「実質賃金の上昇だけでは不十分」連合のシンクタンクがフォーラム開催、賃上げや雇用の在り方議論

弁護士JP編集部

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「実質賃金の上昇だけでは不十分」連合のシンクタンクがフォーラム開催、賃上げや雇用の在り方議論
オンラインで開催されたフォーラムには、130人以上が参加した(Zoomウェビナー画面より)

10月26日投開票の衆院選では自民党・公明党の与党が過半数を割る結果となった。

一方、労働組合の中央組織・連合の支援を受けた立憲民主党と国民民主党の両党は議席数を伸ばした。

特に、7議席から28議席に増やした国民民主党をめぐっては、政権運営の継続を目指す自民党と、政権交代を目指す立憲民主党の双方が連携を呼びかけていることが報じられている。

そうしたなか、連合のシンクタンクである、連合総合生活開発研究所(連合総研)は29日、 2024〜25年度の「経済情勢報告」を発表。同日、オンラインで開催された「第36回連合総研フォーラム」には130人以上が参加し、賃上げや労働環境、雇用の在り方について、議論が行われた。

日本経済「回復基調も、賃金や消費停滞など課題」

冒頭、連合総研の神津里季生理事長が「来年の春闘を見据えつつ、経済の好循環のためにも、このフォーラムでの提言や議論が広がることに期待したい」とあいさつ。

その後、東京大学名誉教授で連合総研の経済社会研究委員会主査を務める吉川洋氏が「日本経済の現状と課題」をテーマに基調講演を行った。

吉川名誉教授(Zoomウェビナー画面より)

吉川氏は現在の日本経済について、「コロナ禍での落ち込みから基本的に回復基調にある」と評価。そのうえで、今後の課題について、以下のように語った。

「賃金はようやく上がり始めましたが、『どれだけの期間賃上げが持続するのか』と、『物価の上昇率を実質賃金が上回っていけるか』に注目する必要があります。

また、実質賃金の動向は生産性に大きく依存しているため、それをいかにして上昇させるのかも、日本経済の大きな課題です。

さらに、年金・医療・介護といった将来への不安や、賃金の伸び悩みが続いたことによる消費の停滞も、日本経済の抱える構造的な問題になっています」

個人消費の推移(内閣府「月例経済報告等に関する関係閣僚会議資料(令和6年10月29日)」より)

「労働者への分配増が必要」

基調講演の後にはパネルディスカッションが行われ、 日本経済研究センター研究顧問の齋藤潤氏、お茶の水女子大学基幹研究院教授の永瀬伸子氏、慶応義塾大学経済学部教授の太田聰一氏が登壇。

齋藤氏からは今後の賃上げの在り方について、提言があった。

「2024年春闘は、昨年の春闘を上回る高い賃上げの実現につながりましたが、中小企業や非正規の賃金はそこまで伸びませんでした。よって、雇用者1人当たりの平均賃金は依然として、物価上昇率を下回ってしまっています。

だからといって、単純に雇用者1人当たりの実質賃金を増加させればいいのかというと、それだけでは労働分配率が低下する可能性があり、十分でないと思います。

労働分配率というのは、企業によって生産された付加価値のうち、労働者に分配される割合を示す数値です。景気が後退している時期の場合、それでも雇用は簡単に切れませんので、その分、人件費の割合が上昇し、労働分配率も上がっていきます。

一方、景気が良い時期には付加価値がより多く生産され、労働分配率は下がり、その分企業の利潤が増えます。

これを踏まえると、賃金を増やすだけではなく、労働分配率も下げないような、むしろ労働者への分配が増えるような賃上げが必要ではないでしょうか」(齋藤氏)

齋藤氏は続けて、賃上げ継続の重要性と、そのうえで注意しなければならない点について説明した。

「成長と分配の好循環を生み出すためには、個人消費の増加が重要です。

高い賃上げが1回行われただけでは、1回の消費にしかつながらず、消費に回される割合も小さくなります。ですが、持続的な賃上げが前もってわかるのであれば『将来も所得が増えるから』という理由で、消費に回る割合は増えていきます。

一方で、春闘の成果を享受している雇用者とそうでない雇用者がいることには注意が必要です。

仮に春闘に参加している労組であっても、大企業と中小企業では、賃上げ率に差が生じてしまっており、このままでは長期的にみて、企業間の賃金格差が拡大していく可能性を秘めています。

もちろん、どんどん賃上げが実現していくのは良いことですが、賃金格差を拡大させないような方法も同時に考えていかなければなりません」

有配偶女性は「最低賃金上昇」でも“手取り増”にならない可能性

続けて登壇した永瀬教授も「賃金上昇と合わせて、働き方や社会保障の改革が必要」と訴えた。

「これからの時代は、これまでもっとも高い賃金を得てきた、男性の現役世代人口が減少し、働く女性と高齢者の割合が増加すると予測されています。

日本でも、女性の高学歴化や就業経験の増加から『無職の妻』はこの20年で40%から20%強に減っていきました。

ですが、有配偶女性の6割は、税金・社会保険料の支払いや、夫に支払われる配偶者手当を考慮し、年収100万円あるいは130万円を超えない範囲で働くという『就業調整』を行っているといいます。

今後仮に最低賃金が上昇したとしても、有配偶女性の労働時間が減るのみで、手取りの増加にはつながらない可能性があります。

しかしながら、人生100年時代ではより高い生涯所得が求められ、また今後の人口減少を考えれば、労働力の確保が重要になります。

働き方や社会保障について、共働きを前提に、男性も育児に参加できるようにするとともに、女性の就業調整につながるような抑制的な政策から、就業を推奨する政策へと転換する必要があるのではないでしょうか」(永瀬教授)

また、太田氏からは「高齢労働者が増加し、その世代の労災も増えている。高齢者の就業先が介護施設など、リスクの高い業種に集中している可能性があるのではないか」と、働き方に関する新たな懸念も示された。

「政治はもちろん、労組や経営者も真剣に考えて」

フォーラムの終盤、パネルディスカッションの総括を求められた吉川氏は「これまでの議論で、激しい意見の対立などはなく、むしろ解決の方向にむけて、コンセンサスが得られていると思う」とコメントし、以下のように続けた。

「ここ20年、30年を振り返ってみると、賃金・雇用に大きな問題のある時代が続き、日本経済に大きなマイナスを与えてきました。

雇用や賃金の問題というのは、人の人生にとっても、社会にとっても非常に大きなテーマです。政治ももちろんですが、労働組合や企業の経営者も、このテーマについて、より真剣に考える必要があると思います」

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