政府がPRする「マイナ保険証のメリット」は“ミスリード”? 14名の弁護士が指摘…見落とされている「5つの法的問題」とは

弁護士JP編集部

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政府がPRする「マイナ保険証のメリット」は“ミスリード”?  14名の弁護士が指摘…見落とされている「5つの法的問題」とは
(左から)「地方自治と地域医療を守る会」赤石あゆ子弁護士、小島延夫弁護士、山岸良太弁護士(10月18日 東京都千代田区/弁護士JP編集部)

現行の保険証を廃止して保険証の機能をマイナンバーカードへ統合する「マイナ保険証への一本化」が12月に迫る中、14名の弁護士で組織する「地方自治と地域医療を守る会」が18日、都内でマイナ保険証の「法的問題点」を訴える会見を行った。

会見では、マイナ保険証の「メリット」として政府が強調する「医療DX」にマイナ保険証が必須ではなく、デジタル化の目的にも反するとの説明がなされ、5つの「法的問題点」が指摘された。

※医療DX:保健・医療・介護の各段階で発生する情報やデータを、クラウドなどを通して、業務やシステム、データ保存の外部化・共通化・標準化を図り、より良質な医療やケアを受けられるように、社会や生活の形を変えること(出典:厚生労働省

マイナ保険証の5つの「法的問題点」

「マイナ保険証への一本化」の方針は、2022年10月に当時の河野太郎デジタル担当相が発表したものである。

それ以来、さまざまな面から問題が指摘されており、「メリット」に関するデジタル担当大臣等の政府当局者による説明も二転三転している。当初は「デジタル化による利便性」がPRされたが、医療現場でのトラブルや事務負担の増大や混乱等が報じられるようになると、その後、数値的根拠を示さないままに「なりすまし防止」「不正利用防止」ないしはその「可能性」が強調されるに至っている。

では「法的問題点」についてはどうか。「地方自治と地域医療を守る会」代表の小島延夫弁護士は「具体的な問題状況が必ずしも解明されていない」と述べたうえで、以下の5つの問題点を指摘する。

小島延夫弁護士(10月18日 東京都千代田区/弁護士JP編集部)

【問題点①】地方自治の侵害(憲法92条~95条違反)
健康保険業務は市区町村のきわめて基本的な業務であるにもかかわらず、地方自治法制上求められている協議が行われないまま、一方的に定められてしまった。

【問題点②】国民皆保険制度・マイナンバーカードの任意取得の原則との抵触
任意取得のマイナンバーカードを、全員が加入している健康保険の保険証として使うことは制度的に矛盾が大きい。国民皆保険制度の下、マイナ保険証への「一本化」によりマイナンバーカードの取得を事実上強制することになり、マイナンバーカードの任意取得の原則に反する。

【問題点③】マイナンバーカードの制度との矛盾
マイナンバーという秘密情報・個人情報が記載されたカードに、個人情報を示すための機能を統合するのは制度として矛盾している。

【問題点④】保健医療機関に対し、オンライン資格確認に応じることとその体制を整備することの義務付けを、閣議決定と「省令」により行った。これは、国民に義務を課する法規範は国民代表機関である国会が定める「法律」でなければならないという「国会中心立法の原則(憲法41条)に反する。

【問題点⑤】国民の医療アクセス権(憲法13条)侵害のおそれ
医療機関にオンライン資格確認への対応を強制することは、医療機関に無駄で高い負担を強いるものとなっており、地域医療が崩壊し、国民の速やかに医療サービスを受ける権利(医療アクセス権)が侵害されるおそれがある。

人権保障・民主主義を“根底から”揺るがす「憲法41条違反」

このうち、「【問題点④】国会中心立法の原則(憲法41条)違反」については、その重大性が弁護士等の法曹関係者や法学部生等以外の人にとってイメージしにくいかもしれない。

小島弁護士は、国民の人権保障と民主主義・三権分立の観点から、憲法41条の重要性を説明した。

小島弁護士:「中世以前の政治体制では、 君主が『お前はこうしろ』と決めれば国民の権利義務を変動させることができてしまっていた。それでは人権が著しく侵害される。

憲法41条は、そのようなことがないように、国民の権利を制限し義務を課するには、国会という選挙で選ばれた国民の代表がいる場でしっかり議論をして、『法律』という形で定めなければならないとしたものだ。

そういう形になっているのに、国会で法律を制定するプロセスを経ずに、政府が勝手に『閣議決定』『省令』で義務を課するのは、民主主義・三権分立を根底から揺るがすものであり、きわめて大きな問題だ」

なお、補足すると、国会中心立法の原則の例外として、法律による政令・省令等への「委任」は認められている。しかし、判例・学説上、その委任の程度は一般的・抽象的なものでは足りず、「相当程度、個別具体的」なものであることが要求されている(最高裁昭和49年(1974年)11月6日判決等参照)。

誤解を招く政府の「マイナ保険証のメリット」の説明

続いて、小島弁護士は、政府が公式にPRするマイナ保険証のメリットとされる「医療DX」の実現にとって、マイナ保険証が必須ではないことを指摘した。

厚生労働省のマイナ保険証の解説ページ「マイナンバーカードの健康保険証利用について」を見ると、以下のように記載されている。

「顔認証付きカードリーダーを利用することで、これまでよりも正確な本人確認や過去の医療情報の提供に関する同意取得等を行うことができ、より良い医療を受けることができます」

小島弁護士:「マイナ保険証はあくまでも被保険者であることの資格確認のために使用されるだけのもの。

医療機関への医療情報の提供は、資格確認に続いて行われる医療情報の提供に関する『同意確認』で同意した場合に発生する効果にすぎない。そのためにマイナ保険証は必須とはいえない。

また、医療情報はマイナンバーカードでアクセスする『マイナポータル』に記録されているわけではない。同意によって、医療機関が保有する電子カルテ情報にアクセスできるようになるだけだ。マイナ保険証である必要はない。

政府がそれを『マイナ保険証の効果』として説明するのは、誤解を招くものだ」

「デジタル化の目的」に反するとの指摘

また、マイナ保険証への一本化が、デジタル化の目的に反することも指摘された。

小島弁護士:「本来、デジタル化は、誰もが便利になるようにするためのものだ。

その目的のなかには当然、デジタル化の中で取り残される人、困る人がないようにすることも含まれる。

マイナ保険証に一本化して、現行の健康保険証を廃止するとなると、これまでプラスチックまたは紙の保険証があれば医療サービスを受けられた人が不利益をこうむり、極めて大きな問題が発生する。これはデジタル化の目的にも反する」

現状では、マイナンバーカードを持たない人や、持っていても健康保険証との紐づけをしていない人もいる。そこで、当面の間、「資格確認書」が交付されることが決まっている。しかし、小島弁護士は、このしくみについても問題が大きいという。

まず、マイナ保険証に統合していない人が事実上、被保険者の資格確認を受ける手段を失うリスクが生じると指摘する。

小島弁護士:「従来、健康保険証が自動的に送られるしくみがとられているのに、それが送られてこなくなる。

法令上、『資格確認書』を交付してもらうには自分から申請しなければならなくなる。

いざ病気にかかった時になって申請を出しても、間に合わない可能性がある。そういう人は非常に困ることになるので、不都合を回避するためにも『資格確認書』は申請の有無にかかわらず全員に発行するという制度にすべきだ。

ただし、そうなると、健康保険証を廃止せず残せばいいことになる」

市区町村の事務負担・費用負担増大の問題

それに加え、「マイナ保険証」と「資格確認書」の「二本立て」となれば、事務負担や費用負担が著しく増大すると指摘する。

小島弁護士:「法令上、『資格確認書』の発行は、マイナ保険証に紐づけしていない保険加入者に限って、かつその保険加入者の求めに応じて、行われることとされている。

他方で、マイナ保険証にしている人には『資格確認のお知らせ』という紙を発行することになっている。

しかし、『資格確認書』『資格確認のお知らせ』の発行事務を担当する市区町村は、誰がマイナ保険証への統合をしていて、誰が統合していないかの情報を持っていない。

もし国から情報の提供を受けられたとしても、これまで機械的に全員に健康保険証を送っていたものを、2通りに区別して送らなければならないので、システムの改修に費用がかかり、事務負担も煩雑になる」

深刻な「個人情報保護」「情報プライバシー権」の問題

このほかに、個人情報保護法制に詳しい赤石あゆ子弁護士から、「個人情報保護」「情報プライバシー侵害」の観点からのリスクに対する懸念が強く示された。

赤石あゆ子弁護士(10月18日 東京都千代田区/弁護士JP編集部)

赤石弁護士:「医療情報は誰にとってもセンシティブな情報だ。

特に、外から見えない精神疾患、発達障害、あるいは性病の検査の履歴といった情報は秘密にしたいというニーズが非常に強い。

ところが、マイナ保険証で本人確認をする際に行われる『医療情報提供に関する同意確認』のしくみでは、同意が一括して与えられてしまう。

誤って『同意する』のボタンを押したら、前の画面に戻って撤回することができない。しかも、医療機関の内部で情報を見ることができる人の範囲も限定されていない」

マイナ保険証への一本化については、政府・与党の立場も決して「一枚岩」ではないと考えられる。現に、石破首相も、自民党総裁選の段階で、一本化の見直しの余地があることに言及していた。しかし、石破内閣が発足した直後、石破首相は会見でその点について一切触れなかった。また、新たに就任した平将明デジタル担当大臣は、一本化の方針を「堅持する」と述べた。しかし、その必然性について、数値的根拠を示すことも含め、十分な説明が尽くされているとはいえない。

マイナ保険証の問題点はさまざまな視点から指摘されているが、今回の会見で指摘された「法的問題点」は十分に周知されているとはいえない。曲がりなりにも「法治国家」を標ぼうするわが国において、マイナ保険証への一本化がどのような事態をもたらすのか、法的観点からの検証と問題点をクリアにしていくことは欠かせないだろう。

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