札幌市・男性「ストーブ故障」買い替えの“生活保護費”申請却下の取り消し求め提訴 「費用を支給する根拠はない」高裁も訴え棄却した理由

小林 英介

小林 英介

札幌市・男性「ストーブ故障」買い替えの“生活保護費”申請却下の取り消し求め提訴 「費用を支給する根拠はない」高裁も訴え棄却した理由
北海道の冬は氷点下が続くなど寒さは厳しいが…(ykokamoto / PIXTA)

「ストーブの買い替えを目的とした生活保護費の未支給は、憲法25条違反だ」として、札幌市に住む男性が市を相手取り、申請却下を取り消すよう求める訴訟を提起した。今年10月末、札幌高等裁判所は男性の控訴を棄却する判決を言い渡した。

男性が長年使用の石油ストーブが故障、購入費用を申請も却下

男性は札幌市白石区在住で、2013年から生活保護を受けている。

訴状によれば、「生活保護受給者が故障等により暖房器具を使えなくなった場合でも、その買い替え費用は支給されない扱いとされている」と前置きしたうえで、「暖房器具の故障は、時に生活保護利用者の健康を害し、生命を危険にさらすことにつながりかねない」と指摘。「故障に伴う新しい暖房器具の買い替え費用は、生活保護の一時扶助により支給されるべき」とした。

弁護側によると、男性は心臓病など多くの疾病を抱えており、通院しているという。男性は親族から相続した木造2階建ての1軒家(3LDK、築40年前後)に居住。2017年、男性が長年使用してきた自宅の石油ストーブが故障し、同年12月に男性は白石区の保健福祉部長に対してポータブル石油ストーブの購入費用として1万3590円の支給を申請した。ところが、保健福祉部長は男性の申請を却下したのだという。

「市に殺されかけた」も「暖房器具が故障することは予測し得る」

20年1月15日、札幌地方裁判所。陳述した男性は、「2017年、ストーブの買い替え費用分約1万4000円分の支給を申請したが、市は支給しない決定をした。私の生命と健康が奪われそうになった。私は、今でも『市に殺されかけた』と考えている」などと市側への思いを吐き出した。

続いて「(心臓病などの)発作が起きたとき、私は一刻を争ってかかりつけ医の処置を受けねばならない。救急車では間に合わないときもあり、発作はいつ起きるかわからない。さらに高血圧の影響で血圧が限界を超えて上がり、急性心筋梗塞が再発して私は明日死んでいるかもしれない」とし、併せて冷蔵庫や電子レンジ、炊飯器なども壊れているなどと主張。「保護は、要保護者の年齢別、性別、健康状態等その個人又は世帯の実際の必要の相違を考慮して、有効且つ適切に行うものとする」と、生活保護法9条の条文を引用し、適切な保護がなされなかったと訴えた。

それから2年以上がたった22年11月30日、札幌地裁は男性側に対して「請求棄却」という判決を言い渡した。その理由は以下のようなものだった。

「厚生労働大臣が『特別な事情がある』として特別基準の設定(生活保護法第8条2項)がなされることが予定され、設定されれば当然(ストーブ購入費等を)支給できる。生活保護法により保障される『最低限度の生活』は、抽象的かつ相対的概念である。日常生活で使用する家具什器の買い替えについては、原則経常的最低支給額で賄うべきだ。不合理なものではない」

「原告の病状は医師により『リアルタイムで稼働可能』と判断されている。急病は救急車で対応可能。タクシー代を保持しておく必要性は必ずしも大きいとまではいえない。原告は実際、1万円以上の繰越金を計上しており、申請却下時には1万3590円を使ってストーブを購入。家具などの費用を出すことは可能といえ、特別な事情があったとはいえない」

「(ストーブの故障は)通常の使用により起こるものであり『異常な自然現象』には当たりえない。暖房器具の故障は経年劣化の結果として『暖房器具がいつかは故障すること』について予測し得る」

男性は控訴も「支給する根拠はない」と棄却

実際、証拠として提出された男性と医師とのやり取りの記録には、「内服薬で経過観察中。必ず先に症状が出る。本人が真っ先に気づくはず。何ともない。検査結果も良い。稼働に伴う疾病への影響はない」との診断記録があった。

その一方、男性は「ストーブが壊れて、低温状態の生活が心臓に危ない」旨の意見書を書いてほしいと要請した記録が残っている。また、ほかの証拠によると、男性の収支は2017年9月に約1万7000円、翌月は約3万4000円、11月に約1万5000円、12月には約1万1000円をそれぞれ繰り越していた。

札幌地裁の判断に対し、納得しなかった男性は札幌高等裁判所に控訴した。しかし、札幌高裁は今年10月31日、「費用を支給する根拠はない」などとして男性の請求を棄却。男性は「司法に失望した」などと会見で不満をあらわにした。

寒冷地の北海道、暖房を節約する高齢者は半数近くに

憲法25条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定されており、いわゆる「生存権」を保障している。内閣府によれば、この理念に基づいて、生活に困窮するすべての国民に対してその程度に応じた保護を行って生活を保障し、保護からの自立を助けることを目的として「生活保護法」があるとされている。

国の通知などにより、生活保護の受給開始時に「必要最低限度」の家電などを保有しておらず、災害によって家電などを失くしていた場合は臨時の支給を認めている。当時、男性は基準額など約7万6000円を受け取っており、10月からは冬季加算約1万2000円を受給していた。

札幌市のホームページには「食費・光熱水費・衣料費・家具、電化製品等の更新費などの費用」として、生活扶助が挙げられている。とすれば、札幌市の説明では男性のストーブが「更新費」にあたるとの認識で間違いないだろう。北海道は寒冷地であり、国が定める都道府県単位の冬季加算地域区分では6区分中、最上位の「1区」。それに世帯人数基準と立地特性などを踏まえた「級地」という区分での金額を合わせ、支給している。

ただ、北海道民主医療機関連合会(北海道民医連)の2022年1月「冬季高齢者生活実態調査」によると、訪問時室温が「20度以下」と回答したのは全体の44.6%と最多だった。また、暖房をつける時間については、約2割が「8時間未満」と回答しており、暖房をできるだけつけずに節約している実態が浮き彫りになった。

ここ最近は物価高騰などの影響もあり、生活費を少しでも節約しつつ収入を増やしたいという気持ちも理解できる。北海道は関東地方とは違い、冬は大変寒くなるのが特徴だ。しかし、生活保護は「最低限度」を保障する制度である。「最低限度」の定義を含め、活発な議論が進むことを願いたい。

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