「バカはバカだよな」同僚からの“誹謗中傷”で労組に駆け込み、提訴も…裁判で「違法ではない」とされた“まさかの理由”
職場で女性同士の誹謗中傷トラブルが起きた。
女性従業員Xさんが休憩室に録音機を置いたところ...。別の女性従業員Yさんが同僚へ、Xさんについて以下のような発言をしているのが録音された。
・あの人、醤油を持参してるの。うわ、気持ちわりぃ
・バカはバカだよな
・むかつくぜ。ほんとにあいつ
・うそぶいてんの。いっつも、うそぶいてんの
録音を聞いたXさんは「職場いじめによって精神的苦痛を受けた」としてYさんへ慰謝料請求の裁判を起こした。
驚くべきことに、結果はXさんの敗訴である。裁判所は「この発言は違法ではない」と判断した。(東京地裁 R5.2.3)
筆者は、裁判官が変われば違法認定された可能性もあると考える。以下、詳細だ。
事件の経緯
■ 当事者
誹謗中傷トラブルの舞台となったのは、中華麺類の販売や飲食店経営を行う会社。Xさんは店舗の従業員で、接客・調理などに従事していた。
■ 発言 vol.1
冒頭の休憩室にいたのはYさんとほかの従業員で、Xさんはそこにいなかった。Xさんが休憩室内で録音機を作動させていたところ、休日などの話題とともに、Xさんに向けたYさんの発言も収録されていた。
・いやだ、いやだ、あんなの。あーあ。むかつくぜ。ほんにあいつ
・うそぶいてんの。いっつも、うそぶいてんの
・ふっと見たらさぁ、あの人、醤油を持参してるの。うわ、気持ちわりぃ。あーあ、イヤだあ、何これ、すごいね、マイ醤油があるよ。あ、ははははは、あーあ、バカはバカだよなあ。あきれるなあ。ほんとに、あーあ。醤油どめだよ。気持ちわりぃ。気持ちわりぃなぁ。ほんとに(醤油を持ってきてたら何でバカやねん! by筆者)
■ 発言 vol.2
同じく休憩室での出来事である。XさんがいないときにYさんが以下の発言をした。
・大っ嫌いだ、大っ嫌い
・みんなに嫌われてるのに気づかねえのかな
■ 労働組合に駆け込む
Xさんは、職場いじめを止めるため、外部の労働組合に駆け込んだ。労働組合は会社に対して、▼Xさんへの誹謗中傷が繰り返されている▼YさんがXさんの私物をあさっている▼YさんのXさんへの嫌がらせを止めてほしい▼職場いじめを防止してほしい、との要望を出した。この交渉は約1年続いた。
■ 会社が書面を掲示
交渉の結果、会社が「職場で他人の私物を無断で触ることはやめましょう」と記載した書面を掲示した。
なおこの書面には、「職場で無断で録音することはやめましょう。これはプライバシー侵害になり得ます」との内容も記載されていた。職場での無断録音がアリなのか、疑問に思う方もいるかもしれないが、裁判所は「今回の録音については証拠能力を認める」と判断している(詳細は後述)。
■ 提訴
Xさんは「Yさんから職場いじめを受け精神的苦痛を被った」として慰謝料200万円を請求する裁判を起こした。
裁判所の判断
残念ながら、Xさんの敗訴である。
■ 誹謗中傷にあたらない?
裁判所の判断はおおむね以下のとおりだ。
・YさんがXさんに対して否定的な感想、意見を述べたことは否定できない
・しかし、Yさんの発言は「いやだ」「気持ち悪い」「大っ嫌い」など主として主観的な感情・評価を吐露するものにすぎず、Xさんに係る個別具体的な事実を摘示してXさんの社会的評価を低下させたとは言えない
・具体的な事実に基づく論評・評価とも言えない
さらに回数が少なかったことも、下記のように「違法ではない」と結論づける理由としている。
「Xさんは、出勤する日はほぼ毎日録音しており件数は500件に及んでいるが、Xさんへの否定的評価が録音されたのは2日間にすぎず、継続的にXさんに対して否定的発言をしていたわけではない」(裁判所)
なお、Xさんは「Yさんが私の持ち物を漁った」と主張していたが、裁判所は「Yさんが物色したとは認定できない」としている。
■ 他の裁判例
筆者は、▼バカはバカだよなあ▼気持ちわりぃ▼うそぶいてんの。いっつも、うそぶいてんの、という発言については侮辱にあたり、違法だと考えている。
なぜなら過去の裁判でも、同じような発言が違法認定されたケースがあるからだ。(東京地裁 H27.1.13)
・発言1
上司が部下に対して「気持ち悪い接客をしているから、こういう気持ち悪いお客さんにつきまとわれるんだよ。あなたは、こういう気持ち悪い男が好きなのか」と言い放った。
この発言について裁判所は「部下に対する侮辱であり不法行為にあたる」と判断。「継続性」など関係なく、イッパツの発言で違法認定されている。
・発言2
精算関係のミスをした部下に対して、上司がほかの職員の前で「これこそ横領だよ」と言い放った。
この発言について裁判所は「部下を犯罪者呼ばわりしたことは不法行為にあたる」と認定している。今回の事件でも「うそぶいてんの」という発言は、うそつきの人物であると印象づけるため、ほかの裁判官にあたれば違法認定された可能性があるのではないだろうか。
■ 会社で録音していいのか?
結論から言うと、“多くの人が利用する場所”であれば録音はOKだ。今回も裁判所は「従業員が共同で使用する休憩室で録音が行われており、著しく反社会的な手法で人格権を侵害して取得されたとまでは認められない」として、「この録音は証拠として認める」と判断している。
※ マメ知識
たとえば、勝手に人の家に上がり込んで盗聴器を仕掛けるなどした場合は証拠として認めてくれないが、多くの人が利用する社内であればほぼ問題ないだろう。なぜなら、過去に裁判所が「著しく反社会的な手段を用いて人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集された場合【だけ】証拠として認めない」(東京高裁 S52.7.15)との判断をしたからである 。
最後に
Xさんは全く納得できなかったと思う。「この発言は侮辱にあたるのか?」など、評価を伴う判断は裁判官によって異なるので、裁判は運に左右されることもあると言わざるを得ない。
将来「AI裁判官」が登場したら、過去数百万件の発言を洗い出した上で全国の裁判所においてブレのない判断をしてくれるかもしれないが、実現はまだまだ先になりそうだ。
- この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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