生活保護「家族に“扶養照会”しないと受けられない」は“ウソ”…行政に課せられた“正しい運用ルール”と「どうしても知られたくない場合」の対処法【行政書士解説】
「貧困」が深刻な社会問題としてクローズアップされるようになって久しい。経済格差が拡大し、雇用をはじめ、社会生活のさまざまな局面で「自己責任」が強く求められるようになってきている中、誰もが、ある日突然、貧困状態に陥る可能性があるといっても過言ではない。そんな中、最大かつ最後の「命綱」として機能しているのが「生活保護」の制度である。
しかし、生活保護については本来受給すべき人が受給できていない実態も見受けられる。また、「ナマポ」と揶揄されたり、現実にはごくわずかな「悪質な」不正受給が過剰にクローズアップされたりするなど、誤解や偏見も根強い。本連載では、これまで全国で1万件以上の生活保護申請サポートを行ってきた特定行政書士の三木ひとみ氏に、生活保護に関する正確な知識を解説してもらう。
第2回は、生活に困窮した人が生活保護を申請する際にネックとなりうる、行政による親・きょうだい等への「扶養照会」の問題と、その対処法について紹介する。(全8回)
※この記事は三木ひとみ氏の著書『わたし生活保護を受けられますか 2024年改訂版』(ペンコム)から一部抜粋し、再構成しています。
※【第1回】「3度の食事」にさえ困っているのに「生活保護」の申請が“却下”…なぜ? 制度にひそむ“落とし穴”とは【行政書士解説】
家族への「扶養照会」は、生活保護申請の“最大の障壁”
生活に困窮した多くの方々に、生活保護申請を、長年にわたりためらわせてきたのは、生活保護の業務を担当する自治体の福祉事務所の職員等が、親・きょうだい・成人した子などの親族に連絡し、経済援助できるかを問い合わせる「扶養照会」です。
今回は、私が生活保護行政にかかわるようになってから、最も多い相談、質問の一つである「扶養照会」について、詳しく説明します。
扶養照会とは、生活保護の申請を受けた福祉事務所が、親族の経済的な状況などを聞き取り、生活保護の申請をした人への経済的な援助などができないかを親族に問い合わせることです。これは、生活保護を利用するうえでの「最大の障壁」となっていると言っても過言ではありません。
「きょうだいには、生活保護の申請を知られたくない。それでも生活保護を受けられますか?」
「絶対に、家族に役所から連絡されては困ります!」
「生活保護を申請したら、親に連絡が行きますよね?」
これらは、最も多く受ける相談です。扶養照会の相談や質問を受けなかった日というのは、私が生活保護行政にかかわるようになってから、1日たりともなかったように思います。
たびたび問題になる「扶養照会の強行」
扶養照会について、厚生労働省は、「20年間音信不通の場合」には親族に照会しなくていいとされていた運用を「10年程度」と改めるなど、柔軟に運用すべきとの通知(2021年2月26日付)を自治体向けに出しました。
生活保護制度運用の法令上、それ以前は「親族からDV や虐待を受けていた」「20年以上連絡を取っていなかった」など、限られた場合にのみ、扶養照会はしなくてよいとされていたのです。つまり、福祉事務所の職員は、「三権分立」に基づき法にのっとった仕事をしなければならず、親族からの暴力など差し迫る危険がなく、かつ、直近20年間に連絡を取っている親族については、扶養照会をするというのが、自らがすべき仕事、職責でした。
しかし現実には、生活保護を申請する人には個別にさまざまな配慮すべき事情があります。そこで、そういった現実に即し、扶養照会の要件が緩和されたのです。
とはいえ、この扶養照会緩和の通達が出された後にも、「10年以内に連絡を取っていたのだから、本人が拒絶しても、扶養照会します」と強行しようとした自治体のケースが報道され、話題になりました。
このケースは、扶養照会を実施しないことを書面で求める申出書を生活保護申請時に提出しようとしたところ、窓口担当者から「申出書を出すなら、生活保護申請手続きは進められない」と言われたというものです。
やむなく扶養照会を拒む申出書の提出を断念したところ、本人の意に反して扶養照会が強行されてしまった、というものです。
「親族への扶養照会をしないでほしい」という“理由”を明記した申請書を提出
役所の職員から「親族への扶養照会は必要です」などと言われた場合、多くの人は、言葉通りに受け止めるしか術(すべ)がないと思い込んでしまうかもしれません。
しかし、福祉事務所もその事情をくんで臨機応変に対応してくれることがあります。
たとえば、生活保護申請書を作成するとき、依頼者の希望で「親族への扶養照会をしないでほしい」という要請を記載することは多々あります。
実際そうした理由を明記した申請書を提出し、受理されたケースで、扶養照会が申請者の意に反して勝手になされたことは、私の知る限り1つもありません。
申請書を作成するときは、「扶養照会を拒絶する申出書」ではなく、申請書そのものに扶養照会を拒む明確な文言を、理由とともに書き入れます。
以下は、その一例です。
「扶養親族である姉には心配をかけたくないので、生活保護申請のことを絶対に知られたくありません。
家族の関係性が壊れないように、また私の最低生活が守られるように、私の意に反して扶養照会をすることは、絶対にやめてください。
姉の個人情報は一切開示できませんし、私の個人情報も姉に絶対に開示しないでください。行政から姉に文書を送るようなことも、絶対にしないでください」
さらに、以下のように、扶養照会をする理由・必要性に関する説明を書面で求める旨の文言を明記することも多いです。
「上記の扶養照会を拒否する意思表示があるにもかかわらず、扶養照会を強行しなければ、私が生活保護を受けられないということが万が一にもあるのでしたら、書面にて根拠法令の条文と共に理由を説明してください。
勝手に扶養照会の通知を送付してしまった、では取り返しがつかないので、くれぐれもそのようなことのないようにお願いします」
血の通った運用を
こうして申請書に扶養照会を拒否する意思を明記したケースで、勝手に扶養照会がなされたことは、私が申請書を作成したケースでは、上述の通り1つもありません。
なお、過去に1度だけ、申請書に記載した扶養照会を拒絶する意思を無視して、扶養照会を強行しようとした福祉事務所がありました。
要保護者の70代女性、その息子さんである申請者から「生活保護申請するなら親戚に連絡すると何度も言われ困っている」との相談を受けました。
福祉事務所と何度も電話でやり取りしましたが、一向にらちが明きません。
そこで、事実経緯と、扶養照会を強行しないよう求める文書を提出したところ、扶養照会はされないまま、生活保護決定となったことがあります。
実際のところ、福祉事務所によっては、マンパワーが足りていないなどの事情により、最新の通達や判例などが現場の職員にまで周知されていないケースもあります。
明らかに福祉事務所の対応がおかしいときは、都道府県(または政令市)の生活保護課に問い合わせてその旨を伝え、福祉事務所に連絡を入れてもらって、解決したことがあります。
生活保護という人命に関わりかねない制度について、自治体ごと、あるいは福祉事務所ごとに対応が異なるというのは、決して望ましいものではありません。すべての自治体が、扶養照会の判断基準を緩和した2021年の厚生労働省通知の趣旨に沿った、血の通った運用をしてくれるようになることを、切に願います。
- この記事は、書籍発刊時点の情報や法律に基づいて執筆しております。
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