「死刑なのに冤罪があり得るという非常に恐ろしい現実」『冤罪学』著者弁護士が語る「袴田事件無罪確定」が持つ“強い意志”とメッセージ

弁護士JP編集部

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「死刑なのに冤罪があり得るという非常に恐ろしい現実」『冤罪学』著者弁護士が語る「袴田事件無罪確定」が持つ“強い意志”とメッセージ
袴田さん再審無罪について見解を述べた西弁護士

静岡県で一家4人が殺害されたいわゆる袴田事件の再審(やり直し裁判)で9月26日、無罪判決を受けた袴田巌さん。8日には最高検察庁の畝本直美検事総長が控訴しないとし、晴れて無罪が確定した。1966年の事件発生から数え、58年。あまりにも理不尽で長い闘いの日々だった。

一度は死刑判決を下されながらの冤罪。結果は最善だったが、実質はどうだったのか…。裁判官は判決にあたり、証拠ねつ造も認定した。半世紀以上にわたり、法廷を揺るがした冤罪事件。「冤罪学」の著書もある西愛礼(にし よしゆき)弁護士に、今回の「無罪確定」の率直な評価を聞いた。

「ねつ造」をキーワードに正面から踏み込んだことに意義

事件発生から半世紀を超えた中で、ついに袴田事件の無罪が確定しました。率直な評価を聞かせてください。

西弁護士:裁判所が「ねつ造」をキーワードとして設定し、可能性にとどまらず事実として正面から踏み込んで認定した点に意義があると思います。

これは裁判官としても二度とこのような冤罪事件を起こさないために、司法として毅然とした態度をとったのだと思います。この無罪判決は強い意志とメッセージが含まれているように受け取れます。

検事総長の談話は問題であり、誤りを認めて謝罪すべき

裁判官が証拠の捏造を認めたこと等に対し、検事総長は控訴しないとしながら、証拠の科学的認定について「大きな疑念を抱かざるを得ません」と語るなど、不服をにじませています。

西弁護士:無罪判決確定にも関わらず、いまだに検察が袴田さんを犯人だと考え、検察の捜査・公判遂行に非がないことを前提とした談話の公表は問題だと思います。

検察の謝罪は、冤罪で袴田さんを苦しめたことへの謝罪ではありません。検証も捜査の過ちに対するものとは言っていません。無罪判決ときちんと向き合い、ねつ造や冤罪原因の検証を行ってそれを公表し、自らの誤りを認めてから袴田さんに謝罪すべきです。

原因検証等なければ、また冤罪事件は生まれる

「証拠は捏造」と裁判官が明言したことで、これまでも問題とされてきた警察、検察の捜査手法にメスが入り、健全化につながることになるでしょうか。

西弁護士:「過去に静岡で発生した事件」と矮小化されてしまい、原因検証や再発防止策の検討がされなければ、なにも変わりません。このままではまた同じような冤罪事件が生まれてしまうおそれがあります。

将来の冤罪を防止するために必要なことは、過去の冤罪事件から学び、その原因に対して再発防止策を講じることです。きちんと冤罪・袴田事件の教訓から学び、司法システムを改善することが重要です。

今回の無罪判決では、国民も「いつ自分が冤罪の当事者になるかわからない」と感じたと思います。私たちは冤罪に対してどう対処すればよいでしょうか。

西弁護士:犯罪の被害者と同様に、冤罪の当事者になることは予防できません。だからこそ、「決して他人事ではない」ことを知っていただき、自分ごととして冤罪を捉えて欲しいと思います。

人は間違えることもあります。そうである以上、それを正して救済するための司法システムをつくらなければなりません。再審法改正や人質司法解消のための立法が必要です。

「人の限界」をシステムでカバーすることも必要ということですね。冤罪に関して、一般の国民にできることはありますか。

西弁護士:市民は冤罪の当事者になるだけでなく、冤罪の形成に加担してしまうおそれもあります。例えば、推定無罪が及んでおり冤罪の可能性も存在するにもかかわらず、日本では逮捕された時点でその人が犯人と見なされ、ニュースがSNS等で拡散されて、それが裁判官・裁判員の “予断”を形成してしまうおそれがあります。どうかそういった危険性も踏まえてSNS等を利用していただければと思います。

今まさに歴史の転換点にある

いまも冤罪は多数埋もれているとされてます。今回の判決によって、すぐには警察・検察の体質は変わらないにしても、少しでも冤罪が減るきっかけとなるでしょうか。

西弁護士:死刑なのに冤罪ということがあり得るという非常に恐ろしい現実に、私たちは改めて直面することになりました。司法システムを変えていくためにも、このような冤罪自体に対する認知を広めることが必要です。

アメリカ、イギリス、台湾などの諸外国でも冤罪事件の発覚を契機として、冤罪を防止するための司法システムの改革が進みました。

日本もまさに今、そのような歴史の転換点にいると思います。

再審無罪判決が出ただけで自然に冤罪が減ることはありません。私たちが冤罪を自分ごととして捉え、その再発防止のために司法システムを改善することによって、冤罪を減らし、または冤罪の救済を容易にするような社会を自分たちでつくっていかなければならないと思います。

西 愛礼(にし よしゆき)
2014年一橋大学法学部卒業。 2016年裁判官任官、 千葉地方裁判所において刑事裁判に従事。2019年アンダーソン・毛利・友常法律事務所弁護士 (弁護士職務経験)。2021年裁判官を退官、しんゆう法律事務所弁護士 (大阪弁護士会)。 プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの弁護人を担当。 日本刑法学会、法と心理学会、イノセンスプロジェクト・ジャ パンに所属。
【著者論文 】 「冤罪の構図―プレサンス元社長冤罪事件 (1)~(4)」 季刊刑事弁護 111~114号 (現代人文社、2022~2023年)ほか。

  • この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
書籍画像

冤罪学 冤罪に学ぶ原因と再犯防止

西 愛礼
日本評論社

これまでに明らかになった冤罪の原因、司法の構造的分析とその解決、救済を丹念に解析した『冤罪』構造を知るために必読の書。

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