受刑者の「歯科治療」申し立ても治療日は3か月後に…札幌弁護士会が月形刑務所長に早期治療を要望

小林 英介

小林 英介

受刑者の「歯科治療」申し立ても治療日は3か月後に…札幌弁護士会が月形刑務所長に早期治療を要望
緊急を要する場合は優先的に治療としているが…(※写真はイメージ foly / PIXTA)

札幌弁護士会は10月15日、月形刑務所(北海道樺戸郡月形町)に入所する受刑者が右前歯の虫歯治療を求めて便箋を刑務所に提出したが、治療予定日を3か月後に設定したのは医療上の措置を怠るなどとして、人権救済の申し立てを行った。

「申立人を含む収容者がより早期に適切な歯科治療を受けられるよう要望」

申し立ては札幌弁護士会の松田竜会長と札幌弁護士会人権擁護委員会の佐々木将司委員長の連名。要望は、小松一俊月形刑務所長と小山定明法務省矯正局長宛てで提出されている。

要望書には以下のような事項について記載があった。

「月形刑務所が、申立人から歯科治療の申し出を受けたにもかかわらず、その治療予定日を約3かヶ月後に設定したのは、社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上および医療上の措置を怠るものであることから、今後は、申立人を含む被収容者がより早期に適切な歯科治療を受けられるよう要望する」

この申し立ては昨年11月30日に受け付けられたもの。昨年8月29日に申立人が「右前歯が痛い」として治療を要請する書面を月形刑務所に提出したが、その時点で治療はいまだされていないとした。

ただ、同年12月15日、申立人は月形刑務所の医師による診察を受ける機会があったが、「痛がっていた前歯よりも治療を必要とする箇所があった」ことから、その箇所を優先的に治療。前歯の治療は後回しになっているという。

1か月に約40人を歯科治療...医師の都合で週一度、3時間のみ

この事態を把握した人権擁護委員会が照会したところ、月形刑務所からは以下のような回答が寄せられたとした。

(1)昨年8月29日、申立人から歯科治療を求める書面の提出があり、当初は同年11月24日に申立人の歯科治療を実施する予定だった。ところが同年11月13日に申立人が新型コロナウイルス感染症に感染。11月27日まで新型コロナウイルスの治療に専念する必要があったことから歯の治療を延ばし、新型コロナウイルスの治療後となった同年12月15日に治療を実施した。

(2)月形刑務所では毎週金曜日のみが歯科治療日であるため、1かヶ 月に平均約40名の歯の治療を行っている。治療は複数回要することが多く、複数回の治療が必要な収容者が多数いる場合は、新しく歯科治療を求める収容者が治療を受けるまで数か月を要することになる。その期間は約2~3か月程度である。ただ、緊急の治療を要する場合は優先的に治療しているため、緊急性の有無については刑務所の准看護師の巡回や、内科医師による診察で客観的な情報を判断。それを元に治療の有無を検討している。(今年2月20日付回答)

(3)診療時間は歯科医師の都合によって午前か午後のいずれかで実施。午前の場合は9時から正午までの約3時間、午後からの場合は13時から16時までの約3時間を治療時間としている。治療には歯科医師、看護師、レントゲン技師、准看護師の資格を持つ刑務官各1名の計4名が担当。常勤の歯科医師や非常勤の歯科医師がいないため、医師は業務委託先の病院から通っている。1診療日につき1人が順に派遣されており、治療に要する診療台数は1台のみ。

(4)診療の順番は収容者から「治療願い」を出してもらっているが、提出日時の順番で決めている。治療継続が必要となる収容者は、治療状況や歯科医師の判断で順番を決めている。早期治療を要するなど、緊急性が認められない場合はその日の「歯科治療願い」の最終提出者に次ぐ治療となる。(5月21日付回答)

札幌弁護士会「治療時に虫歯が深刻な状況になっている可能性も」

札幌弁護士会は、月形刑務所側の回答を踏まえ「歯科医療を求めた収容者が治療を受けるまで数か月を要している」と指摘。週に1回しか歯科医療を行っていないことや歯科医師の都合によって午前か午後のいずれかで治療が実施されており、医療従事者の少なさによって治療までの期間がかかっていると主張した。

その上で、「刑事収容施設の中外にかかわらず、一般的に、患者が歯痛等を理由として歯科医師に治療を求める場合、(今回の事例のように「歯が痛い」と訴えているのであるから)症状が悪化していることが予想される。しかし、治療まで2~3か月かかるのであれば、その間に症状が悪化して治療を受ける時には虫歯が進行して刻な状況になっていることも想定される」「収容者は行動の自由を制限され、生活全般で規制を受けているため、その生命や健康維持を収容者の自助努力のみで行うことは困難である」とした。

多数の人間による集団生活の場である以上、保険や衛生に関する配慮は刑事収容施設での基本的要請であり、刑事施設でも医療法規が適用され一般の病院や診療所に求められている水準の医療が講じられなければならない。 そのため、人的・物的な面での制約を理由とした当該措置について、「あってはならない」(同前)としている。

月形刑務所「適切な医療が提供できるよう努める」

本稿記者の取材に応じた月形刑務所総務課の担当者は本件について、「人手不足などの影響もあり、この日しか治療日を確保できない状況だ」と回答。委託先の医師は月形町まで通える距離にいる医師であるとし、「今後は適切な医療が提供できるよう努めていく」とのみコメントした。

47都道府県が医師確保計画で定めている医師少数区と医師少数スポット「医療少数区域等」の一覧には、月形町の文字がある(今年4月1日現在)。月形町の人口は今年9月30日現在で2760人。この小さな町で起きた「医師不足」という騒動は、将来全国で問題となる可能性も大いに含んでいる。

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