは別の理事に対して「私、何回も確認しましたよね? 最寄りの駅って言いましたよね?」と大声で詰め寄り、何度も「謝れ!」と執拗に謝罪を求めた。

理事がその場を収めるために「すみませんね」と言ったところ、「何だその言い方は!」と大声で吐き捨てた。驚くべきことに、これらXさんの発言は判決原文ママである。

■ 勤務中に医院内を写真撮影し、SNSに「ひま〜」と投稿した。

■ 患者から「Xさんの仕事が雑だったり乱暴だったりする...」というクレームがあった。

■ 早退をめぐる問答
以下、少し長くなるが、判決文から抜粋する。院長が診察室でカルテに記載していたところ、Xさんが次のように質問した。

Xさん
「午後、矯正の医師がいなくなって誰か余るんですけど(帰ってよいか)」

院長
「帰らないで」

Xさん
「え? 何で?」

院長
「シフトだから」

Xさん
「ええ?」

院長はカルテを書くことができなかったので「後にして」と答えた。院長はその後、別の仕事をして、診察室に戻ったところ、再びXさんが質問。

Xさん
「何でですか? 帰れない?」

院長
「何でじゃねえんだよ! 何でじゃないの。言ってることがおかしいんだよ。シフトというのがあるの」

Xさん
「え?」

院長
「帰らなくていいって言われたら帰らずにいてくださいってそういうことなの。な? 帰るのが当たり前みたいに言って、そういうの何度も説明してるよね。わかる?」

Xさん
「わかりません。言い方が悪いとかってこと?」

院長
「いや、言い方が悪いとかじゃなくて、だからあのー、帰るのが、さも当然かのように言ってるのが頭に来るのよ。ね、わかる?」

Xさん
「そんな言い方してないし」

院長
「ね、帰るのが当たり前じゃないんだよ。シフトなのに帰るのはおかしいでしょ!」

Xさん
「え?」

院長
「わかる? わかんないか」

Xさん
「そんな急にキレられても、それで人が余って(スタッフ同士が)しゃべって(診察中に暇を持て余して診察室内で談笑して)またうるさいって患者さんに言われる方が問題で」

院長
「シフトだから。うん、いい。もういいよ、向こう行って。向こう行って。ここではダメ」

■ 直接の対話を避ける
その4日後、Xさんが院長を無視する事件が発生。同僚と談笑していたXさんに対して、院長が「検温表を提出するよう」指導したが、Xさんはそのまま談笑を続けた。

さらに院長は「しゃべっている暇があるならもう検温表は提出したのか」と聞いたが、Xさんは答えずその場から立ち去った。

そしてついに、医院はXさんを解雇。

これに納得できないXさんは、解雇無効を求めて提訴した。さらに「院長の発言は不法行為にあたる」として慰謝料110万円の損害賠償を求めた。

裁判所の判断

Xさんの敗訴である。

■ 解雇について
裁判所は主に【検温表を提出しなかった】ことに焦点をあてて、解雇権の濫用とは言えないと結論づけている。具体的には「新型コロナウイルス感染症対策の重要性に鑑みると、Xさんが頑固なまでに長期にわたって検温表を提出しなかったことは、医院の存続を危ぶませるほどに悪質である」旨判断している。

筆者は、仮に検温表を提出しない一件がなかったとしても、解雇がOKになったのではと思う。昨今、髪色については比較的自由になってきているので、解雇理由になり得ない可能性があるが、▼「ひま〜」とSNSに投稿する▼早退が当たり前だと言わんばかりの発言▼上司を完全無視するなどの態度は、解雇を選択する合理的理由と言えると考えるからである。

■ 院長の発言は不法行為にあたる?
ちなみに、院長の「何でじゃねえんだよ!」発言について、裁判所は「OK」と判断している。その理由は、「(Xさんの言動は)あたかも院長の怒りをあえて惹起(じゃっき)させるかのように継続されたのであるから、院長の語気が多少強くなったとしても社会通念上不相当とは言えない」というものだ。

冒頭で述べたように、現在の法制度では解雇の要件が極めて厳しいので、裁判所は「解雇無効」と判断するケースが多い。しかし今回の裁判は、ここまでのレベルの不適正な社員であれば解雇がOKになることを示した一例である。参考になれば幸いだ。

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