低収入、生活保護、モラハラDV…「自己責任論」の世論は誰にとって好都合? “生きづらい世の中”の根底にあるもの
パワハラ、体罰、過労自殺、サービス残業、組体操事故……。日本社会のあちこちで起きている時代錯誤な現象の“元凶”は、学校教育を通じて養われた「体育会系の精神」にあるのではないか――。
この連載では、日本とドイツにルーツを持つ作家が、日本社会の“負の連鎖”を断ち切るために「海外の視点からいま伝えたいこと」を語る。
第3回目は、日本人が陥りがちな「自己責任論」についての考察だ。
※この記事は、ドイツ・ミュンヘン出身で、日本語とドイツ語を母国語とする作家、サンドラ・ヘフェリン氏の著作『体育会系 日本を蝕む病』(光文社新書)より一部抜粋・構成しています。
自己責任論は政府の思う壺
近年の日本社会では、収入が低いのは自己責任、生活保護の人は自己責任、子どもを産んでノイローゼになるのも自己責任、離婚後に子どもの養育費を払わないような人と結婚してた女性も自己責任…といった具合に、個人が何か問題に直面すると、即「本人が悪い」と考える人が後を絶ちません。そういう人がいわゆる世論をつくり「生きづらい世の中」にしているのだと思います。
怖いのは、多くの人が自分に対して、そして他人に対して「悪い結果はどれもこれも自己責任」と考えるようになると、それが世論になってしまうことです。結果、自分たちで「生きづらい世の中」にしているのです。そうすると、国や政府にとっては非常に都合が良いのです。
欧米では自己責任という発想はなく、「養育費を払わない父親がいるのは許せない! 国が何とかしろ!」と皆さん怒るので、養育費は口座からの天引きになりますし、生活保護は福祉国家では当然の権利なので、「受給者は税金泥棒だ」などという声は稀です。
ところが日本ではこうした意見がそれなりに力を持っているため、国としてはシメシメです。多くの国民が「それは個人の自己責任!」と思ってくれれば、育児をするにあたって家族のワークライフバランスを国が考える必要はありません。
たとえば子育てを母親の責任にしてしまえば、本来は政府が担うべき適切なワークライフバランスに基づく子育てしやすい環境作りという役目からこっそりフェイドアウトできそうです。また、生活保護は税金の無駄遣いだという意見が一般の意見として浸透すれば、それこそ政府にとってかなり都合の良い話です。
でも一番のポイントは、そのような自己責任論、すなわち全て本人の努力が足りないせいだという考え方が浸透すると、いざ自分が問題を抱えた時に、味方になる人がいない殺伐とした世の中になってしまうという点です。まさにこれが今の日本の問題です。
「自分で自分を奮い立たす」くらいの精神力はほしいところだが…
それにしても、なんでもかんでも「頑張りが足りない」で片づけてしまうのは滑稽ですらあります。筆者自身は「頑張り」自体を否定しているわけではありません。「頑張る」という言葉は他の言語になかなか訳せないからこそ、日本語ならではの表現に救われる人もいると思います。
ただここはさじ加減が大事かもしれません。自分が大変な状況にいる時に、時間や体力、精神力も含めて冷静に分析しながら「私もっと頑張らなきゃ」と自らにハッパをかけるような、あくまでゆる〜い頑張りだといいのですが、実際の自分を超える頑張りとはサヨナラしないと、幸せにはなれません。
長い人生、困難に直面した時に、「自分で自分を奮い立たす」ことは大事ですし、それぐらいの精神力はほしいところですが、問題は、この「自分さえ強くなればなんでも乗り越えられる」という信念を他人に対しても強いてしまうことです。
たとえば子どもが学校でイジメに遭ったと聞けば、解決案を考える前に「自分が立派な人になって、イジメっ子を見返してやれば良いんだ」ということを平気な顔で言う大人の多いこと、多いこと。
夫からのモラルハラスメントに悩む娘に対して、「男は威張りたいもの」「それを理解してあなたが我慢しなさい」と娘を諭したり、娘が夫からのDV被害を親に語っても「それは、あなたが言い返したから叩かれても仕方ない」と、あたかも娘に非があるかのように言ったりする身内に厳しいタイプの親も「我慢教」に毒されていると言えるかもしれません。
この手の話は、幼少期から親に「あなたが我慢すれば良い」と教えられる→萎縮して育ち大人になってからもモラハラ型の男性を引き寄せてしまう→親に相談すると旦那に味方する、という悪循環になることも。思い当たる方は、自分の幸せを、配偶者や親から壊されないように注意が必要です。
自分に無理なハッパをかけていないか
ここで自分自身を振り返り、まずは自分に対して無理なハッパをかけていないか、そして周囲に対しても、「あの人は甘えている」「当人の頑張りが足りない」という思考回路に入ってしまっていないか見直してみると良いでしょう。
やたらと「みんな愚痴ばかりで腹が立つ」などと感じるようだったら、あなた自身も実はかなり「無理」をしているのかも。自分自身に厳しくなり過ぎていないか今一度立ち止まり、まずは自分に優しくなりましょう!
逆に他人に対して何かにつけ「努力が足りない」とか「文句ばかり言うな」という思いが言葉の端々に出ているような人とは、少し距離を置いてみると良いかもしれません。反対に、「まあ大変ね」と状況を理解してくれた上であなたに助言してくれるような人の存在は貴重です。
日本ではよく、「厳しい状況の中で誰々さんにハッパをかけてもらい元気をもらった」というような話が聞かれますが、それが本当にいい話の時もあれば、逆に相手を追い込んでいる場合もあります。
大人になったら、そこは冷静に見極めたいところ。ハッパをかけられた気持ちにその時にはなっても、後々押しつぶされてしまっては元も子もありません。
- この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
体育会系 日本を蝕む病
日本がクールであるために、海外の視点からいま伝えたいこと 「日本人の根性論なんて昔の話」は大間違い! パワハラ、体罰、過労自殺、サービス残業、組体操事故など至る所で時代錯誤な現象が後を絶たない。全ての元凶は、絶対的な上下関係に基づく不合理な「体育会系の精神」だと来日22年・日独ハーフのサンドラは見る。そのメンタリティは学校教育を通じて養われ、再生産され、この国の文化を形作る。実際に日本はダントツで外国人が働きたくない国であり、男女平等世界ランキングも下位に沈み、いま手を打たねば先進国から転げ落ちる。負の連鎖を断ち切るには、わが子の幼少期から「ブラック」に触れさせぬよう親が警戒すべし。解決策はシンプル、「頭のスイッチ」を切り替えるだけ!
関連ニュース
-
「ルールを破ることは許せない」日本人が多いワケ…原因は“厳しい校則”への「過剰適応」?
2024年11月10日 09:46
-
日本社会の「体育会系精神」は学校教育で養われてきた? 運動会「子どもの組体操」に感動する大人への“違和感”
2024年11月03日 09:55