“知能が高い”から「タコ」を保護するのは差別的か? 欧米で進む「動物福祉」の背景にある思想

弁護士JP編集部

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“知能が高い”から「タコ」を保護するのは差別的か? 欧米で進む「動物福祉」の背景にある思想
タコは「海の賢者」と呼ばれるほど高い知能を持っているが…(Andrea Izzotti / PIXTA)

9月27日、アメリカ・カリフォルニア州でタコの養殖を禁止する法律が成立した。背景には、動物が受ける不要な苦痛を減らすことを目指す「動物福祉」の考え方がある。一方、タコの「知能の高さ」も禁止の理由に関わっている点に対し「知能が高い存在をそうでない存在よりも優遇するのは差別的だ」との声も上がっているが……。

カリフォルニア州やワシントン州で法律が成立

カリフォルニア州の法案は米下院議員のスティーブ・ベネット氏が提出。超党派の賛成多数で可決され、ギャビン・ニューサム知事が承認した。タコの養殖のみならず、養殖によって生み出されたタコを事業主や経営者が販売・所有・輸送することも禁止される。

報道によると、ベネット氏は「もともと群れる習性のないタコを捕らえて繁殖させようとするのは不適切であり、動物虐待とさえ言える」とコメントしたという。

また、ワシントン州では今年3月にタコの養殖を禁止する法律が成立し、6月から施行されている。ハワイ州でも同様の法案が審議中だ。

これらの法案の背景にあるのは「人間による動物の利用そのものは否定しないが、その過程における動物にとっての苦痛やストレスをできるだけ少なくする」ことを目的とする、「動物福祉」の理念だ。

動物福祉の基本は「3つのR」と「5つの自由」

倫理学者の伊勢田哲治教授(京都大学)によると、動物福祉の理念は1950年代以降、動物実験や畜産など動物を利用する産業内での改善運動として登場した。

当初はそれほど大きな運動とならなかったが、1970年代から80年代にかけて人間による動物の利用そのものを否定する「動物の権利」運動が登場したことで、動物の利用を継続したいと望む産業側の対抗として「動物福祉」運動も盛んになったという。

動物福祉では、動物にとってどのような状態が苦痛やストレスになるか、またそれらの苦痛やストレスをどうすれば軽減できるかに関する、生理学や動物行動学など自然科学分野の知見が重視される。

たとえば、動物実験においては、削減(reduce)・洗練(refine)・代替(replace)を通じて実験に使う動物の数や苦痛を減らすことを目指す「3つのR」が基本理念とされる。

また、畜産においては「5つの自由」(飢え・渇きからの自由、不快からの自由、痛み・負傷・病気からの自由、恐怖・抑圧からの自由、正常な行動をする自由)の理念が存在する。動物園やコンパニオン・アニマル(犬や猫などのペット)に関する動物福祉についても、「5つの自由」の理念が拡充・応用されている。

カリフォルニアでは住民投票で規制が実現してきた

世界的にみても、カリフォルニア州では動物福祉に関して厳しい規制が行われている。

規制の成立にあたっては、住民投票による立法が主導的な役割を果たしてきた。2008年には「提案2号」と呼ばれる住民投票が行われ、子牛、ニワトリ、ブタなどが自由に体の向きを変えられる程度の面積を確保しない畜産の禁止が支持された。

2018年には「提案12号」により、ケージなどの大きさについてより具体的な数値基準が定められ、それを下回る広さでの飼育が禁止された。提案12号に対しては養豚業界から「不当な規制である」として提訴がなされたが、連邦最高裁判所は「合憲」との判断を下している。

「議会によって立法しようとすると、どうしてもロビー活動などの影響力が強くなり、畜産業のように大きな業界団体の利益に反する立法は困難になると思います。

住民投票で立法を進めることができる制度が存在するという点は、カリフォルニアでの取り組みの大きな強みだと考えます」(伊勢田教授)

なお、今回のタコ養殖禁止法が住民投票ではなく議会で可決された点については、「通常の畜産業とは異なり、タコの養殖については議会に影響力を持つ業界団体が存在しないことが作用しているのだろう」と伊勢田教授は推察する。

ヨーロッパでも動物福祉の取り組みが進んでいる

動物福祉に関する規制が進んでいるのはカリフォルニア州に限らない。

歴史的に動物愛護運動の発祥の国であるイギリスでは、現在でも動物福祉に関する法制が充実している。また、近年ではEUが動物福祉の取り組みを先導しており、「EU規則」や「EU指令」という形で規制が次々に導入されている。これらは単なる勧告と違って拘束力を持つものであるため、影響力は非常に大きい。

例を挙げると、採卵用のニワトリの飼育に用いられてきた「バタリーケージ」は、きわめて狭くニワトリが身動きを取れないなどの問題から、2012年に原則全面禁止となった。また、動物の輸送についても、福祉に配慮する形でのEU規則の修正が2023年に提案された。

一方で、日本では、現在でも畜産動物の福祉に関する規制はほぼ存在しないという。

ニワトリの「バタリーケージ」は世界的に問題視されている(leone/PIXTA)

知能が高い動物を保護するのは「優生思想」?

近年、タコの養殖を禁止する法律が成立している背景には、タコの知能・知性に関する研究が進んだことも影響している。

8月24日には、全米レベルでのタコ養殖禁止法を求める書簡がアメリカの学術雑誌『サイエンス』に掲載された。同書簡の筆頭署名者であり、環境に関する科学や政策を研究するジェニファー・ジャクエット教授(マイアミ大学)は、「日テレNEWS」の取材に対し「タコの知性はたくさん記録されている」などの回答を行っている。

タコに限らずクジラ・イルカの保護運動をはじめとして、動物福祉や動物の権利が関わる場面では、動物の「知能」や「知性」が重視されることが多い。一方で、「『知能が高い』という理由で特定の動物を保護するのは差別的な考え方だ」との批判も根強い。

今回のカリフォルニア州の法案についても、日本のネット上では批判の声が目立っている。X(旧Twitter)では、ナチス・ドイツが支持したことなどで知られる、「生きるに値する生命」とそうでない生命を区別する「優生思想」との類似を指摘する投稿も拡散された。

なぜ、苦痛を減らすことを目指す動物福祉の考え方に「知能」や「知性」が関わるのだろうか。

知性や知能は「欲求」と関連する

伊勢田教授は「『知能の高さ』は『福祉』と密接に関係する」と指摘する。

「福祉をどう定義するかについてはいくつかの考え方がありますが、少なくとも『欲求が満たされること』が福祉の重要な要素である点は、どの立場からも認められます。

そして『どういう欲求を持つか』は『自分の周りの世界を解釈する能力』、つまり知能や知性と密接に結びつきます」(伊勢田教授)

たとえば、「家族と一緒にいたい」「好きな相手といたい」という欲求は「家族」や「好きな相手」を認識していなければ持ち得ない。また、「死にたくない」という欲求も、「死」という概念を理解しなければ持ち得ないだろう。

動物福祉では「狭い場所に閉じ込めること」が問題になる場合が多い。そして、知能が高い動物のほうが「閉じ込められたせいで満たされなくなった欲求」のリストが長くなり、それだけ閉じ込められることによるマイナスも大きくなる、と考えられる。

タコの場合、他の多くの動物と同じように苦痛や精神的ストレスを感じるため、「苦痛やストレスを抱きたくない」という欲求を持つことになる。それに加えて、タコは好奇心が強くさまざまな遊び行動をすることが判明しているため、狭い場所に閉じ込められると「遊びたい」「自由に行動したい」といった欲求も犠牲になると推察される。これらの欲求がタコの知能や知性と関係している、ということだ。

「種差別」との批判を回避するためには「理由」が必要

上記の、福祉と欲求に関わる問題のほかにも、動物の知能や知性が重視される背景には「そもそもなぜ人間は他の動物を利用していいのか」「なぜ人間だけが人権で保護されるのか」などの根源的な問いが存在するという。

「動物の権利運動では、『生物種が違う』というだけの理由で人間と動物を別扱いすることを『種差別』と呼び、人権と同様な『動物の権利』を認めるよう求めて来ました。

ここで、動物の権利運動に反論するため『種差別は別にかまわない』と主張するなら、動物の権利運動の側からは『では人間と動物の間のどんな違いが、種差別を正当化するのか』と聞き返されることになります。

このとき、答え方に注意しなければ、人種差別や女性差別、障害者差別などを容認するような理屈を持ち出すことになってしまうのです。たとえば「善悪が理解できない動物は道徳的に配慮する必要がない」と答えると、「じゃあ認知症などのために善悪が理解できなくなった人も配慮する必要がないのか」と反論されてしまいます。

論争の結果、ほとんどの哲学者は『種差別を正当化しようとする議論はうまくいかない』という結論に合意しています」(伊勢田教授)

人間にだけ人権があって他の動物に同様の権利がない理由を説明しようとして多くの人が持ち出すのは、「人間は何らかの心的能力において他の動物より優れているからだ」という答えだ。

「何らかの心的能力」という根拠によって動物の利用を正当化しようとする場合、特定の生物種(タコやイルカなど)が同様の心的能力を持つことが示されたなら、論理的には、それらの生物種も権利を持つと見なさなければならない。

「こう考えるなら、タコの養殖を禁止するのは、むしろ全体としての畜産業の正当化の論理とつながっているという見方もできます。人間やタコがある心的能力を持ち、家畜がそれを持たないことが示されるなら、家畜を飼育しつづける正当化にその心的能力が利用できるためです」(伊勢田教授)

タコ以外の動物を放っておいてよいのか?

そもそも、知性や知能は「有る/無い」で線が引けるようなものではない。程度は異なれど、多くの動物が知性を持っている。ジャネット教授も「ブタやウシ、ニワトリなど大量生産される動物にも知性はある」と認めている。

しかし、ブタやニワトリとは異なり、タコの養殖については産業システムが未発達だ。「世界的な産業になる前に介入できる今こそが、またとないチャンスなんです」とジャネット教授はコメントしている。

この発想は「救うことが可能な対象だけでも救える」という点で現実的・合理的な一方で、すでに大量生産されている動物たちを“放っておく”ものであるようにも思えるが……。

伊勢田教授は「人間の認識は少しずつしか変わっていきません」と語る。

「認識が変わっていないなかで、急に既存の大規模産業を禁止しようとしても『理不尽な規制だ』としか思われず、反発や反目を生んで終わるだけだと思います。

今回のタコ養殖禁止の法律は、おそらく、タコや他の動物に対する人々の認識を少しだけ変えるでしょう。

また、EUで導入されているさまざまな規制も、EUや周辺における畜産業についての認識のあり方を少しずつ変えていると思います。

そうして認識が変わることが、今度は、次の段階の規制のための足場になっていくでしょう。

つまり、ブタやニワトリなどの家畜・家禽(かきん)たちも放っておかれているわけではありません。状況は急には変わらないため、継続的な取り組みが必要だということです」(伊勢田教授)

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