「吉祥寺駅北口の駐輪場」売却問題 土屋元市長の請求を棄却し、松下前市長の正当性を認める地裁判決
10月10日、元武蔵野市長によるJR吉祥寺駅北側の駐輪場用地の売却をめぐって行われた住民訴訟で、東京地裁は「競争入札を行わなかったことは不当」「売却の値段が安すぎる」などの原告の主張を棄却する判決を言い渡した。
2021年に武蔵野市と民間企業が「土地交換」
本訴訟の原告は1983年から2005年まで武蔵野市長を務めた土屋正忠氏と、有限会社「五宿不動産」および同社の代表取締役の山本徹氏。
被告は小美濃安弘・現武蔵野市長とされているが、提訴時には松下玲子市長(当時)が不当な取引によって市民に損害を与えたとして、損害賠償を請求していたところ、昨年12月の選挙で市長が変わったことから、「松下前市長へ請求することを小美濃市長に求める」と変更された。請求額は約9億9000万円。
本訴訟で問題となっている土地は、下記の3つ。
(A):株式会社「レーサム」が2018年6月から所有。吉祥駅北口から徒歩1分。
(B):土地Aの東に隣接する。元は駐輪場。2021年10月、武蔵野市がレーサムに売却。
(C):吉祥駅北口から徒歩3分。元は駐車場。2021年8月、武蔵野市がレーサムから購入。
土地Aは幅が東西に約6メートル、南北に約24メートルと狭い。土地Bも幅が東西に約12メートル、南北に約24メートルと、やや狭い。また、土地A・Bが面する公道の道幅も約3メートルであり、どちらの土地も単独では活用することが難しかった。
武蔵野市は土地Bを売却し土地Cを購入する「土地交換」をレーサムと行う。これにより、レーサムは土地Aと土地Bを合わせて有効活用することが可能となった。なお、土地Cには新しく駐輪場が建設される予定だ。
「売買契約の正当性」「売却価格」が争点に
地裁判決後、原告と被告はそれぞれ記者会見を行い、両者の主張を語った。
本訴訟の争点の一つは、売却契約の正当性について。
原告は、土地Bの売却が、2社以上に値段を提示させて最も条件のよい相手との契約を結ぶ「競争入札」ではなく、あらかじめ定められた相手と結ぶ「随意契約」であったことを問題視している。
「本来なら2社・3社と比較して、高い方に売るのが当たり前。松下前市長は、市民の財産を有効に活用する努力をしなかった」(土屋元市長)
また、売却価格も争点となった。市が依頼した不動産鑑定士は、土地Bの価格を1坪あたり524万円と鑑定。ただし、レーサムが所有する土地Aの隣接地であることから「限定価格」となり、実際には1坪あたり1078万円(約9億2000万円)で売却された。
原告は、当初の鑑定は土地の価値を不当に安く見積もっており、1人の不動産鑑定士のみにしか鑑定を依頼しなかったために不適切な価格になったと主張する。土屋元市長は鑑定価格について「吉祥寺の駅前の土地でそんな安い値段はあり得ない」、2倍以上になった実際の売却価格についても「それにしたって安い」とコメントした。
さらに、武蔵野市が購入した土地Cは駅から徒歩3分であり、土地Bに比べて2分ほど駅から遠くなっている。容積率(敷地面積に対する建物の延床面積の割合)も土地Bは約600%であるのに対し土地Cは約300%だという。
「近くの土地を売って、遠くの土地を購入した。財産価値は下がり、容積率も下がったので駐輪台数は少なくなる。ばかげた、市民感覚から離れた取引だ」(土屋元市長)
また、今回の判決について「『吉祥寺』は新宿以西でいちばん人気のある街。裁判官は土地の評価を適切に理解していない」と、土屋元市長は不満をこぼした。
原告側は控訴する意向だ。
前市長「裁判官は原告の主張を一切認めなかった」
一方、松下前市長は判決について「裁判所は原告の主張に一切の正当性を認めず、100%被告の勝ちとしていることが特徴です」と語る。
随意契約で売却した点について、判決では地方自治法に基づき「地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合」や「売却の性質や目的が競争入札に適しない場合」にあたるため違法ではない、と判断された。
「常識的に考えても、隣地の所有者に売るからこそ、高額な『限定価格』にすることができた。
もし一般競争入札にかけていた場合、正常価格の約4億5000万円を最低金額にして入札せざるを得ないから、9億円よりも低い価格で落札されてしまう可能性があった。随意契約こそが、より高額で売却できる適切な契約方法であることは、誰の目にも明らかだ」(松下前市長)
また、土地の鑑定そのものは1人の不動産鑑定士のみが行ったが、その鑑定を参考にして正式に売却価格を決定する際には、複数の不動産鑑定士を含む委員らによる、市の財産価格審議会が開かれたという。
過去に本件について行われた監査請求においても、監査委員は「価格算定は適法であった」と評価している。今回の判決でも「売買契約を締結した松下前市長の判断は、裁量権の逸脱・濫用にはあたらない」とされた。
原告は前市長の「暴走」と主張するが…
原告は「今回の土地売買について、松下前市長は市民や議会への適切な周知・報告を怠ってきた」と主張している。また、土屋元市長も関わる「武蔵野市民の財産を守る会」が2022年に作成・配布したチラシでは「暴走、松下市政」と表現されている。
一方で、松下前市長は「決して暴走などではなく、丁寧に議会に報告しながら進めている」と反論する。2021年5月に市議会で行政報告を行った際にも反対意見はなく、当時は市議会議長を務めていた小美濃現市長からも「民間事業者との土地交換的手法を用いたまちづくりはウィンウィンの関係」「やるならスピード感をもって進めてほしい」と言われたという。
判決でも「本件各売買契約の立案・決定・準備の各段階において、市民や市議会に説明を行うなどしていた」と判断されていた。
背景に「近鉄裏」と「放置自転車」の問題
土地A~Cが位置する吉祥寺駅北口・東側は、旧「近鉄百貨店東京店」(現「ヨドバシカメラ」)の裏手に位置することから「近鉄裏」と呼ばれている。
そして、近鉄裏は風俗店やラブホテルも立ち並ぶ歓楽街だ。子育て世代も多い武蔵野市では、街の「顔」ともいえる吉祥寺駅のすぐ近くに歓楽街があることは、以前から市民には歓迎されていなかった。
市側はこの地域に公民館や図書館を設置することで、新規店の設置を不可能にするなどの対策を講じ、ピーク時には90件ほど存在した風俗店も徐々に数を減らしていったが、依然としてまちづくりの課題になっている。
「土地売買により、治安が悪く雑然としている近鉄裏の開発が進むと、多くの市議員が賛同した」(松下前市長)
また、武蔵野市は1991年には放置自転車数が1日に約4000台あり、全国ワースト1位となっていた。市は対策に取り組み、2022年には1日に約80台にまで減少。吉祥寺駅周辺に多数の駐輪場が設置されていることも、対策の一環だ。
松下前市長は、放置自転車対策が進んだ現在となっては駐輪場の重要性は低くなっているとして、駐輪場用地を民間企業に売却した合理性を強調した。
「自転車がただ置かれているだけの建物が駅前の超一等地に存在することが、まちづくりにとってどんな影響を与えるか、考えてみてほしい。現在は土地の利用を新たに考える段階だ」(松下前市長)
松下前市長によると、今回の土地売買は、2021年11月の武蔵野市長選挙の際に突如として問題視されたという。
「元市長が裁判まで行っているのは、『松下(前)市長にはどこか問題があるのではないか』と市民に疑いを持たせることを目的とした、意図的で猜疑的な攻撃だ。こうした攻撃は、政治そのものの信頼感を失わせることになるのではないか。
原告らの主張をすべて明確にしりぞけた今回の判決を正面から受け止め、市政を混乱させて私の名誉を毀損する攻撃をこれ以上行わないように、強く求める」(松下前市長)
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