営業日報「提出命令」に従わない社員を“解雇”も…裁判に訴えられ、会社が「敗訴」「慰謝料10万円」を命じられたワケ

林 孝匡

林 孝匡

営業日報「提出命令」に従わない社員を“解雇”も…裁判に訴えられ、会社が「敗訴」「慰謝料10万円」を命じられたワケ
営業日報は本来、毎日提出しなければならないものだったが…(miyuki ogura / PIXTA)

営業のXさんが営業日報を4か月も提出しない...。

重要業務を怠っているので解雇はOK…かと思いきや、裁判所は「ダメ(=無効)」と判断した。(東京地裁 R6.5.30)

以下、事件の詳細を解説する。

事件の経緯

会社は、冷暖房装置の製造販売などを行う会社で、解雇されたXさんは営業担当の社員である。

冒頭の1件で、会社はXさんに対して「けん責処分」を出し、その約6か月後に懲戒解雇した。経緯は以下のとおりだ。

■ けん責処分(令和2年12月15日)
Xさんは、毎日の営業活動について提出すべき営業日報を、約4か月も提出しなかった。所長から何度も提出を命じられたにもかかわらず、聞く耳を持たなかったのだ。Xさんが営業日報を提出しなかった理由は「次長からパワハラを受けているとの認識を持っていた」というもの。

■ 社内に公示
会社は、Xさんをけん責処分にした旨を社内に公示した(4日間)。この会社の就業規則には「懲戒は原則として社内に公示する」と定められていたからである。

■ 解雇
約5か月後(令和3年5月18日)、会社はXさんに「5月末までに自主退職に応じない時は、6月1日付で懲戒解雇にする」と通告し、諭旨解雇(ゆしかいこ:会社が労働者に退職届の提出を勧告し、提出させたうえで解雇する処分。懲戒解雇の次に重い)した。この会社の運用は不明であるが、一般的には諭旨解雇に応じた場合、退職金が出るケースが多い。

なお、会社が挙げた解雇事由は以下のとおり(一部抜粋)。

・営業日報の不提出
・こまごました業務命令違反
・社内で決められた粗利以下で販売したこと
・クレームを放置していた...etc

■ 社内に公示
会社は、Xさんを諭旨解雇にした旨を社内に公示した。掲載内容は、Xさんの名前、懲戒処分対象行為の項目などである。

■ 懲戒解雇
Xさんが諭旨解雇に応じなかったため、約2週間後(6月1日)、会社はXさんを懲戒解雇とした。

解雇に納得できないXさんは提訴し、解雇無効を訴えた。さらに「社内で公示したことは不法行為にあたる」として慰謝料も請求した。

裁判所の判断

裁判所の判断を順に解説する。

■ けん責処分
裁判所は「けん責処分はOK」と判断した。理由は、日報が提出されないとXさんの営業活動の管理が困難となり、そのような状況になることをXさんは営業担当社員として当然に認識してしかるべき、というものである。

■ 社内に公示(けん責処分について)
さらに社内での公示についても裁判所は「問題なし」とした。理由は、就業規則に基づいているし、公示期間も4日程度だったというものである。たとえXさんの名前が掲載されてていたとしても問題ナシと判断されている。

■ 解雇
裁判所は「解雇はダメ(=無効)」と判断した。たしかに以下の懲戒事由があるにせよ、解雇は社会通念上相当とは言えない、というものだ。順に解説する(一部抜粋)。

・営業日報を提出しなかったこと
裁判所は「この会社の企業活動において日報を提出することが重要であることに照らせば、営業日報を提出しなかったことは懲戒事由にあたる」と認定している。

・低粗利での販売 vol.1
会社では粗利7%未満で販売する際には上長の承認を得ることになっていたが、Xさんは所定の手続きを経ずに粗利4%で販売した。この行為について裁判所は「懲戒事由にあたる」としたものの「解雇を基礎づける懲戒事由にあたるほどの非違行為とまでは言いがたい。けん責処分を基礎づける懲戒事由にとどまる」と判断した。

・取引先への売上計上や注文の発注を忘れていた
これについても裁判所は、上記と同様「けん責処分を基礎づける懲戒事由にとどまる」との認識を示している。

・低粗利での販売 vol.2
Xさんは、次長から「13%以上の粗利率を確保するように」との指示を受けていたにもかかわらず、次長の確認を得ないまま、粗利率3%程度で取引を行った。この低粗利の販売については「懲戒事由に該当する」とされた(懲戒事由のレベルについては言及なし)。

裁判所は、上記の事実などを認定したが、「解雇は社会通念上相当とは言えないのでダメ(=無効)」と判断した。理由は以下のとおりだ。

・営業日報を提出しなかったことについては、日報の重要性や不提出の期間(4か月以上)などに照らせば企業秩序に与えた影響は小さくない
・しかし、その他のXさんの非違行為については、企業秩序に重大な影響を与えたとまでは認められない
・けん責処分からわずか6か月足らずのあいだに解雇している
・減給や出勤停止といった軽い懲戒処分を講じるなどして勤務態度の改善を図る措置をとらなかった

■ 社内に公示(解雇について)
そして、裁判所は、解雇した旨を社内に公示したことについて「慰謝料10万円を払え」と会社に命じた。理由は、たとえ就業規則に基づいて公示が行われたとしても、Xさんが諭旨解雇に処せられるべき非違行為を行ったという真実に反する事実が社内で公表され、Xさんの社会的評価を低下させているので名誉毀損にあたる、というものである。

最後に

営業担当が営業日報を4か月も提出しないという非違行為をしたにもかかわらず解雇できない、というのは会社からすれば納得できない判断かもしれないが、けん責処分からいきなり解雇と、やや飛び越えた決断をしたことが問題だったと思われる。解雇を考えていたとしても、マイルドな処分(減給や出勤停止など)を積み重ねていくことが大切だということだろう。

取材協力弁護士

林 孝匡 弁護士
林 孝匡 弁護士

【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。 HP:https://hayashi-jurist.jp X:https://twitter.com/hayashitakamas1

所属: PLeX法律事務所

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